67.コントロールルーム
巨大軍艦、四階。秘密の部屋。
それは、五階にある王室の真下に位置する部屋だった。四層にあるというのに、四層に出入口はない。王室の 最深部にある梯子を通って、ようやくたどり着くことができる隠し部屋だ。
その部屋に一人、捩れた黒髪を伸ばした老人ーー『嫌悪』ルーゼンはゆっくりと歩く。
リベレに三階を託し、ミザリーに五階を託した。
間の四階にルーゼンが入ったのも、彼が一番最初に探索が終わるからだ。
『嫌悪』ルーゼンは魔法のスペシャリスト。数多の魔法を操り、二魔嫌士の一人に数えられる天才だ。
故に、探知魔法を使えば、階層の探索は一瞬で終えることができる。
実際、怒王を最初に見つけるのも、彼だと誰しもが考えていた。
探知魔法の結果、四階に生命反応はなかった。
そこで感じた違和感。
魔力の反応も、残滓も、何も感じられない部屋がある。探知魔法に、何も引っかからない。
そこに怒王がいる可能性は0だ。
今回の探索において、最も目的とは程遠い場所。
だが、それはあり得ない。
魔力反応が無いエリアなど、存在しない。感情大陸に住まうものは、生きているだけで魔力を所持している。歩くだけで、魔力の残滓が残る。
なのに、残滓すらない。人が一度も訪れていない場所などあるわけがない。
しかし、四層には存在した。魔力が全く感じられない、謎の空間を。
ルーゼンは嫌な予感を感じながらも、秘密の部屋へ足を運んだ。
怒王救出よりも、不安要素を排除するほうが大事だと考えた。
薄暗い光が差し込み、ぷつぷつという音が時折聞こえる。
天井を見ると、白い光る棒がチカチカと点滅していた。魔力反応は感じられない。なのに、太陽のように光り輝くその物体を、ルーゼンは初めて見た。
未知の物体。その部屋に侵入してから、目に入るものは全てルーゼンが一度も見たことがないものだった。
未知の巨大軍艦の中でも、さらに異質。
警戒心を最大限にあげる。
気配を遮断する魔法、物理攻撃を防ぐ魔法、魔力の障壁など自己防衛につながる魔法を全て展開する。
1m程の狭い細道を無音の魔法を発動させ、無音のまま突き当りの扉を開ける。
青白い光と共に、女性の声が扉の隙間から漏れる。
「さてさてさて」
ーー!?
どきりと心臓が高鳴る。
音は立てていない。気配も遮断している。認識阻害の魔法もかけている。
ルーゼンを視認できる人間はいない。だが、室内の女性は、確かにルーゼンが部屋を開けた瞬間に声をかけてきた。
女性の声はルーゼンの返答を待たずに言葉を続ける。
「面白いことになってきたなぁ」
ーー独り言かい…。
老兵は安堵した。
異常な緊張感で、彼は部屋の中を見渡す。
扉の先には、いくつもの黒い箱が並んでいた。青い光と赤い光がチカチカと点滅し、まるで夜空の星のように輝いていた。壁には一面映像が動き、色々な風景が動いていた。
ルーゼンは一つの黒い箱の陰に隠れ、様子をうかがう。
部屋の中心には一人の女が椅子に座って寛いでいた。
黄金の瞳に淡い色のついた眼鏡をかけ、美しい金髪をウェーブ状腰に伸ばした女性。
髪型さえ違うが、ルーゼンはその姿に見覚えがあった。
嫌王と結ばれた、楽国の王。リべレの母親。そして、感情大陸崩壊を一番最初に予期した人物。
楽王と呼ばれるその女性は、頬を吊り上げながらいくつものモニターを見ていた。
「どうしようかなぁ。どこに行こうかなぁ」
黒いオフィスチェアに乗って足をぷらぷらと揺らす。
彼女は独り言を続ける。
「嫌王の息子のところ?ワンダーちゃんをからかいに一階?それとも、ミザリーちゃんに久しぶりに会うのもいいなぁ。迷うなぁ。どうしよう。どうしよう。どこに行っても楽しいのは確定しているしねぇ」
ーーなんなんじゃこれは
液晶画面がいくつも並び、そこでは各階層の映像が流れていた。巨大軍艦に隠されたいくつもの隠しカメラによって流される映像は、リアルタイムの戦況を示していた。
五階の甲板では、ミザリーとアミューズが戦っている。
三階では、エクスとリべレとの戦闘が。
一階では、ワンダーが走っている映像が。
そのほかにも、リパグ―がどこかで走り続けている映像もある。
映像を投影する魔法?
映像魔法は高度な技術を必要とする。二魔嫌士の一人であるルーゼンでさえ、自分の視点を投影するので精一杯だ。
それを、一度にいくつも?
いや、全く魔力を感じない。これも光る棒と同じく未知の技術だ。
「あは。面白いなぁ」
液晶画面は他にも色々な映像を流していた。
無表情で整列する多数の楽国民。彼らは人形のように固まって動かない。
そして、一番端には星が輝く夜空が映されていた。
「こうして色々な情報を一度に見るのもおもしろいけど、やっぱり生で見たほうが良いかなぁ」
否、夜空ではない。それは、チカチカと光が点滅し、モニターが多数映像を流している部屋だった。秘密の部屋に置かれた、監視カメラが映す映像。
ルーゼンは、そこに自分が映っていることに気が付いた。
「あなたもそう思わない?」
モニターから視線をずらすと、女は首をぐりんと回転させる。
色のついた眼鏡の奥に見える、黄金の瞳は限界まで大きく見開かれていた。じっとりと、ルーゼンのいる方向を見つめ、ニタァと口を歪ませる。
ーーバレている。
魔法を使った形跡はない。
それなのに、肉眼でルーゼンを認識している。
独り言ではないことは、流石にわかった。
ーー観念するしかないのぉ
両手を上げ、ルーゼンは姿を表した。
「お久しぶりですじゃ、楽王様。二魔嫌士の一人、『嫌悪』ルーゼンです。まずはこちらに敵意がないということと、無断で部屋に侵入してしまったことの謝罪をさせて頂きたい」
王は笑顔のまま答える。
「うん、全然いいよ。でも、よくここがわかったねぇ。魔力では絶対に探知できないのに」
「そこが、逆に違和感を持ちまして…。いや、そんなことよりご無事な様子、安心しましたぞ。嫌王様は口には出していませんでしたが、とても心配しておりました」
「嫌王が私を心配…?ああ、うーん。そうか。それは悪かったねぇ。こっちも戦争していたし」
「はい」
「あれだろう?嫌王の息子、ええと、リべレくんだっけ?本来ならば彼を丁重におもてなししたいところだったんだけどねぇ。変な心配を掛けさせてしまったかな?リべレくんなら、今三層でエクスと戦っているし、今から一緒に行くかい?」
女は、オフィスチェアを回転させ、ルーゼンを見る。
淡い色のついた瞳からは、黄金の瞳が光り輝いている。顔立ちも、声も、記憶にある楽王そのものだ。
最後にあったのは、十六年前だったか、十七年前だったか。だが、ルーゼンは自身の記憶に自信があった。
全て記憶にあるものと一致する。
だが、全て記憶にあるものと違った。
矛盾だらけの考えだが、直感的な違和感がその考えを増長させる。
魔力の残滓すら感じない目の前の女は、やけに不気味で…。人間の暖かみを感じなかった。
それ故に、失礼な言葉が思わず漏れてしまう。
「お前、誰じゃ?」
楽王と呼ばれた女は、頬を歪なほどつり上げ、懐から何かを取り出した。




