04.不法入国4
早朝。
カーティと再び金のモニュメントの前に行くと、他の裏通りのメンバーが沢山集まっていた。といっても、深夜の時と面子は変わらないが。
どうやら、一緒に行くらしい。
カーティ達裏通りの連中と共に行動をし始めてから、警備隊が追ってくることはなかった。
なんなく検問所を通り抜ける。私を警備隊にチクった男もそこにはいたが、何も言わなかった。彼らも、裏通りに関わりたくないのだろう。
進軍。戦争。と言っても、そこに規律はなかった。
集合場所に行くと、先に来ていた裏通りの連中がたくさんいた。
集合場所は、『嫌国』から歩いて一時間程度の森の中だった。目的の門が景色の奥に点で見える程度に離れている。
ここから歩いて行くとなると、二日は掛かりそうな距離だ。
門側からは、森に隠れて人が集まっているとは思えないだろう。
服装も多種多様だ。ボロ布を羽織り、手作りの槍を握りしめている男。シワひとつない服を着た、身なりの整った女。裏通りの中でも貧富の差があることがわかる。
それでも、裏通りの中では皆平等だ。
唯一、左胸に付いている青い薔薇の造花だけが彼らの共通点だった。裏通りのメンバーだと、味方に知らせるためのものだった。正規軍と合流する目印でもある。
青い薔薇の花言葉は『希望』。裏通りは『嫌国』の希望として進むのだ!、とカーティは言っていた。捨て駒として使われているのに都合の良い話だ。
その青い薔薇は、もちろん私にもつけられている。『楽国』で呼ばれている私の異名と同じ花言葉を持つその花は、不思議と気に入った。
そんな私を脇目に、カーティは集まった裏通りの連中を物色していた。いつもよりも、集まっている連中が豪華らしい。
確かに、私達よりも強そうな人は何人かいた。その中でも、さらに群を抜いて強者が2人。
1人は、私より少し身長が高いーーと言っても、男の中では低身長の150cm程だがーー、金髪の少年。イラついたように周囲を見渡し、誰も彼に近づかない。身なりも整ってて、金に装飾された服は美しい。美形な彼は逆に裏通りの連中の中では浮いている。
もう1人は、160cm程の身長をした女性だった。茶髪のボブで、箒に乗ってふわふわと宙を浮いていた。
私の理想とする魔女っ子だ。是非ともお近づきになりたいが、彼女も他人には興味なさそうに、空を見ている。勿論、誰も近づかない。
身長を第一印象で考えてしまうのが私の悪い癖だった。自分より身長が低い人間は当然いない。そういう私の身長は140cmである。
そんなことはさておき、2人の強者と聞いて、二魔嫌士と繋がってしまうのも無理がない。彼らにはそれほどの強さが見て取れた。
少年が『憎悪』のアブローンだろうか。『嫌悪』のルーゼンかも。身なりも整っているし、間違いない。
「よう!」
「ふん、カーティ。今日は逃げ出さないだろうな」
「逃げてるわけじゃないよ、あたしは次に繋げてるんだ」
カーティは、周りの目など気にせず金髪の少年に話しかける。強者のみが、彼と対等に話すことができるようだ。カーティも、この少年に認められているというわけだ。
「後ろの女は誰だ?お前に隠し子がいたという話は聞いたことがないが」
「子供じゃないよ。私のバディだ」
「バディー?へぇ」
少年は値踏みするように私を睨み付ける。彼も低身長ということもあり、人を見下ろす経験があまりないのだろう。少し嬉しそうに、上から私を見つめる。
不愉快な視線だったが、彼が二魔嫌士なら目的達成だ。彼の機嫌を損なわないように、『例』の話を伝えなければ。
「どうも、『楽国』から来ました…」
「おおっとっと。げふんげふん」
わざとらしく、カーティは咳払いをする。そのまま私を後ろから抱き抱え、「とりあえずよろしく」と少年に伝えた。私を抱えたまま、少年から離れる。
少年は不思議そうな表情をした後、興味を無くしたのか目線を逸らす。目的である門を睨み付け始めた。
「なによ」
「『楽国』出身って言葉は絶対にあいつの前で口にするなよ?」
「あのねぇ、カーティ。私の目的は『楽国』についてだから、口にするなって言われても無理なんだけど」
「ああそうかい。でも、リベレの前では話すなよ」
金髪の少年の名前はリベレというらしい。二魔嫌士『憎悪』のアブローン、『嫌悪』のルーゼンどちらの名でもない。
つまり、リベレはただの裏通りの強者というわけだ。
