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31.『論争』三話戦法

「今から3つの話をする。納得できたら、楽国を裏切って怒国に来るのじゃ」

「は?」



 真紅の眼を持った少女は、足をぶらぶらと揺らす。そのまま、ニマニマと口を歪めながら続ける。


「一つ目。感情大陸北部戦争は、楽国が仕掛けた戦争じゃ」

「ちょっと待て!そもそも何を言っているのかわからないぞ」



 リベレは彼女を睨む。第一にこの少女がリベレと楽国は関係ないと話を始めたのだ。リベレは恐国との戦闘中に、拠点近くまで吹き飛ばされたのだと。その誤解に、リベレは乗ったのだ。



「あれは、ヴェンジャーの馬鹿を黙らせるために適当についた嘘じゃ」

「なんだと」

「『震駭』テラーとはいえ、国を跨ぐほど人を吹き飛ばせるわけなかろう」

「なっ!」


 思わず立ち上がり、『叛逆の一滴』を手の平から生み出す。


ーーこいつ、どこまで知ってやがる


 楽国と繋がっていることがバレるのはまだわかる。リパグーの空中飛行を見られていたとしたら可能だからだ。


 しかし、『震駭』テラーの情報まで知っているのはおかしい。嫌国ですら、彼の存在は気が付かなかったのだ。恐王が嫌国が本土に攻め込んでくるまで温存していた最終兵器。二魔嫌士が敗北するほどの強者を隠し続けていたのだ。

 それに、感情大陸中部戦争が終わったのはつい最近だ。『震駭』が現れてから、情報が入るまで早すぎる。



 こいつ何者なんだ。ヴェンジャーのように闘気を垂れ流している強者よりも厄介だ。得体の知れない、不気味さを感じる。



「安心せい。わし以外にお主の正体に気がついている奴はいない」

「何が目的なんだ。今すぐ俺を捕縛するべきだろ」

「そういう荒事は、四怒将に任せてるのじゃ。わしは知らん」


 それに、とアーギュは繋げる。


「目的は、お主が楽国を裏切ることじゃ。3つの話に納得したら、お主は裏切る。それでは、続けるぞ」


 

 アーギュの声はやけに耳に残る高い声だ。水滴が湖に落ちた時のように、脳に溶け込む。聞くのは無料かと思い、再びアーギュの隣に座る。



 一つ目の話は感情大陸北部は楽国が始めた戦争だということ。都市ピスを怒王は一夜にして崩壊させた。それが、この戦争の始まりだとスペアは言っていた。孤児院長のプレスレスにも確認したが認識の誤差はない。


「それは、嘘ではない。じゃが、語弊がある。怒王のやつは、意味もなく都市ピスに攻め込んだわけじゃない。怒りのまま動いたのじゃ」


 怒る原因を作ったのが楽国だと、アーギュは説明する。先に喧嘩を売る要因を作った楽国なのだから、この戦争を始めたも同然というわけだ。

 これは戦争においてよくある話だとリベレは思った。そりゃ、自国は正義の味方であるはずだと思うものだ。成敗をするために戦争をする方が、士気の高まりにもつながる。どちらの国も、相手が先に仕掛けてきたという言い分を持つ。

 実際、嫌国と恐国の戦争でも同じ現象が起きていた。両者とも、大陸支配をするのは自国だと主張し、ぶつかった。

 事の発端の真相など誰にもわからない。


「で、怒国はどんな原因が都市ピスを崩壊させる理由になったんだ?」

「それが、二つ目じゃ。楽国は人体実験を行なっておる」

「はぁ?なんだそりゃ」

「楽国は研究国家でもあって、感情の研究に注力しておる。感情の崩壊(エモ・コラプス)を知っておるな?」

「ああ」


 感情のストッパーを通り越して溢れる現象。制限が解除された感情は、本来ではあり得ない特殊能力を持つ。『叛逆の一滴』もその副産物と言える。スペアの『呪い持ち』としての力も、『恐怖』フィアの深緑の海に落とされる精神攻撃もそうだ。



「楽国は感情のストッパーを完全に取り除いた、崩壊兵士を作り上げた。常に感情の崩壊(エモ・コラプス) を発動させているようなものじゃ。」

「そんなことが可能なのか?」



 リベレも、感情の崩壊(エモ・コラプス) を多用するからよくわかる。あれには精神と体力の疲労がついてまわる。感情のストッパーを超えた反動で、情緒が不安定になるのだ。

 そんな状態を続けたらどうなるか、考えなくてもわかる。待つ先は廃人だ。一定の感情を保つことなど、不可能なのだ。超人的な力を瞬間的に得ることで、感情の崩壊(エモ・コラプス) は許されているだけだ。それに、一定じゃないからこそ、力を得られると言う一説もある。



「一定の感情を維持することに適した人種を探したのじゃ。その実験に、怒国民も利用されていた。怒王はそこに怒りを抑えきれなかったのじゃ」


 『楽』、『嫌』、『悲』、『恐』、『怒』。

 5つの感情の中で、どれが一番長く保てるか実験をしていたということか?


 楽国は様々な国の人種が集まる楽園だ。もし、アーギュの話が本当なら、嫌国民も犠牲になっているに違いない。

 都市リリーフを訪れた直後の出来事を思い出す。露店にいた紫色の目をした嫌国民。彼は楽国で生まれたと言っていた。人種の垣根を超えた、巨大な実験。


 冷や汗が背中に流れる。不愉快だが、拭き取ろうとすら思えない。


ーーありえるのか?


 そんなことがありえるのか?というか、そんなことをしようと考える人間がいるのか?

 廃人を作りながら、それでも耐えれる人種を探した。怒りの感情が適しているか、嫌う感情が適しているか。5つの人種のなかでどれが適しているか、何度も何度も繰り返したのか?



「それは、本当なのか?崩壊人間とやらがいるなら、なんで北部戦争で使わない?四怒将に手こずることもないだろう。失敗したのか」


 もし、崩壊人間なるものが本当に存在するなら、恐ろしく強い戦士が誕生するだろう。怒国民なら、常に怒り続けることになる。怒りは加速度的に積み重なっていき、力も上がり続けるだろう。しかし、それは人間と言えるのか?




「北部戦争中は使っていないようじゃな。じゃが、証拠はある。三つ目の話に行こう」


 アーギュは一拍置いて深呼吸をする。これを上回る話しがあるのか。

 彼女は最後に1番の爆弾発言をした。


「楽国はすでに悲国を滅ぼしておる。その崩壊人間を使ってな」



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