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05.恐れよ1


 透過する壁だとか、転移することができる光魔法だとか、『嫌国』の魔法文化には驚かされるばかりだ。警備隊は魔法で遠距離にいる人間に対して意志伝達していたし、便利なことだ。

 私が生まれた『楽国』にいたら、魔法なんて海外の果物のような存在だった。学校でどのようなものなのか習いはしたが、使っている人を見たことがなかった。


 『楽国』民には魔力が少ないとかなんとか。使える人も限られているのだろう。魔法を当たり前のように使うこの国は退屈しないだろう。


「国が違うだけで、ここまで違うの」


 と、私が独り言を呟いてしまうのも仕方がないだろう。目の前で繰り広げられている景色は、『楽国』内で娯楽として消費される『演劇』の中のようだった。物語の中の、空想上の戦いのようだ。





 アベレーンが転移した先は、南西門の前だ。門前に突如として現れた裏通りの連中を見て、門番などは大慌てで信号を上げていた。敵襲、敵襲と叫ぶ声。


 門は木で作られたもので、防御性はそこまでなさそうだった。5m程の大きな門で、門の上に人がいたことから、厚さもそれなりにあるようだ。


 遠くの森林の中から見た時は気がつかなかったが、『恐国』は大きな森の中に作られたようだ。門だけでなく、門を中心に国を覆っている壁も、木をそのまま利用したものだった。

 とてつもなく大きく、朽ちた大樹が壁の向こうに見える。直径がどの程度なのか想像がつかないほど大きい。朽ちた大樹を中心に国が作られたのか?



 私が新しい文化に関心している横で、金髪の少年リベレが一歩前に出た。そして、片手を前に出して何かを呟くと彼の手から『何』かが出た。言葉では形容し難い、黒い靄。それはそのまま進み、門に当たった。

 パン、という軽い音と共に、木製の門は変化した。逆再生をするように門は細かく分かれ、そのまま消えてなくなった。門の両端にあった木壁も巻き込まれ、消滅する。そこにはもともと何もなかったかのように。


 奇襲。『恐国』の南西門は一瞬にして突破することができた。『恐国』民が抵抗する暇すら与えないスムーズな速度だった。



 リベレや裏通りの連中は、その様子に特に驚くこともなく、前へ進む。これも、彼らの中ではいつも通りの光景なのだろう。



 流石の私も、口を開けたまま立ち尽くしていた。いやいや、これはズルでしょ。魔法ってなんでもありなの?


「安心しろ、スペア。リベレが強すぎるだけだ」

「そ、そうよね」


 カーティは私の右肩に手を軽く置き、そのまま歩く。リベレとリパグーは裏通りの中でも別格。これが『嫌国』の最上位なのだ。

 

