63.開戦
談笑するアミューズと王を置いて、逃げるように王室から外に出る。
結局、王は祭り事が好きなのだ。ことあるごとに楽王祭と称して国を巻き込む大騒ぎをするし、国民を両手をあげて祝う。つけ耳をつけつつも、そういう馬鹿騒ぎは苦手だった。
今回も、もったいぶった割には、乾杯をするためだけの収集だった。
巨大軍艦の五階には、王室と広い甲板が広がっていた。
ワンダーは、前を歩く金髪の少女の元へ駆け寄る。
「貴方、デスペアって呼ばれてたけど、スペアちゃんよね?わーは」
「三剣士のワンダーさんでしょ。知ってますよ」
「それは良かったにゃ。りっちゃんから話は聞いてるにゃ。ええと、りっちゃんってのはリパグーのことで、わーの友達で」
「リパグーの友達ってワンダーさんのことだったんですね」
じぃっと、藍色の大きな瞳がワンダーを見つめる。やましいことが見透かされるようなその目に思わず後退りをしてしまう。
「そ、そうにゃ。スペアちゃん、今まで大変な目にあったって聞いたにゃ。わーも自分のことでいっぱいで気づけなくてごめんにゃ。今からでも遅くないよ。一緒に逃げにゃい?」
「逃げる?」
ずいっつ顔を突き出す。下から覗きあげるその仕草は、まるで突然首を掴まれたようだった。普段なら可愛らしいはずの上目遣いも、やけに不気味に見えた。
「ワンダーさん、勘違いしてもらったら困ります。私は覚悟を持ってこの船に乗っているんです。一度決めたことは後悔しないと決めました。逃げるなんて選択肢は、覚悟をもった瞬間からありえないんですよ」
「そ、そう」
「想いとは覚悟なんです。大人の貴方なら、わかりますよね?」
「あうあう」
猫耳を垂らしながら、声を小さくして呟く。
「あう…。リっちゃんも心配してたから、ついお節介しちゃったにゃ。ごめんにゃ」
「リパグーは無事なんですか?」
「にゃあ。今は地下牢獄の中にゃ。現状ではそこが一番安全にゃー」
「そうですか、ならよかった」
金髪の少女は目を閉じ、後ろを向く。
「ワンダーさん、お優しいですね。貴方達みたいな人と、もっとはやく会っておけばよかった」
そう言って去る彼女の背中は、やけに大人びて見えた。あうあうという言葉しか出てこなかったワンダーには、引き止めることすらできなかった。
風が吹く。
巨大軍艦の五階甲板には、桃髪の猫耳少女と銀髪の男性だけが残った。
少女は震えながら、エクスの胸元へ走り込む。
「あ、あいつ、目がガンギマリしてたにゃ!」
「ガンギマリって。まあ、思ったより普通だったな。徹底的に精神を壊されたというのに」
「怖かったにゃー」
「あとな、裏切る宣言するんじゃないよ、ワンダー」
エクスはロングソードを触りながら呟く。
「この後に戦いが起きるが、それ以降は俺の前に立たないでくれよ。妹のように接してきたお前を斬ることは避けたい。俺の見えないところで死んでくれ」
「裏切ることはいいんだ」
「なんで嫌国のリパグーだけが牢獄に入れられて、お前は許されたと思う?」
そもそも、いつ自分たちが『与楽』暗殺計画をしていたことがバレたのだ、とワンダーは考える。嫌王との通信以外で証拠は何も残していなかった。
それとも、楽王とエクスには最初からバレていたのか?事実、今日までワンダーの前では、楽国の裏については話さないようにしていたわけだし。
リパグーは、危険分子として投獄された。彼女は『与楽』暗殺未遂で捕まったわけではない。だが、彼女と関わりが深いワンダーにも疑いの目を向けられてもおかしくはない。
「それは…りっちゃんを人質にして、わーを戦力の一人に数えたいんじゃ」
「違う」
ワンダーの頭に手を置き、ぽんぽんと撫でる。
「お前達が何人増えようと、俺にとっては敵ですらないからだ」
指を下に差し、「ほら、来た」という。
「俺は残党狩りにいく。お前は王様の近くで待機してろ。そうすれば、殺さなくて済む」
***
三階のバルコニー。石造の手すりに描かれた金の丸い印が光り輝き、広がる。ワンダーが印に練り込んだ魔法は単純、光魔法。ただ、無機質に光り輝けという魔法だった。魔力も微々たるもので、エクスですら気がつくことはできなかった。
そこから、一人の男が出現する。
移動できる条件は光源の明るさが同じであるだけ。判定は厳しく、光源を用意するために事前に行く必要があるなど、使い勝手は悪い。
今回のように光魔法を使えるものが事前に目的地にいる場合こそ真価を発揮する。
男の名はアベレーン。嫌国の軍隊長であり、嫌王の側近。そして、道を切り開く最初の一人だった。
周囲の索敵を行い、手だけを光の中に突っ込む。
その後、四人の男女が光の中から現れた。
『叛逆』リベレ、『嫌悪』ルーゼン、『悲惨』ミザリー。
三人の実力者達は、無言で各々の方向へと分かれていった。
アベレーンは四人が散ったことを見届け、再び光の中に入る。
光は収束し、道は絶たれた。
戦いは、始まる。




