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33.『執念』決闘

 翌朝。


 都市ピスの怒国拠点、中心の広場。そこには多くの怒国民が集まっていた。戦時中というのに、彼らは熱気を持った表情で二人の男に注目していた。


「こんなことしている場合じゃなくないですか?三剣士『興奮』エキサイトと戦っているって聞いてませんか?」

「知っておる。スプレーションが都市ピス入り口まで攻めた話しじゃろ?じゃが、必要な儀式なのじゃ」

「まあ、アーギュ様が言うなら間違い無いんでしょうけど…」



 黒いコートを肩にかけた細身の男は不満げに言った。四怒将の一人、『怨み』のビターはため息をつきながら深紅の目を持った少女を見つめる。

 感情大陸北部戦争において、こんな遊びをやったことは初めてだ。発案者が、怒国の智将とされている『論争』アーギュでない限り、一蹴しただろう。最近は都市ピスの完全侵略が上手くいかず、ド国民もストレスが溜まっていた。多少の息抜きにはなるか。



 広場の中心には、二人の男が立っていた。一人は金髪の美少年。紫色の目は細く光り、周囲には漆黒の液体がふよふよと流動しながら浮いている。『叛逆』のリベレはことが上手く運んだ事に素直に喜んでいた。

 アーギュがこの対戦を実現したことは意外だった。リベレを裏切って逃げることもなく、昨日の話を誰かに漏らした様子もない。かと言って、リベレにビビっている風でもない。


ーー何を考えてやがるあのガキ


 怪しさは残っている。昨日の時点で殺しておくべきだったか?この決闘が罠の可能性もある。

 しかし、そんな考えは一瞬で霧散した。


 広場の中心の二人目。黒のパンツだけを履き、燃えるような色の上半身からは鍛え抜かれた筋肉が見える。身長も高く、リべレの頭部がちょうど胸のあたりに来るほどの体格差があった。『執念』のヴェンジャーは唇を高く吊り上げ、リべレを見据えていた。

 この男が、小細工を許すわけがない。アーギュが罠を仕掛けるものなら、死ぬのはリべレではなく彼女だろう。


 リべレは悟った。一対一の決闘をする状況を作り上げることができたのは、アーギュの手腕が優れていたからじゃない。ヴェンジャーもリべレとの対決を望んでいたのだ。

 純粋な戦闘。彼はリべレが強者だと理解したうえで、戦いたくて仕方がなかったのだ。それでも、怒王から前線の拠点の管理を任されている身分だ。自分勝手に動くわけにはいかなかった。侵入者を生かすなど、選択肢に入っていなかった。アーギュの提案は願ってもいない話だったのだ。


 彼女は、拠点内の怒国民の息抜きだとか、拠点の防衛には『怨み』ビターを呼ぶから安心しろだとか説明していたが、ヴェンジャーの耳には入っていなかった。久しぶりに強者と戦える。リべレとの決闘が決まって以降、彼の脳内は決闘一色だった。



「くっくっく。嫌国の王族、リべレで間違いないな」

「そういうお前は、四怒将の1人、『執念』のヴェンジャーだよな?」

「そうとも。しかし、この決闘は男と男の戦いだ。俺のことは怒国の人間だということは忘れてよい。俺はヴェンジャー。ただ、戦いを好む男だ」

「おい、御託はいいから始めようぜ」



 「良かろう」とアーギュが声をあげる。彼女が審判といったところか。台座の上に乗って、いかにも偉そうに彼女は立っていた。


「勝負は片方が降参したとき、もしくは」

「おい、婆さん。男の戦いに女が口を挟むんじゃねぇ」

「いや、わし審判なんじゃけど…」 



 ヴェンジャーが拳を叩きつけることが、開戦の合図になった。彼の拳にあたった地面は無数の罅が走り、大きく抉れた。宙に舞った破片が周囲に弾け飛ぶ。近くで戦闘を見学していた怒国民達は慌てて距離を置いた。アーギュも「あわー」と情けない声を上げ、目に涙を浮かべながら走る。ビターが助けに入らなければ、破片に当たって死んでいたことだろう。


 外野の様子を見ることもなく、リべレは立っていた。岩は彼の周囲に浮かんでいた『叛逆の一滴』によって砂へと変化し、リべレのもとに届くことはなかった。


「ほう」


 今度は、黒い液体が形状を槍のように変り、ヴェンジャー目掛けて投擲される。彼は拳で叩きつけようとしたが、手を引っ込め、横方向に避ける。先程、液体に当たった岩が砂になったことを思い出したからだ。ただの物理攻撃ではなく、何かしらの魔法効果があるに違いないと察した。

 回転を加えながら、槍から回避する。そのまま右足に魔力を貯め、魔法を発動させる。ヴェンジャーは慣性を無視し、一気にリベレとの距離を詰めた。

 一撃。

 ヴェンジャーの拳は『叛逆の一滴』ごと頭部を狙う。リべレは咄嗟に両手で交差させて衝撃を受け流そうとする。拳は前腕の骨を激しく砕き、威力を殺しきれずに顔面に直撃した。

 顔面に拳がめり込み、そのままヴェンジャーの手は爆発した。リベレの頭部は吹き飛び、胴体は膝から崩れ落ちる。爆発する拳と強大なスピードのパンチは、明確に命を削り取った。


「お、おおお」


 一番最初に声を上げたのは婆と自称する少女だった。彼女に釣られ、一拍置いて周囲から歓声が上がる。勝った、流石だ、と。


 アーギュは手を胸に当て、深く息をつく。

 流石は四怒将。決着は一瞬だった。洗脳が効かない事で恐怖を覚えていたが、所詮は人だ。嫌国の王族とはいえ、ヴェンジャーに勝てるわけがない。

 ん?何か大事なことを忘れている。


「って、そうじゃ!嫌国の王族じゃぞ!殺しちゃまずい!」

「死んじゃいねーよ。婆さん。もう少し離れてみてな」

「はへ?」


 『叛逆の一滴』はリベレの首元に集まり、元の形に頭部を戻そうとする。変化への叛逆。死への叛逆。頭部が破裂し、脳味噌が飛び散っても関係ない。とにかく叛逆したいのだ。



 ヴェンジャーの暗殺。怒国の拠点を潰して、都市ピスの解放。それが感情大陸北部戦争の転換点になる。

 隠れてこそこそと暗殺する方法をリパグーは考えていたみたいだが、真正面から倒す手段を手に入れたのだ。この決闘で、ヴェンジャーを殺すのだ。


 目を開きヴェンジャーを睨むのと、彼の拳が再びリベレの頭部に炸裂するのは同時だった。今度は、胸部ごと吹き飛ぶ。

 蘇生。爆発。蘇生。爆発。ヴェンジャーの拳はリベレを死に至らせるが、それでもリベレは蘇る。効率的に殺しているので、蘇生後に逃げる余裕もない。

 『震駭』テラーとの戦いでは、スペアが蘇生後の時間を稼いでくれていた。しかし、一対一を所望したのはこちら側だ。戦いはヴェンジャーのペースにのまれたまま、暴力は続いた。




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