48.覚悟とは1
スペアは炎が上がっている所を目指して走る。走っている最中、家族、夫婦、子供たちと先生、たくさんの人々とすれ違う。
避難所は王宮にあるらしい。どうやら、スペアの知らない所で避難訓練なるものも行っていたらしい。王宮の2階には、都市センの住民を保護できるスペースがあるとのこと。
彼らの無事を祈りつつも、王宮とは反対側の方向へ走る。
都市センで火事が起きているということは、都市ピスの防衛ラインは突破されたとうことだ。
都市ピスにいた四人の軍隊長は…、もういないということだろうか
残された楽国の戦力は、意外と少ない。
三剣士は最強の剣士エクス、黄金の剣士ワンダーの二人。エキサイトは未だ療養中だろう。
仮に都市ピスにいた四人の軍隊長が倒されたとしたら、残る戦力はその二人だけになる。
対して怒国は、
『怨み』ビターはスペアが殺害済み。
『執念』ヴェンジャーはリベレが倒した。
『憤怒』フューリにはスペアが重傷を負わせた。
残りは、『激昂』スプレーション。
そして、怒王。
四怒将は強いが、三剣士と実力は拮抗していた。お互いが干渉しないことで両者に被害はなかったが、先日の戦いでその均衡が崩れた。
エキサイトを倒したスプレーションは、その中でも指折りの実力者なのだろう。勿論、エクスには及ばないだろうが。
実力者は両軍とも二人。だが、楽国にはスペアがいる。
スペアを含めたら三人。加えて、リベレやリパグーもいる。
怒王はエクスが倒すとして、自分達の標的はスプレーションになる。
今やるべきことは、少しでも三剣士の負担を減らすことだと、スペアは考えた。
火災現場にたどり着くと、住居が激しく燃えていた。中に人はいないようで、都市センの東側の住民は避難して終わっているようだ。
楽国の軍人たちは、明るい表情でスペアに会釈する。彼女が四怒将の二人倒していることは周知の事実で、ちょっとした有名人だからだ。顔と異名の『希望』という言葉くらいは、誰しもが一致する。
さらに遠くで、激しい音が鳴り響く。地響きと共に、地面に何かが当たる音。
どうやら、都市ピスの東北部が主な戦闘現場らしい。
ーーあれ?
東北部では誰かが戦っていることから、そこには怒国民がいるのだろう。
同じ戦争だというのに、中部戦争とは程遠い状況だった。
中部戦争では、敵国に侵入する嫌国民は様々な方向に部隊を分け攻撃していた。裏通りを囮にして、本軍は安全に攻めていたし、恐国は嫌国民が等間隔に配置されていた。リベレやワンダーなどの実力者は比較的自由に行動していたが、カーティらは規律の取れた行動をしていた。
だが、怒国はその気配がまるでない。
怒国民の姿が見えない。戦闘が起きている音も、大きく分けて二つか三つ程度しかない。
このまま東北部に向かえば、スペアが挟む形になる。楽国側としては、幸運なことに越したことはないが、何かが引っ掛かる。
それこそ、罠のように誘い込まれている…、
「ま、いいか!」
うだうだと考えても始まらない。答えは怒国民にしかわからないのだ。
それならば、会って聞けばいいのだ。
スプレーションに聞けばいい。
スペアはにんまりと口を緩めながら、スキップをするように走る。
そう、わからないことがあれば聞けばいいのだ。
仮に罠だとしても関係ない。
そこに恐れはない。
有り余る程の力を手に入れた少女は、リベレによって立ち止まることができた。
その力で戦う必要はなく、人を殺す必要もない。守ることだけを考えればいい。
それが故に、慢心が生まれていた。
自分が殺すつもりがなければ、戦闘が生まれることもない。なぜなら、自分が圧倒的強者だからだ。
罠だったら突破すればいい。
命乞いも許そう。
楽国から逃げる事も許そう。
ただ、
この力さえあれば、全てを平和に終わらせられる。
戦わずして、勝利することができる。
指輪を触り、大剣を出現させる。
ここまで熱源に近づくと、流石にその存在に気がつくことができた。瀕死の軍人たちが路地に並び、その男に向かって剣を振るう。刃が男に届く前に、軍人達は力なく倒れる。
周囲の住居は燃え、黒煙は夜空に舞い上がる。温度は上昇し続け、呼吸するだけでも肺が焼けてしまいそうだった。といっても、無意識に魔力で体を覆っているスペアには関係ない話だったが。
それほどの熱。喉を焼き、眼球を乾かし、皮膚を焦がす。灼熱の中心にいる男以外に、立っている人間はいない。
赤い肌に赤い髪、そして燃えるように赤い瞳。怒国民の象徴のような男は、歯が欠けるほど食いしばり、怒りを抑えていた。
敗北は眼帯の少女への怨みとなり、
敗北は眼帯の少女への執念となり、
敗北は眼帯の少女への激昂となった。
しかし、それでは足りない。自身の気持ちを表現するのはこの感情だけでは抑えられない。
憤怒。
やはりこれこそが、自分を表すに最も適した表現だ。
少女スペアに対しての憤怒はその男に力を与え、四怒将の誰よりも強靭な肉体へと昇華させた。
スペアによって切断された右腕は、青い炎によって補われていた。瞳は赤く燃え、全身が熱を発していた。
「会いたかったぜ…。眼帯女」
『憤怒』フューリは、まだ名も知らない少女を強く睨みながら、青い炎を放出させた。




