表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/89

39.あの日の記憶3


「りっちゃん!」


 ここは都市ピス上空。高度500mを超えた位置に浮かんでいるリパグーを、地上から見つけることは困難だ。もとより、「上空に誰かいるかもしれない」と考えて生きている人間はいない。魔法の認知が低い楽国ではなおさらだった。


 しかし、彼女は現れた。浮遊魔法を使用しながら、一直線でリパグーの元へ向かう。桃色の髪は夜空に反射していつもより淡く見えた。猫を模したつけ耳は風で激しく揺れ、上空に打ち上がる彼女は花火のようだ。勢いを殺し、リパグーの箒にふわりと着地する。箒に乗った後、驚いているリパグーに抱きつく。

 

 嫌王との会話を聞かれていたかのような登場タイミングだ。三剣士『感嘆』ワンダーは、先ほどまでディナーに向かっている時と、何ら変わらない姿で現れた。


「わーちゃん。ついて来ちゃだめだよ」


 リパグーの親友とは、彼女のことだ。楽国に来てから、スペア達と別行動をしていたのは彼女と遊ぶためでもあった。楽国に来てからは、暇を見つけてこの少女と遊び呆けていた。今日はディナーに向かっている最中に嫌王から呼び出しを食らったのだ。箒に乗って飛び出した私を探していたのかもしれない。

 とはいえ、親友を嫌国の話に巻き込むわけにはいかない。


「違うにゃ。わーも嫌王様に呼ばれたにゃ」

「え?」


『あー。あー。聞こえるかな?君たち。彼女こそが、我々の協力者、感情大陸を救うものだ』

「今まで黙っててごめんにゃ」


 猫耳をぐでと垂らしながら、ワンダーは俯く。しかし、すぐに顔をあげ、キラキラと輝く黄金の輝きをした目でリパグーを見つめる。切り替えの速さは彼女の美点でもあった。


「でも、りっちゃんが協力してくれるなら心強いにゃ」

「あ、うん」

『さて、感動の再会に水を刺してしまうが、時間がない。ワンダー、聞かせてもらおうか』



 そもそもワンダーと嫌王がいつから繋がっていたのかもわからない。彼女との友情を疑うわけではないが、どこまでが嫌王の計画なのだろうか。元凶がいる国に来たもの、もしかしたスペアが来たことすら、彼の手のひらの上なのか。

 親友と嫌王の繋がりを見て、リパグーの脳内は混沌と化した。例えるならば、営業先に兄弟がいたようなものだ。そして、あちら側は隠していた。ぐるぐるとめぐる思考は迷宮入りする。


ーーもうどうにでもなれ!!


 こうして嫌気を充分に感じさせることすら嫌王の狙いだということをリパグーは気がついてない。

 親友が大混乱を起こしていることに気がつくこともなく、ワンダーは今までの過程を語る。


「わーは嫌王様に感情大陸崩壊の話を聞いたわけじゃないにゃ。ただ、気がついてしまっただけ」


 感情大陸の楽園とも呼ばれる国は様々な種族が集まる。だが、楽国から外に行くものはいない。楽国は住み心地が良く、人々は皆笑顔だ。来るものは多く、出るものはいないため人口は増えるばかりだ。

 ただ、例外はある。商人やスペアのように他国に助力を願う者だ。また、魔法国家嫌国に魔法を習いに留学するワンダーのようなものもいる。そういった例外も、楽国に早く戻りたいと思う。


 ワンダーには才能があった。幼い頃は天才児と周りから認められるほどの剣技を持ち、『狂喜』エクスにも手が届くかもしれないと言われていた。魔法を使う才能もあり、楽国唯一の魔法使いでもある。

 それが故に、嫌国に留学した際に気がついてしまった。楽国の歪さに。


 楽国民はよく笑う。日々笑い、死ぬ時も笑う。楽という感情に特化した国家。


 それはつまり、笑ったこと以外ないと言うことだ。


 怒ったことも、恐れたことも、悲しんだことも、嫌ったこともない。楽国民は楽しむ感情以外が欠落していた。そして、楽国民はその事実を受け入れている。誇りに思っている。


 違う。そんなことが成り立つわけがない。

 ワンダーが嫌国で見た景色は、楽国とはかけ離れていた。人々は怒り、笑う。尊敬し、貶す。嫌という感情に特化しているとはいえ、他の感情が欠落しているわけではない。


 これこそが人間が持つ感情だ。一つの感情しか持たない人間など、歪でしかない。楽国はなんてつまらない国なのだと、ワンダーは思った。その皮肉がなんだか面白かった。


 楽国に帰ってきてからは、居心地が悪い日々だった。自分だけが他と違う感情を持つ。異物だった。おかしいのは自分だけ。


 気がついたことは、魔力の動きだ。感情の統一化は魔法によって行われている。ワンダーは魔法が使えるため、その魔法が効かない。どうやら、魔力の耐性があるものは統一化されないようだった。


 剣技に魔法が加わったワンダーが三剣士に選ばれたのは当然だった。彼女は楽国の中でもエクスの次に実力があったし、彼女の可愛らしい容姿は一般人受けがとてもよかった。桃色の髪に丸い目をした彼女は、楽国民全員から愛された。

 立場を利用し、楽国の調査を始めた。そして、一人の人間に辿り着いた。


「そいつの目は黄金の左目に朱色の右目をしていたにゃ。楽の感情と怒の感情を同時に持つ、奇妙な奴だった。そいつこそ楽国を裏で支配し、感情大陸を崩壊させようとしているにゃ。名前は…」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