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40.あの日の後悔1

 リパグー達が密会をしていた少し前の話。


 都市センから少し外れた公園にリベレはいた。都心部から離れた場所にあるので、周囲に人は全くいない。自然豊かな公園の木製の椅子に座り、両足を投げ出してぼうと木々の揺れを見つめていた。


 四怒将を二人倒し、都市ピスを奪還した功績はでかい。あれから、怒国と楽国を繋げる都市は再び壁という機能を果たし、戦争は再び振り出しに戻った。

 とはいえ、良いニュースだけではない。三剣士の一人、『興奮』エキサイトがやられたそうだ。運良く他の四怒将が倒れた報告が入ったらしく、彼をそこまで追い詰めた『激昂』のスプレーションは撤退したらしい。エキサイトは死には至らなかったが、かなりの重傷を負ったそうだ。しばらくは戦線復帰は厳しいだろう。

 ヴェンジャーも死んだわけではない。怒国に戻って休息を取れば、『執念』の能力と合わせてすぐに復活するだろう。


 スペア、リベレ、リパグーは多額の報酬をもらった上に休暇を命じられた。2人は軍に所属していない上に、嫌国からの客人という扱いだったが、堅苦しいのは苦手という理由で好きにさせてもらっている。


 休暇を言い渡されてから、すぐにリパグーは親友と遊びに行くといって孤児院を離れた。あれから、彼女を見ることはない。スペアは孤児院で子供達の世話をしていた。彼女は元の生活に戻ったことにとても喜び、今を楽しんでいることだろう。


「俺は何をしているんだろう…」


 怒国に攻め込むわけでもなく、孤児院の仕事を手伝うわけでもなく、都市ピスの復興しにいくわけでもない。最初は孤児院を抜け出し、都市センを散策していた。しかし、楽国民のことをなぜか好きになれなかった。人混みを避け続けた結果、この公園にたどり着いた。雰囲気が嫌国の裏通りと近しく、安心できる。

 朝起きて公園に行き、自然を見ながら時間を潰す。腹が空けば、サンドウィッチを食す。そして日が暮れるまで自然を眺め、孤児院に帰り寝る。ちなみに、孤児院を出る際に、スペアがサンドウィッチを渡してくれている。



 自然を眺めながら考えるのは二人の少女についてだ。



 一人は眼帯の少女、スペアだ。リベレはスペアの運命とやらに叛逆するために楽国に来た。嫌王の考えはどうでもよく、自分のためだけに来たのだ。ヴェンジャーとの戦いで自覚した。あの哀れな眼帯の少女の、他人を殺さないと生きれない破滅の道を壊したかった。

 現状、スペアは孤児院でぬくぬくと暮らしている。破滅の道は免れたわけだ。

 何も心配することはない。それで充分だ。スペアの戦いは終わったのだ。


ーーじゃあ、なんだこの胸のざわめきは。


 右目の眼帯を強く抑えながら、膝を地につける少女を思い出す。孤児院の子供と同年代の少女(に見える婆)を殺そうとした彼女を止めるところまではよかった。

 その先が問題だ。『孤児院の子供を裏切ることになる』というリべレが発した余計な一言が彼女を傷つけた。あの日以降、スペアとまともに口を聞いていない。


「くそ、どれもこれも、あいつのせいだ」


 あいつ。二人目の少女、『論争』アーギュだ。彼女と出会ってからリベレの調子は狂いっぱなしだ。三つの話をもとに裏切りを唆す精神魔法。叛逆の力によって魔法の発動自体は防ぐことができたが、リベレの精神に直接作用する言霊は止めることができなかった。洗脳せずとも、楽国への不信感は心に根付いた。

 北部戦争のきっかけ、崩壊人間、悲国の滅亡。楽国への疑心は植え付けられ、リベレの思考を支配していた。

 そもそも彼女がいなければ、リベレが怒国民に対して躊躇することなどなかったのだ。スペアに嫌われることもなかった。


ーー嫌われる?


 スペアに嫌われることなど、何ら問題はない。あのちんちくりんな少女など、自分の人生に何の関係もないのだ。だから、この心のざわめきも楽国への疑心だ。嫌国民として、嫌われることなどむしろ本望だ。



 第一、楽国に来たことの目的は達成されたも同然だ。ヴェンジャーと戦うこともできたし、もうこの国にいる理由はない。嫌国に帰ればいいのだ。


ーー何を迷っている、リベレ。らしくないぞ。


 そもそもこうして一人で公園に行き、黄昏ていることが全くリベレらしくない。自分に問いかけることすら、今日初めてした。全く何をしているんだ俺は。



「にいちゃんにいちゃん」

「あ?」


 思考の外から急に声がする。気がつくと日は暮れ始め、大分時間が経ってしまっていたようだ。リベレの腰掛けた椅子の後ろから、声が聞こえる。振り向くと、そこには紫色の右目と黄金の左目を持った少年がいた。


「あー…」


 誰だっけ。孤児院に住んでいる孤児の一人だ。最年長でやたらスペアに馴れ馴れしかったことを覚えている。何度か話しかけられたこともあるが、適当に話を流していたので覚えていない。


「もう、スタンだよ。にいちゃん忘れちゃったの?」

「スタンか、どうした」

「どうしたって、こっちのセリフだよ」

「はぁ?」


 スタンは遠慮なくリベレの隣に腰掛ける。幼い少年は足をプラプラと浮かせる。


「どうしちゃったんだよ。最近スペアと仲悪いじゃん」

「お前みたいなガキには関係ないことだ」

「関係あるよ。にいちゃんと仲悪いと、スペアのやつ寂しそうだもん」


 スタンは寂しそうに言った。スペアが寂しいと俺も寂しい、そう続けた。

 

「別に喧嘩したわけじゃない」


 楽国の不信感。感情大陸北部戦争のきっかけを作った、人体実験。怒国民も嫌国民も感情大陸の全ての人種が実験に使われているらしい。『論争』アーギュはその知識を持って、的確にリベレに楽国への不信感を植え付けた。怒国民は悪いやつではないのかもしれないと思ってしまった。

 だからアーギュが死ぬのを見過ごせなかった。スペアが殺すのを見たくなかった。あの行動に後悔はない。



「喧嘩したんだよ。にいちゃんは」

「だからお前には関係…」

「にいちゃんも反省してるんでしょ?」

「はぁ?」

「だって、スペアに会うたびバツの悪そうな顔してるじゃん」


 俺がバツの悪そうな顔をしている?どんな顔だ、それ。


 自分で自分の顔が見てみたいと、リベレは思った。生まれてこの方反省した事など一度もない。自分の行いが悪いと思ったことはないし、過去を振り返ったこともない。それがリベレの生き方だ。生き方だったはず。


ーーこの俺が反省?


 まるで、スペアに対して悪いと思っているみたいじゃないか。



「だから、そうだって言ってるんだよ。さっさとスペアに謝って、みんなで仲良くしようよ?楽国なんだから、食卓には笑顔が必要なんだ」


スタンは空を見上げながら言う。


「楽国の中で国営孤児院だけだよ。笑顔がなくなってるの」


ーーアヤマル?


 思わず、口が大きく開く。反省をしてアヤマル。なんだそれ。


 自分の半分の年しか生きていない子供に、そんなわけのわからないことを言われるとは思っていなかった。何を言ってるんだこいつは。謝る。謝罪。自らの非を認めるということ。

 


 でも、それよりも。


ーーなんで俺は、納得しているんだ。


 納得した自分に、一番驚いていた。


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