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29.奇襲作戦


 燃え尽きて炭になった住居。焦土の煙。ぐつぐつと煮えたぎる、溶岩の溜まり場。

 都市ピスは地獄と化していた。人が住んでいたという歴史は、もはや冗談かと疑う程だ。

 そこは、人が住む場所ではなくなっていた。鮮やかな植物園も、住宅街を分けるように流れていた川も、今はない。



 楽国と怒国の戦争は都市ピスを中心に行われている。まずは都市を奪還することが、楽国の第一目標。そのために、日夜戦争会議が行われ、進軍している。


 

 楽国の6人の軍隊長も、今となっては4人しかいない。彼らは都市ピスと都市センの間にある集落を拠点として、戦っていた。


 しかし、戦争の要となるのは軍隊長達ではない。楽国の三剣士、怒国の四怒将。この勢力たちの戦いが命運を分けると言ってもいい。


 三剣士からは、『感嘆』のリパグー、『興奮』のエキサイトの2人が。

 四怒将からは、『怨み』のビター、『激昂』のスプレーション、『執念』のヴェンジャーの3人が。


 この5人の戦いによって、都市ピスの戦争は膠着していた。今はお互い様子を見ているが、命運を分けるのは彼らの動き次第だ。

 

 三剣士の1人で世界最強の剣士の『狂喜』エクスは楽王の護衛として都市センに残っている。逆に、四怒将の最後の1人、『憤怒』のフューリも姿を現していない。スペアがフューリを撃退して以降、音沙汰がない。何より、都市ピスを一夜にして崩壊させた怒王も、開戦直後は一度も現れない。


 実力者達が何を考えているか、本人にしかわからない。




 時刻は真夜中。天気は曇り。星明かりが見えることもない。


 スペア、リベレ、リパグーの三人は箒に乗って空を舞っていた。リパグーの浮遊魔法は箒を中心に働き、空を自由に動くことができる。



 都市ピスを上空から見下ろすが、人の気配はほとんど感じない。あちこちに各国の仮拠点が作られ、てんてんと灯が見える。松明の火灯りは、見張り番をしている軍人だろう。

 怒国は火の魔法を使うことから、暗闇の中攻めいるのは双方にとって都合が悪い。怒国は攻撃をするたびに自身の位置を明かしてしまう。楽国は暗闇の中を行動しなければならない。日の出を大人しく待つのが、感情大陸北部戦争の特色になっていた。


 といっても、この三人に今までの流れは関係ない。


「おい、スペア。もっと詰めろ」

「無理よ!リパグーとの間はもうないもの。リベレもくっつきすぎなのよ!」

「ちょっと、二人とも静かに」


 そもそも、一人乗りの箒を三人で乗ること自体が間違っているのだが、そこには触れない三人であった。彼女たち三人は、場所狭しとお互いの体がくっつくまで身を寄せ合って箒から落ちないようにしていた。先頭にリパグーがのり、彼女の腰に手を回したスペアが真ん中に。一番後ろはスペアの肩を掴んでバランスをとっているリベレだ。



 リパグーは喧嘩ばかりする二人を見て、ため息をつく。彼らは先ほどからずっとこの調子だ。都市センから空の旅に出てから今まで、何かと文句をつけてもめる。

 ただ、リパグーがため息をつく原因はそこにはない。喧嘩をする際に、あまり負の感情が乗っていないところに嫌気が差しているのだ。喧嘩するほど仲がいいというか、喧嘩でしかコミュニケーションが取れないというか。プライドが高い二人は似たもの同士。

 つまり、喧嘩をしている程でいちゃついているようにしか見えない。リベレとは長い付き合いだが、彼がここまで気を許している相手を見たことはない。大半、舌打ちをしてすぐにその場を去る。嫌王の命令とはいえ、女のために楽国に来るなんてありえない。そして、本人が意識している様子もない。無意識でこれだ。

 『叛逆』のリベレも丸くなったものだ。


ーー不器用なんだから


 とはいえ、少しでも騒ぐと声が夜空に響いてしまう。そろそろ二人には大人になってもらわなければならない。次に騒いだら箒から落としてやろうかと、無慈悲な考えを思いつく。

 三人の中では一番年上のリパグーは理解した。戦力だけで考えれば二魔嫌士に及ばないにしてもリベレだけでも充分なはずだ。リパグ―は戦力ではなく、子供達の子守りを嫌王に頼まれたのだ。


 三人は都市ピスの最東部を目指していた。深夜に、空で移動するのには理由がある。


 感情大陸北部戦争の前線の中でも、最東部は怒国の巨大拠点ができている。そこに辿り着くまで小さな仮拠点はいくつもあり、突破した先に構えられている。現在の楽国の悩みの種がそこにはいた。

 四怒将の一人、『執念』のヴェンジャー。彼は楽国民を攻撃するわけでもなく、都市センに向かうために進軍するわけでもなく、ただ巨大拠点に居座った。降りかかる火の粉だけを取り除き、守りに専念する。それが唯の実力者なら問題ではなかったが、彼は四怒将。一騎当千の戦士が防衛に回った時の厄介さは計り知れない。


 怒国を潰すためには、彼が最初の難関だ。三剣士の二人は、『怨み』ビターと『激昂』スプレーションの相手で手一杯だ。巨大拠点に戦力を割く余力がない。


 そこで、スペアたちの出番だった。嫌国からの助力。ゼロから生まれ、自由に動くことができる北部戦争のイレギュラー。プレスレスは楽王からの命令と称してこう告げた。


「君たちには『執念』のヴェンジャーを暗殺してもらいたい」


 全ての障害物を無視できる空を自由に動くことができるリパグーが居たことは奇跡だろう。楽国民が苦労していた巨大拠点までの道のりを全て素通りし、一直線で向かっている。深夜に攻め入ることで、狙い撃ちされる心配もない。リパグーは視界不良の中、真っ直ぐに進めばいい。巨大拠点の見張りの松明を目指すだけだ。

 加えて、今夜は『怨み』と『激昂』の四怒将二人が巨大拠点にいない日であると事前情報が入っている。楽国民は近づくことはできなかったようだが、見張りくらいはできているようだ。


 夜空からの奇襲。リパグーの光線で道を切り開き、リベレの『叛逆の一滴』で動きをとめ、スペアの大剣で一刀両断する。作戦はそれだけで充分だ。

 日が明ける前に、増援に来る前に終わらせるのだ。


「ちょっと、リベレ!今私の胸触ったでしょ!」

「バランス崩したんだ!リパグーの操縦が荒いからだろ!」

「いや、触った!変態め」

「触ってねー。第一な、お前みたいなチビなガキの胸を触ったからなんだっていうんだ」

「はあああ!?」

「あ」


「もうすぐ拠点なんだから、騒ぐのは後にしてって」


 リパグーは箒の動きをとめ、空中で静止する。よし、説教だ。流石に我慢の限界だ。行ってもわからないなら、実力行使あるのみ。フリーフォールを味わってもらう。

 そう思いながら後ろを振り向いたリパグーが見たのは、口を大きく開けて唖然とする眼帯少女の姿だけだった。黄金の左目は泳ぎ、動揺を隠せない。そして、スペアの後ろにいるはずの、金髪の美青年の姿は見当たらない。


「リ、リパグー。リベレ落としちゃった…」



 リパグーは地面を見る。索敵されないようにかなりの高度で飛んでいたことに加え、夜ということもあり、下は闇だった。今どのくらいの高度にいるかさえわからない。

 


「あ、あー、うん」



 『嫌気』のリパグー、彼女の人生は計画通りに行くことが少ない。



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