02.不法入国2
『嫌国』の裏通りにあるBARに入り浸っている女魔法使い、カーティ。昼間は『嫌国』で身体強化魔法を生かして、周辺の敵国民を退治して回っている。所謂、傭兵というわけだ。夜はもちろんBARだ。
退屈ではあるが、今の人生は気に入っているらしい。しかし、常にチャンスは伺っていた。何か金になる、ビジネスチャンス。
そこで、逃げ回る私を見つけた。金とは関係がないが、この、金色の目。この国の住人にはない色だ。そこに惹かれた。運命のようなものを感じたのだ。
そんなことを知ったことがない私は、再度ため息をつく。現地の協力者がいるに越したことはない。かといって、この女はどうなのだ。
せっかく魔法国家の『嫌国』に来たんだ。可愛い魔女っ子と仲良くなりたかった。ほうきにのって、街を縦横無尽に動き回るような。カラフルな光線を撃って見ていて楽しいような魔女と。
魔法の国と聞いてわくわくしたが、『嫌国』に魔女っ子はいなかった。いるのは魔法を使って位置共有をする合理的な魔法使い達ーー警備隊だ。
かといって、選り好みできるような状況でもない。外に出れば警備隊に追われるし、街で求人をする余裕もないだろう。偶然出会った女だが、目的が明確な分信用はできるかもしれない。
金。結局、どこでも金が目的であるだけで、ある程度の信用は築かれる。金が尽きれば終わりの儚い関係だが。
幸い、金には余裕がある。
利用できるだけ利用して、適当に逃げよう。
「いいわ。あんたを雇ってあげる」
「はは。いいね」
「で、この国に来た目的だけど、『二魔嫌士』に会いに来たのよ」
「ほう」
私の発言に、カーティは眉を顰める。
「普通だと、無理だな」
「なんでよ」
「なんでって。お前、本当に『嫌国』に始めて来たのか?」
やれやれと、カーティは両手をあげる。
といっても、私はちっとも怒りの感情が浮かばなかった。二魔嫌士、という単語の意味を本当に知らなかったからだ。
「それも含めて、代金を出すから。簡潔に教えろ」
舐められないように、精一杯背伸びをして私は言う。金色の左目は薄く光り、カーティを威圧する。が、幼い私が何をやっても微笑ましく見えるだけだったのか、カーティは優しく笑う。
「二魔嫌士様ってのは、2人の魔法使いだ。この国の中でも最も強く、嫌王様直属の護衛を行っている」
「ふむ」
「金色の目ってことは、スペアは『楽国』出身だろ?『楽国』にも似たような扱いの護衛がいるだろ」
「三剣士か」
『楽国』最強の剣士、三剣士。私も出会ったことはないが、『楽国』で知らぬものはいない。王の次に有名といえばその認知度は明らかだろう。中でも、『狂喜』のエクスという剣士は、この大陸で敵うものがいない剣豪として世界中に認知されている。
その三剣士と同格の存在。二魔嫌士は『嫌国』の中では知らぬ者はいないのだろう。カーティはその二人の魔法使いの逸話をベラベラと語り始めた。
そもそも『嫌国』の知識が、魔法使いが住んでいる国という程度の知識だった私が知るわけがない話が展開されていく。話していくうちに彼女も興奮しだしたのか、声を荒げる。
やれ、大会で無敗とか。新しい魔法を発明したとか。子供の時から憧れてたとか。
後半から酔いが回ってきたのか、カーティ自身の話と行ったり来たり。
興味のない内容だったため、軽く聞き流しながらオレンジジュースを飲む。カーティが余りにも目を輝かせて話すので、話を止めることができなかった。
屈強な女が、少女のようなキラキラとした目で逸話を語る。二魔嫌士は、その強さからこの国では憧れの存在なのだろう。
「自分もあの方たちのような力があれば、今とは違う生活ができるんだろうなぁ」
「そうかな」
「そうとも」
カラン、と再び氷がグラスにあたる。カーティが酒を飲み切ったのだ。酒が回っているのか、それとも憧れの存在を語ったからなのか、カーティの頬は赤く染まっていた。
「まあ、二魔嫌士がそんなに簡単に会える存在じゃないことはわかったよ。じゃあ、どうすりゃいいの?」
「うーん。二魔嫌士に会うってのは、嫌王様に会うことくらい難しいからなぁ。それにスペアは…」