「雑兵達はお前らに任せた。隊長共を潰してくる」


 リベレは後ろを振り返り、私たちにそう言った。裏通りの連中は軽く会釈をし、彼を先に行かせる。


 リパグーも無言で前へ進み、どこかへ消える。彼らは各々で敵を倒してくれるのだろう。残った裏通りの連中は、いくつかのチームに自然と別れ、それぞれの道に進み始める。

 カーティに聞いた話だが、隊長の人間が何人かいるらしい。他の兵では相手にならず、リべレやリパグーでないと倒せないほどの強敵だ。

 彼ら二人に隊長クラスの敵は任せ、我々はそれよりも下位の敵の数を減らすようだ。



 ここで、『恐国』の全貌をお伝えしておこう。リベレが門と周囲の壁を消滅させたことによって、全体像を見ることができた。

 『恐国』は一本の朽ちた大樹を中心にできていた。大樹を囲むように円形に木々が生えていて、そこを切り抜いたように住居が作られていた。

 ありとあらゆる建造物が、自然をそのまま利用したもので、『恐国』は巨大な森林と言っても過言ではない。


 『楽国』が金色の目、『嫌国』が紫色の目をしているのならば、『恐国』民は緑色の目をしている。



 自然と一体となった街並みは壮観だ。とはいえ、文明レベルは『嫌国』よりも劣っているわけでもない。

 比較対象にならない、そんな違いを感じるほど景色が違った。恐怖を司る人種でもあり、樹海という未知の神秘性も感じる。



 彼らもまた、魔法を扱っていた。彼らは緑の目を光らせ、何かしらの攻撃を『嫌国』民に与えていた。攻撃の着地点がわからない分、厄介だろう。


「わぁ」


 魔法使い達の戦いは、見応えがあった。『嫌国』民は派手な攻撃魔法で自然現象を誘発させていた。雷を降らす者、敵を凍りつけるもの、燃やすもの。

 対して、『恐国』民も強力な魔法を使用していた。緑色の光線を射出したり、敵の動きを鈍らせたり、発狂させたり。魔法的分類がどのようにあるかは知らないが、精神魔法と言ったところだろうか。



 リベレとリパグーの2人がどこかに行ってしまったので、指揮は次点の強者であるカーティに移っていた。彼女を中心に『嫌国』民は動き、敵を散らしていく。

 その手慣れた連携に加え、奇襲が成功しているということもあり、やや『嫌国』側が優先と言ったところか。

 『恐国』も地の理を活かした戦術で対応してくる。木々をベースとした住宅街の戦闘なので、葉や花などが周囲に生えている。その影響で視界が狭く、思う通りに動けないのだ。



 私はというと、ぶらぶらと街を探索していた。

 つい先日、初めて国外に出て、『嫌国』を訪れた。しかし、警備隊に追われ観光どころじゃなかった。結局、観光スポットどころか、BARにしか行ってない。裏通りは薄暗く、記憶にあまり残っていない。


 対して、『恐国』は素晴らしい。誰にも邪魔されることもなく、街を歩くことができる。戦争をしているということもあり、人は少ないが。

 人々は国の中心、つまり朽ちた大樹の元へ逃げていく。大樹の元は安全なのか。まあ、門付近よりは敵がいないので安全か。

 


 知らない住宅街を歩くのは楽しい。ここでは別の人生があり、知らない人が生きているのだ、と漠然とわかるからだ。歴史を感じることができる。知らない国の住宅街だと尚更だった。

 そして、こんな状況なのに楽しめている自分に私は喜んだ。『楽しい』という感情がある、ということは、『楽国』民である証拠だ。大丈夫。私は楽しめている。私は『楽国』民になれている。



「ああ、また悪い癖出てる」



 集団でいると自分を律せられるが、一人になると脱線してしまう。それが私の悪い癖だった。そもそもなんでこんな場所にいるんだっけ?

 自問自答の答えは、すぐに出る。


「えーと、二魔嫌士に会いに来たんだ」


 それが今では戦場にいる。自分の考えの甘さに笑いつつ、考えを整理する。


 二魔嫌士に会うために、この戦争に参加した。この戦争で注目を集めることで、二魔嫌士とのコンタクトが取れるようになる、とカーティは言っていた。それか、戦場にいる彼らに直接会いに行くか。

 リベレやリパグーのように、ということだ。彼らはいつでも二魔嫌士に会えるのだろう。


 さて、注目を集める、又は戦果を上げるにはどのようにすれば良いのだろうか。一番は、戦争に勝つことだろう。ただ、何をもって勝利なのかわからない。そもそもなんで戦争しているのか、という情報すら私にはない。

 そうなると、勝利に繋がる行動をするしかない。強そうな奴を倒せば良いのだ。


 つまりは、隊長クラス。リべレやリパグーを超える活躍をすればいい。



 とはいえ、カーティにもある程度考えがあるようだし、彼女に従うのが良い。彼女には非公式招集の取り分を全て譲渡する契約なのだ。それ相応の働きはしてもらわなければ。


 「さて、カーティ。この後どうする?」という問いかけは宙に溶ける。あれ。

 くるりと回転しながら周りを見るが、彼女の姿が見えない。

 それだけではない。『嫌国』民の姿も少ない。ばらばらと周辺に展開し、あたりを警戒している人が数人いるだけだ。

 

