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41.あの日の後悔2

「ねぇ、どこ行くの?」

「…」


 流れる人混みをするすると抜け、リベレは前へ進む。幸い、今日は天気も良い。雲一つない快晴で、日差しが少し暑い。

 

 朝食後に子供達と遊ぼうとしていたスペアは、有無を言わさず外に連れていかれた。いつものように、1人で散歩に行くと思っていたから驚いた。


 最近のリベレは出会った時みたいに、周りを寄せ付けない壁があった。そういえば箒から突き落としたんだった、とスペアは彼に置いていかれないように走りながら思い出す。上空から落ちリベレは暗闇に消えていったが、そのことを怒っているのだろうか。


 というか、怒っているに決まっている。上空からの落下はリベレじゃなかったら確実に死んでいた。彼はその後も1人で怒国の拠点に潜入してトラブル続きだっただろう。なんでそんな大事なこと忘れていたんだ私は。


「リベレ、箒のことは…」

「スペア」


 目の前を歩いていた彼は突然止まり、振り返る。道中一言も発せず、黙って前を向いていた彼の初めての行動だった。


 手入れをしっかりしてあるサラサラの金髪に造形の整った顔。低身長同士ということもあり、子供以外と目線が合うことは久しぶりだった。紫色の瞳は一直線にスペアを見ていた。彼女は思わず、一歩後退りしてしまう。


ーーな、なんなのよ


 彼女より少しだけ身長の高い青年。身長差がここまで少ない大人と会ったことはない。目線の高さはよく合うし、歳も4歳差と近い。


 こんなに面と向かって、何を。今更何を言うのだ。


「はっ」


 スペアの脳内に衝撃という名の雷が落ちる。日中から男女二人きりで散歩。しかも、楽国の中で最も栄えている都市センでだ。気持ちがいいほど快晴で、行き先は秘密。リベレからは緊張感が伝わり、いつもの彼らしくない。裏道を通っているのか、周囲には誰もいない。


ーーこれは。


 これは、デートだ。そして、面と向かって男が言うことなんて一つしかない。

 まったく、私も鈍感過ぎる。最近の彼の様子がおかしかったのは、私を意識していたからだ。まあ、そりゃ、私も容姿にはそこそこ自信がある。それに加え、毎朝彼のためにサンドイッチを作っていたほどだ。顔もよく、性格もいい私がモテるのは当然なのだ。無意識にリべレを誘惑してしまった。罪な女だ。


 孤児院暮らしで学校でもチビと馬鹿にされ、今まで同世代の男と話した事などほとんどないスペアに。この私に、ついに春が来たのだ。スペアは脳内で思考をさらに加速する。


 しかも相手は異国の王子のような男だ。性格は難ありだが、それだけだ。見てくれは文句なしのイケメンだし、恐ろしく強いその腕っぷしは頼りになる。


 これは、有りか?有りなのか?


 というか、リべレは私目当てで嫌国からついてきたのだ。駆け落ちってやつだろうか。

 スペアの黄金の左目が熱く輝く。楽しんでいいのか?顔が熱い。人生初の告白だ。



「はわ」

「はわ?」

「はわわわ。ま、まあ。リベレがどうしてもって言うなら」

「は?何言ってんだお前」


 紫色の目はいつものように細くなり、キツイ眼光が向けられる。彼は何度か口ごもった後に、小さく呟き始める。


「あー、そうだなぁ。怒国拠点の最後の時だが…。『子供達を裏切ることになるんじゃないか』って言ったが、あれは言いすぎた。お前にもお前なりの葛藤があるんだろうし、余計なお世話だよな。ごめん」

「うん?」

「ごめん。悪かったから仲良くしよう」


「それで?」

「終わりだが」

「え、告白は」

「は?」


 リベレは口を大きくあけ、「コクハク?」と復唱する。


「お前ふざけてんのか」

「えええ、なんでなんで。箒から落としたことならごめんなさい」



 あたふたと手を前に出し、リベレの眼光から目を逸らす。なぜ彼が怒り始めたのかもわからないし、どう言う状況かもわからない。

 一つ分かったのは、スペアの早とちりだったと言うことだ。勘違いだ。告白なんて訳のわからないことを考えていた恥ずかしさに顔面が熱くなるのがわかる。耳も真っ赤になっているだろう。

 そんなスペアを見たリベレの顔色も変化を遂げた。怒りの表情から一辺、口を開けて呆気に取られる。そのまま口角を吊り上げ、微笑が溢れる。

 

 リベレの気にしていたことなんて、スペアにとってはとっくに過去になっていたのだ。彼女にとってはそんなことよりも、彼を突き落としたことの方が記憶に残っていた。

 リベレが箒から突き落とされたことを忘れていたのと同じように、スペアも気にしていなかったと言うことか。


ーー壁を作っていたのは俺だったのかもな


「お前に振り回されるなんて、馬鹿馬鹿しい。さっさと行くぞ」



 そうとなれば、気まずい雰囲気も終わりだ。リベレは前を向き、ズカズカと進む。スペアはまた怒らせてしまったのかと思ったが、いつも通りだと気がついた。彼は常に怒っているように見えてしまうのだった。

 どこに行くのかは、もう聞かなかった。彼はスペアに合わせてゆっくりと歩き始めたからだ。二人で都市センを散歩する。行き先は知らなくていい。サプライズを楽しみに待とう。


「なんだ。結局デートじゃん」


 何か言ったか、と聞かれたがスペアは答えなかった。



***


「嘘!!本当に?」


 リベレの向かった先は、楽国で知らない人間はいない、あの有名人主催の演劇場。楽国の中で最も楽しめるコンテンツとして国に認められ、国内最大の敷地を持つエンターテイメント施設。

 その名も与楽劇場。『与楽』のアミューズが楽しいという感情を与えるために作られた。チケットは高額で販売され、行くことがステータスになる程だ。

 チケット料金が高いので一度もスペアは行ったことがない。庶民のスペアにとっては、夢のような世界だ。本当に行けるのか、彼女の不安を打ち消すようにリベレはチケットを2枚ひらひらと見せる。


「前行きたいって言ってたからな」

「わあ、わあ」


 少女のようにきょろきょろと周りをあちこち見て歩き回る。劇場に来る人は全員身なりの整った金持ちばかりで、はしゃいでる人はいない。静かに、しかし熱狂的にアミューズを楽しみに待っているのだ。

 かといってはしゃいでいるスペアが浮いているわけではない。劇場に初めて来る人は少なくないし、誰しも必ず通る道だ。暖かい目でスペアを見て、微笑んでいる。


 混むことを予想して時間に余裕を持って来ていたが、誰しも同じ発想のようだ。公演前だというのに、与楽劇場の前は人混みで溢れていた。

 逸れないようにスペアの手首を掴み、壁側に向かう。人混みに飲まれると圧迫感で酸欠気味になるのはリベレも同じようだった。実際に酸欠になっているわけではなく、ストレスだが。

 二人は壁にもたれながら人混みを眺める。皆、チケットを持って楽しそうに開演を待ち望んでいる。リベレは、隣をちらりと見て、意を決してスペアに話しかける。


「なあ、スペア」

「ん?」

「お前はなんで戦っているんだ?」

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