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37.あの日の記憶1

また10日間くらい毎日です

 魔法国家嫌国では、『より良い生活を作る』を目標に掲げ、魔法の研究に勤しんでいる。魔法学園の入学料を無料とし、国民全員が基礎魔法の履修が強制となっている。

 魔法とは発想力だ。基礎の魔法の組み合わせで、なんでも作ることができる。当人の実力次第で、進化し続けていく。魔法を教養にすることで、発想力のある人材の発掘を行なっているのだ。

 血筋や財力は関係ない。優れた魔法を編み出したもののみが、貴族として認められる。異名を与えられ、自身の感情と組み合わせることで魔法はさらなる進化を遂げる。こうして嫌国は発展していった。


 発明されていった魔法は、すぐに実用化するところも嫌国の長所と言えるだろう。中でも、治安維持に対する注目度は大きい。魔法を使った犯罪者を取り締まるべく、魔法を使った警備を行う必要があるのだ。

 例えば、嫌国の警備隊は伝達魔法を使う。伝達魔法を使える人間へとパスを繋ぎ、障害物がない限り距離に制限なく情報を伝達することができる。地理を理解している警備隊が30人ほどこの魔法を使えば、街から犯罪者が逃げ切れることはない。


 他にも、軍事的に魔法は利用される。嫌国は北に楽国、東に恐国、南に悲国と三方から囲まれている。国境付近にはいくつもの探知魔法を敷いているため、不法入国を許すことはない。ネズミ一匹の侵入すら、探知することができる。


 この魔法を設置してから不法入国されたことは二度しかない。二度目はもちろん、スペアが訪れた時のことだ。彼女は検問所から不法入国したため、探知魔法には検知されなかった。もとより、正面から突破してくることは想定していない。


 

 一度目は22年前の出来事だ。




 嫌国の北部、楽国との間にある湖。そこで探知魔法が検知した。すぐさま迎撃が行われるが、全て無効化される。


『楽国カラ侵入者、アリ』


 その報告を聞いた僕は、ええと、どんなことを考えていたんだっけ。

 当時の僕は、嫌国の王としてやる気がない時期でね。業務を淡々とこなし、反乱分子を潰す毎日だった。今はリパグーが裏通りのシステムを作ってくれたおかげで、政治に納得していない連中を黙らせることはできたけど、この時はうるさいのなんの。学園魔法に反発する無能で溢れていたんだ。王たる僕も、やる気のなみはあるものなのさ。


 

 そういった、発言力のある無能な老人達に嫌気をさしていた時だった。本来なら僕の出る幕ではないのはわかっているけど、気分転換に散歩したくなったんだ。


 危険だから来ないでくださいってうるさい二魔嫌士を引き連れて、湖まで来た。普段だったら霧がかかって楽国が隠れるほど見通しの悪い湖が、えらく明るかったのを覚えている。


 太陽の光が水面を反射し、キラキラと輝いていた。そして、彼女は現れた。



 僕と同じ、黄金の髪。透き通るような肌に、滴る汗。白いワンピースを着た彼女は、男なら誰しも想像する夏の象徴のようだった。嫌王たる僕でも、庶民みたいな考えが出るんだなって驚いたよ。


 そして何より、彼女の黄金の瞳。太陽のように輝き、強い意志を持った目をしていた。


 右手には竿を持ち、木製の小舟をゆらゆら揺らしながらゆっくりと進む。


 その時の胸の高鳴りを僕はいつまでも忘れないだろう。侵入者と聞いて飛んできてみたら、太陽のような少女が釣りをしていたのだ。汗をびっしょりとかきながら、湖を横断して。


 その大きな目に僕は魅了された。吸い込まれるように、しばらく彼女を見つめていた。


 そう、僕は恋をしたのだ。


***


「ちょちょちょ、ちょっと待ってください。嫌王様、なんですかこの話は」

『今いいところだから話を遮らないでくれたまえ。まったく、だから『嫌気』なんて異名が付くんだよ、リパグー』

「あなたがつけた異名でしょ…」



 都市ピス、上空。茶髪の魔女、リパグーはいつものように箒に乗って空を飛んでいた。雲の高さで停止する彼女は寒さに体を震わせていた。真夜中ということもありまさに嫌気がさしていたところだったが、嫌王からの呼び出しを断れるわけがない。親友とのディナーをすっ飛ばして、嫌国と連絡が取りやすい位置まで飛んできたのだ。

 伝達魔法はリパグーの飛行魔法ととても相性がいい。空中ということもあり、都市ピスの上空から嫌国の王室まで間には何もない。嫌王が自室の窓を開けるだけで、楽国にいるリパグーと対話することが可能だ。

 リパグーは宙に向かって声を放ち、嫌王の声が耳元で反響してくる。



「で、なんなんですか?嫌王様の初恋事情なんて、興味ないんですけど」

『本当?結構レアな話だよ』


ーーそういえば、嫌王様が婚約したって話聞いたことないな。


 嫌国の王子、リベレの母親が出てきたこともない。彼が嫌王の息子だということは周知の事実だが、実力主義の建国においてそのレッテルは意味を持たない。庶民と同じ扱いをされていたリベレをみて、誰しも出自を気にしたことがなかった。


ーーあいつは確か、私の2歳下だったっけ。


 楽国の少女に恋をしたのが22年前、リベレが産まれたのが20年前。何もおかしいことはない。つまり、嫌王の初恋は実ったのだろう。


「ま、まあ、興味はそこそこありますけど。今じゃなきゃダメなんですか?嫌国に帰ったら詳しく聞かせてくださいよ」


 寒いし。本音はそれだけだった。


『初恋の話だったらいくらでも掘り下げて話してあげるよ。ポイントはそこじゃない』



 先ほどまでの明るい嫌王の声とは打って変わって、真剣な声色に変わる。いつも民の前で演じる、嫌王そのもの声だ。


『恐国との戦争も、感情大陸北部戦争も、全て仕組まれたことだって言ったら、リパグーは信じられるかい?」

「へ?」

『感情大陸を崩壊させようとしている人間がいる。これからリパグーには、元凶の暗殺に協力してほしい』


 有無を言わさず、嫌王は過去の話を再開した。

 

***


「君は…誰だ?」


 時間をおいて出た言葉がこれは我ながら恥ずかしい。連れてきたのが二魔嫌士だけで心底安心したよ。他のみんなには、間抜けな姿は見せれないからね。


 太陽のような少女は僕のことを見て、口をぽかんと開けた。声をかけられて、初めて気がついたのだろう。汗を拭うことすらしないで、釣りに熱中していたのだ。

 彼女は僕のつま先からてっぺんまでじろりと観察していた。最後は僕と同じく、紫色の目を興味津々で見ていた。


「ふっふっふ。私が誰かだって?」


 大きく開けた口を閉じ、両手を腰に当てる立ち上がる。小舟が揺れ、湖に大きく波紋が広がる。

 


「私は楽国を統べる最高の女王、楽王様よ!!」

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