 住宅街を気ままに探索していたら逸れてしまった。『恐国』民との戦闘も近くで行われていないし、最前線ではないところにいるようだ。


 周囲を警戒しながら、慎重に進軍している『嫌国』民に話しかけた。


「ねぇ、お兄さん」

「あ?おまえは…、カーティの連れか」

「そうそう。カーティはどこ?」

「逸れたのか?あいつは…、西門に向かったんじゃなかったか?」


 うろちょろと歩き回っていたが、私は逆方向に歩みを進めていたらしい。地図で考えると、南西門から反時計回り。『悲国』側のさらに南側に進んだのか。

 二魔嫌士含む国の正規軍らは、西門から侵入した。カーティは左回りに正門を目指し、正規軍に近づいているのだ。挟み撃ちにするということにもなる。


「挟み撃ちするなら、私たちもカーティ側に行った方がいいんじゃないの?」

「ああ?まあ、裏通りのほとんどは西門に行ってるな。ただ、俺たちは最悪の状況を想定している」

「最悪の状況?」

「全滅だよ」

「ふうん」


 丁寧な説明をしてくれた男は、氷の魔法使いだった。名前は、ヘイト。裏通りの壁も長く、左回り側をカーティらに任されている人間だった。

 ヘイトのいう最悪の状況とは、『嫌国』側も挟み撃ちに会うということだ。


 西門と南西門を同時に攻撃し挟み込むという作戦。それに対応して、南側から『恐国』に攻め込まれると、南西門にいる裏通りの連中は逆に挟み込まれてしまう。それに加えて、『悲国』が南から攻めてくるかもしれない。

 そうなるまえに報告をするのが、逆方向に進んでいる連中ということだ。

 周りを見渡すと、逆方向に進んでいる人数は少ない。多くて15人くらいだろう。


「つまりだな、裏通りの中でも一番危険場所がここってことだ」

「ふむ」

「だからな、お嬢ちゃん。今からでもいいからカーティのところに戻りな?」


 「若いんだからさ」、とヘイトは笑う。私に言っているのではなく、他の誰かに言うように。

 昔、私みたいな背の小さい子が危険な場所に行って、死んだのかもしれない。彼の子供だったのかも。そんなことを想像させるような笑みだった。


「ま、危なくなったら逃げるわよ」

「命知らずな奴だなぁ」


 『恐国』の中で一番危険な可能性がある場所にいるのだ。むしろ、何かしらの結果を残すにはうってつけの場所だ。

 挟み撃ちに遭った場合、逆方向に進むヘイト達は全員死ぬのだろう。裏通りの中でも捨て駒扱い。そういうこともあって、飛び抜けて強そうな人間はいない。

 

 リベレやリパグー、カーティなどの実力者たちは、みんな本軍と合流するために西門を目指している。


 つまり、この中で一番強いのは間違いなく私だ。

 悪くない。



 そうこうしているうちに、広場に出た。他の住宅よりも大きく、何かしらの公共施設であることが予想させる建物が立ち並んでいる。その正面には、集会などをやるだろう広場。


 ヘイトは言うことを聞かない私に何を思ったのか、指をコキコキと鳴らし始めた。魔力が漂っているのか、手の周辺に靄がかかる。


 

「お前ら準備しろ。来るぞ」



 彼の掛け声に応えるように、全員が戦闘体制に入る。と言っても、手を前に突き出したり、上に掲げたりしただけだが。それが彼らの戦闘体制なのだ。

 そういう私も、いつでも戦える準備をする。私の場合は、右手の薬指に付いている指輪を軽く触るだけだ。

 

 今思うと、この指輪も魔法がかかっているのだろう。『楽国』にいた時はそんなこと考えもしなかった。

 銀色の質素な指輪だが、軽く触れると姿を変える。小さく光り輝いた後、大剣になるのだ。前の使用者からしたらちょうど良い大きさな剣だった。私の身長を超える大剣だが、それを扱える筋力が私にはある。


 それを構え、来るものに備える。

 

 ヘイトの言う通り、確かに来る。空気の流れが変わった。

 敵。



「ああ、恐れていたことが起きてしまいました」



 声は風に乗って耳元まで送られてきた。女性の響くような声。その声は震えていて、不安を煽るような音を出していた。

 勿論、私の声ではない。そして、私以外に逆方向に進む女はいなかった。


 敵だ。


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