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42.あの日の後悔3

「私の左目は楽国の象徴である金色をしてるけど、右目の色は違う。この眼帯の奥にある目は金色じゃなくて他の国の目なの。そのことを呪い持ちって言うんだけど、感情の変化に気が付きやすいんだって。だから、戦場で重宝される。楽国は呪い持ちを集めて、軍に配置しているんだって」



 感情大陸北部戦争初期は三剣士は怒王の襲撃に備え、都市センの防衛を行っていた。都市ピス奪還は、6人の軍隊長に任されていた。

 スぺア曰く、呪い持ちは斥候としての役目を果たすらしい。都市ピス攻略の際に活躍し、怒国民の接近を事前に阻止することができるそうだ。怒王の襲撃によって都市ピスは崩壊したことで、慎重になったようだ。6人の軍隊長は呪い持ちを上手く使い、三剣士抜きでもピス奪還は着実に進んでいた。四怒将が来るまでは。



 四怒将には一般兵では相手にならず、軍隊長でも1人では太刀打ちできない程の実力差があった。彼らは片手で楽国民を屠り、一瞬で地形を変動させた。

 最も戦争が過激になった時期だ。都市ピスを奪還したい楽国民と、そのまま都市センを攻め入りたい怒国民。都市ピスは荒れに荒れ、一人で歩こうものはすぐに死ぬ激戦区になった。呪い持ちの需要は高まっていく一方だ。

 もちろん、私たち孤児院の子供たちには関係ない話だ。成人か、特別に戦闘力が認められた人しか戦場にはいけない。スぺアやスタン達は呪い持ちでありながらも、戦況について何一つ知らなかった。


 でも、事情が変わった。二つの偶然が重なり、スペアは戦場に立つことになる。


「パーション隊の呪い持ちが怪我をしてしまったということと、その隊の副隊長がルプレスさんだったということ」


 スペアは淡々と過去を話し始めた。

 事実を述べることで思い出さないようにしているようだ。



 話は、半年以上前。

 地下道を使って、怒国がせめてきているという話が大きくなってきた時の話だ。都市ピスの地下道が自然に生まれた洞窟が繋がっていて、怒国民の通り道になっている。都市セン付近まで繋がっているその道は、地上の警戒網を貫通する、最も危険なエリアだった。出口がどこかわからないが、怒国まで繋がっている可能性がある。



 早急に対処するべき事案で、暗い地下道を攻略するために呪い持ちは必須だった。軍隊長の一人であるパーションが地下道を担当することになったが、前の戦いで負傷してしまったということだ。


 孤児院の創設者でもあり、プレスレスの兄でもあるルプレスは、孤児院の内部事情は十分把握していた。呪い持ちの孤児のみで構成されていて、誰がいるのかも。



 最年長のスペアに声がかかるのは当然の流れだった。16歳の少女が戦場に立つということは異例だったが、軍に所属するというわけではない。あくまで、荷物持ちとしてルプレスと共に戦場に行くという契約だ。



 軍議にもかけられる事案だったが、未知の地下道の危険性と楽王の承認を鑑みれば、すぐに許可が降りたらしい。危険なことは何もなく、ただ敵の位置をパーションに伝えるだけ。飽くまで、地下道の調査だ。地下道を既知のものにし、戦力が必要なら三剣士が出動する可能性もある。パーション隊は先行部隊だった。



 地下道は過去に使われていたらしい。今となっては苔まみれで、水の流れるのも泥水だ。どこかで地上と繋がっているのか、そよ風が定期的に流れる。かといって光があるわけではなく、松明がなければ歩くことは困難だった。



 調査は順調だった。スペアの索敵によって奇襲は全て未然に防げ、楽国民に被害はない。何より、パーション隊長は強く、彼の巨体から振り下ろされる大剣を受け止められる相手はいなかった。大抵の敵は一刀両断され、逃げ足が速い敵は投擲によって壁に打ち付けられる。



 地下道が続いているだけなら、都市ピスの中で終わる。しかし、地下道は自然の洞窟に繋がった。過去に水が流れていたのか、海と繋がっていたのかわからない。だが、巨大な洞窟は怒国の方向へ伸びていた。パーション隊は洞窟の出口を目視するべく進軍を止めなかった。怒国内部に繋がっていたのならば、最悪の道となる。逆に全てをひっくり返す切り札にもなりうる。


 運が悪かったことといえば、その洞窟の中にある男がいたことだ。

 

 四怒将『憤怒』フューリ。彼の両手から飛び出る炎は、あらゆるものを焼き尽くし洞窟を地獄へと変えた。洞窟の調査を行っていたパーション隊の九割は一瞬で蒸し焼きになり、肺が焼かれて死んだ。反応できたのは、パーションやルプレスを含めた先鋭数人のみ。退路は炎で防がれ、洞窟の安全な場所は無くなった。



「ま、まあそうね。そこで色々あって、洞窟は崩れちゃって一件落着」



 スペアは目を伏せて少し俯く。四怒将をどう突破したか、リベレは聞かなくてもわかった。ルプレスとパーションを彼女は殺したのだ。仲間を殺すことで力を得られるという、呪い持ちの二つ目の能力を起動させた。心優しい少女は、自らの手で育ての親の一人を殺したのだ。


 リベレは、胡散臭い孤児院長を思い出す。ルプレスはプレスレスの兄だ。呪い持ちについての理解も深いだろう。ルプレスが自らの命と引き換えにスペアに力を与えたのは納得できる。 


「実力を楽王様に認められた私は、呪い持ちの前任者が帰ってくるまで戦うってことね。だから、何のために戦うかっていうと、孤児院の子供達のためよ。私が戦わないっていったら、次に年長のスタンが戦場に行くってことだもの」

「そうか」

「でも、この前の戦いで二人も四怒将を倒したでしょう?その成果が認められて、次の戦いで戦場から完全に撤退できるかもしれないってプレスレスさんがいってた。リベレの成果も連れてきた私のものだからね」

「そりゃよかった。それは、スタン達に影響はないのか?」

「うん!だって、もう戦争は終わるんだよ?都市ピスは帰ってきたし、怒国の主戦力も半壊している。あとは三剣士様たちがなんとかしてくれるんだって」


 太陽のように輝く笑顔で、スペアはいった。そもそも、その楽国が最も怪しい動きをしているとスペアに言えるわけがなかった。楽国に帰ってきて、笑顔が増えた彼女だが傷は残っている。


ーーまあ、こいつが笑ってるならいいか


 育ての親を殺し、他国で生まれた友達を殺し、それでも戦う少女はようやく解放されるのだ。戦争さえ終われば、スペアが戦うこともない。そこから先、彼女がどう生きるかは彼女の自由だ。


 叛逆者リベレが口出しするのは、飽くまでレールに乗ったスペアだった。人を殺さないと戦えない哀れな少女は戦場以外では子供を守るお姉さんだ。孤児院に住むスペアに興味はない。

 この劇場が彼女の傷を少しでも癒してくれればいいと、リベレは思った。


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