「リベレは、差別主義者だ。『嫌国』民以外の人間は全員敵だと思っている。思想が強めだ」
「はぁ」
「スペアが『楽国』民だってわかった瞬間、魔法を撃ってくるぞ。まあ、強さはピカイチだから、頼れる奴なんだが」
「あっちの女の人がアブローン?」
私は宙に浮く魔女を指差す。
カーティは肩を竦める。
「こんな場所に二魔嫌士様がいるわけないだろ?彼女はリパグー。あたしもあんまり喋ったことないが、気が強いことで有名だ。強さは保証するけどな」
「ふうん」
裏通りの中で、強者とされる二人。二魔嫌士がこの二人より強いと考えたら、『嫌国』の戦力は相当なものだろう。
この二人が軍に所属していない理由もわかる。一匹狼で協調性がない。軍の規律を乱す、害悪な存在になのだろう。
だからこそ、『嫌国』は非正規召集を使って戦力として利用しているのだろう。力だけは認めている。門の一つを攻め入れれば、それでいいのだ。
森の中に集まった、裏通りの連中はそわそわとしていた。攻めいる合図なのがあるのだろうか、何かを待ち望んでいるようだ。
カーティをチラリと見るが、彼女も周囲をキョロキョロとしている。
太陽の光が森に差し込み、朝が来る。木々の隙間に縫うように地面を照らす。地面の色が変わったように感じた。
いや、実際に変わっていた。光に照らされた一部分が、さらに強く発光し始めた。
魔法だ。『恐国』からの攻撃かも知れない。私はいつでも右手の薬指につけた指輪を起動できる準備をした。
今度は、私が周囲をキョロキョロと見渡す番だった。誰も余所見をせず、じっとその光を見つめている。
リベレやリパグーは見てすらいなかった。ということは、この光は安全なのだろう。敵ではない、ということか。
しばらくすると、光から1人の人間が出てきた。頭から、ゆっくりと。生えてきたという表現が正しいかも知れない。
紫色の軍服を着ていて、身なりの整った男だった。神経質そうな目をしていて、手を開いたり握ったりと忙しない。
紫色の目をしていた。『嫌国』民だ。
彼は、全身が光から生え切った後、トントンと足を地面に叩きつける。ゆっくりと周囲を見渡し、裏通りの連中を睨み付ける。そして、高らかに、森中にいる全員に聞こえる声量で叫ぶ。
「『嫌国』のゴミども、よくぞ集まった!!」
彼の言葉に反応する裏通りの連中は三者三様だった。男を睨む者、興味無さげに見つめる者、そもそも振り向きすらしない者。光の中から登場するという道の魔法に興味津々で、キョロキョロと周りを見るのは私くらいだった。
リベレは嘲笑うように、「どっちがゴミだ」と呟く。男は、恐ろしく速い速度でリベレを強く睨む。
「あいつは、軍のアベレーン。いけすかない男だよ」
「ふうん」
カーティはアベレーンに聞こえない様に小声で教えてくれる。
アベレーンはリベレに対して吼えるが、リベレは全く相手にしなかった。そして、その状況を裏通りの連中は興味無さそうに見つめる。この光景も見慣れているようだ。
カーティもそれきりで、アベレーンには見向きもしなかった。彼女も苦手としているのだろう。
アベレーンはそんな周りの態度を気にもせず、作戦の概要を説明し始めた。と言っても、西門を正規軍、南西門を裏通りと、二つの門を同時に攻め込むだけだが。そのタイミングを合わせるために、アベレーンはここに来たらしい。
あとは、『悲国』が攻めた時の合図の確認だった。『悲国』が来るとしたら、軍よりも先に南にいる裏通りが当たる。合図を出し、攻め込まれる前に撤退をする算段だ。
彼の話をまともに聞いていたのは私くらいだった。この流れも、いつも通りなのだろうか。
アベレーンは裏取りの連中を侮蔑するように見渡し、再度叫ぶ。
「精々、死なないように。国に貢献しろ!」
「おー」
気のない返事が森にこだまする。返事をしたのは私だけだった。彼にとってはそれで満足のようで、何度か頷いた。
アベレーンは、自身の足元にある光を指差し、何かを唱える。すると、光は生き物のように震えて次第に大きくなっていった。木々の影を侵食し、円形の光が森の地面を覆う。
魔法についての知識がない私でも、魔法陣だということがわかった。裏通りの連中は、アベレーンが描いた光の上に各々が立ち始めた。カーティも私の手を掴みながら、陣の上に立つ。
「では、健闘を祈る」
光はさらに輝き始め、私たちの視界を覆った。