「なによ」
気まずそうに、口を濁す。言うか言うまいか。少し迷った後、薄い笑いを浮かべる。
「あんま差別とかしたくないんだけど」とか、「私はそんなこと思っていないんだけど」とか言い訳を述べた後、続けた。
「あたしたち裏通りの住民は、国籍とか目の色とかはどうでもいいと考えている人が多い…というのを前提に聞いてほしいんだけどさ。今の『嫌国』はピリついてて。国外の人間に対して凄く排他的なんだよ」
だから、スペアが二魔嫌士に会いにいくのは難しいんだよ。
ほら、とカーティは自分の左目を指さす。
また始まった、と私は思った。
スペアは軽くため息を付く。本当にくだらない。目の色が違うだけじゃないのかよ。
『嫌国』に住んでいる人間はカーティと同じ、紫色の目をしている。色の濃度は人によって違うが、国民全員が、だ。警備隊も、Barの店主も紫色だ。
私が生まれた『楽国』では金色だ。私の左目も、黄金に輝いている。
この大陸は、目の色の違いが人種の違いとして考えられている。
現に、私は左目が金色というだけで警備隊に追われたのだ。出入りくらいなら簡単に出来たという話を聞いて『嫌国』に訪れたわけだが、情報が古かったようだ。
「そういうわけで、楽国民のスペアが二魔嫌士に会うのは不可能だ。それと、『嫌国』の裏通り以外行くなよ?警備隊が来るからね」
「なんでそんなことになったの?ピリついてるっていうけどさ」
「まあ、あれだ。戦争だ」
戦争。その言葉を聞いた途端、私の視線は少し上にずれる。はぁ。ため息をつくのも無理はない。つい最近、戦争という単語を痛いほど目にしたからだ。
カーティは私の変化に気が付きつつも、あえて触れずに話を続ける。
「『恐国』との戦争が本格化してるんだ。国中は大騒ぎさ」
怖いねぇと、カーティは呟く。随分と他人事じゃない、と思った。カーティ含むBARにいる連中は戦争している国とは思えないほどゆったりと酒を飲んでいた。
戦時中は、警備隊が他国民を追い回すほどピリついているというのに。
「カーティは行かないんだ」
「ああ、裏通りの連中は非合法な仕事をしている奴も多くてな。正式な召集はかからないのさ」
「ふぅん。正式じゃない召集はかかってるってこと?」
にやり、とカーティは笑う。良いところに目を付けたな、と笑いながら続ける。
「そう、あたしたちは国が緊急時に発令する、裏通りの連中でも参加できるイベントを待っているのさ」
「緊急時?」
「ああ。二魔嫌士が必要になるレベルの強敵が現れた時だ」
敵国の最強の一角が出てくる事態。国は総力を挙げて潰しに行くということだろう。非合法の連中に力を求めるくらい、緊急時というわけだ。
「あたしたちは非公式招集と呼んでいる。これが金になるんだな。公にはなっていないが、国から大金が出るんだ。成果をあげればあげるほど、貰える金額は増える」
「カーティはそれで稼いでるってことね」
「まあ、裏通りにいる連中は稼ぎ時だって騒いでいるね。金になる分、危険ってことだけど」
ハイリスクハイリターン。裏通りにいる連中にはピッタリだ。ギャンブルとかしてそうだし。
「そうだな。次の非公式招集にスペアが出るときに、取り分をあたしに全部くれ。それで、雇われてあげるよ。『嫌国』で快適に過ごせるようにするよ」
「ちょっと。私が非公式招集に参加する理由がないでしょ。金は別で払うから、二魔嫌士にさえ会わせてくれればいいのよ」
彼女はにやにやと笑いを止めない。酔った大人はタチが悪い。
第一、なんで私が『嫌国』と『恐国』の戦争に参加しなければならないのだ。金には困っていないし、長居する予定もない。手っ取り早く、二魔嫌士に会って『楽国』に帰りたい。
普通に会えないなら、公じゃないルートで行くしかない。実家に突撃するとかか?
オレンジジュースを飲み切る。普通じゃ会えない、か。
「さっきも言ったが、普通じゃ二魔嫌士には会えない。普通じゃ、な」
ここまでカーティが言えば、流石に理解した。
普通じゃ会えないなら、非公式でいこう。
つまり、非公式召集なら二魔嫌士に会えるかもしれない。