28.嫌悪感
リベレは激怒した。
「お前たち、スペアの能力を知っていて、嫌国に送り出したってことだよな!」
「リベレ君、言っている意味がわからないが」
孤児院の仕組みをプレスレスが語り始めたところだった。どう言った経緯で作られ、スペアがどのように育ったか、という話だ。世間話だ。
スペアは両親が死に、その両親と知り合いだったプレスレスが拾ってきたということ。
この孤児院は彼女のように呪われた目を持つ孤児を集めているということ。
リベレはスペアが部屋を出て行ってから少しずつ体が震え始めた。痙攣しているわけではない。イライラとストレスが溜まり、思わず貧乏ゆすりをしてしまっているのだ。
そして、ついに堪忍袋の緒が切れた。
「死体を回収して回った時に気がついたよ。ヘイト、カーティ、他にもたくさんいる。全員スペアに殺された仲間達だ!恐国との戦争で楽国民に殺されたんだ!裏通りのクズ供だったが、それでも嫌国民の一人だった!」
「ああ、やっぱり殺してしまったんだね。スペアが強くなっていたから、まさかとは思ったけど」
プレスレスは、変わらない笑顔で答える。その笑顔が、リベレをさらにイラつかせる。
楽国は笑顔で溢れた国だ。だからこそ、不気味だ。
万人を受け入れる感情大陸の異端。差別はなく、そこにあるのは笑顔のみ。考え方は素晴らしいと思う。
それでも、リベレは何か違和感を拭えない。嫌国にはない、楽国特有の嫌な空気。
この国は何かおかしい。
スペアが嫌国に来たこともおかしい。嫌王が言っていたことをリベレは思い出す。
ーーなぜ、スペアが来たのか
二魔嫌士に匹敵する強さを持つ三剣士という存在がいるにもかかわらず、スペアに助けを求めに行かせたのか。そもそも楽国に増援は必要なのか?
増援を求めるなら、それ相応の地位の人間が来るべきなのではないか?せめて、楽王からの手紙を渡すなり、礼儀があるのではないか?
嫌王はスペアに答えを求めて問うたわけではない。リベレとリパグーに疑問を持って欲しかったのだ。楽国に向かう道中、リベレはずっと考えていた。一つの結論は最初から持っていたが、そんなわけがないと思っていた。思いたかった。
しかし、プレスレスと話をして確信を持った。
「『呪い持ち』はね、仲間を殺すことで力を得られるんだ。彼女が強くなったということは、嫌国でいっぱい友達ができたってことだよね。良かったなぁ」
「お前たち、わざとスペアを派遣しただろ」
「ん?」
「あいつを強くするために、嫌国民と仲良くさせるような状況を作っただろ!」
仲間を殺すほど強くなる『呪い持ち』。楽国内で彼女の能力を活かすには楽国民が死ぬことは必然だ。仲間を減らさず、スペアを強くさせるためには、と考えた時に当てはまるのはこれだ。
外国で仲間を作らせ、殺させればいいのだ。楽国の損失なく、強くなったスペアを手に入れることができる。
現に、スペアは強くなった。恐国序列二位の『恐怖』のフィアと対等に戦えるほどに。隊長クラスなら瞬殺できるほどの力を得た。
それが楽国の狙いだと、リベレは考えた。
スペアは何も気がついていないだろう。嫌国に行き、二魔嫌士に増援を願う以外の情報を渡されていないのだ。
この男が、全ての元凶だ。スペアは利用し、強靭な兵士を一人作り上げた。
そういうことを平気でやる国だと、楽国に来て確信できた。
「はは」
「あ?」
「はははははははは」
リベレは黒い靄を出し、プレスレスに向ける。
『叛逆の一滴』。リベレの得意とする魔法だ。それに触れたものは、逆行する。人体に触れれば、その部位だけが若返り、消滅する。彼はその液体を靄になるほどに細分化して操っている。
魔法に耐性がある人間ならば、多少耐えることはできる。しかし、魔力を感じない楽国民だ。プレスレスのことを瞬殺できる自信がリベレにはあった。
スペアのことが脳裏にチラつく。彼女のことは恨んでいない。『震駭』テラーとの戦いでは、リベレも必死だった。だからこそ、彼女が生き残るためにカーティらを殺したことを知っている。何も知らない、哀れな少女だ。
だが、こいつは違う。子供を利用する大人だ。貼り付けたような笑顔は薄気味悪く、眼鏡の奥に見える瞳からは鈍い黄金の光が見て取れる。
「はははははは!あー笑った笑った。リベレ君、君面白いこと言うねぇ」
「何が面白い」
「スペアを強くする?そんな上手くいくかわからないことに、大事な娘を送り出すわけないじゃないか」
「あ?」
「四怒将にパーションという隊長の一人が殺されてね。本来は彼がいく予定だったんだよ。急遽、スペアが選ばれたわけだけど」
「偶然だと言いたいのか?」
「そうだね。神の悪戯だ。我々も余裕はなく、スペア以外動ける実力者はいなかった」
僕もスペアを危険な目には合わせたくなかったよ…、彼の呟きは寂しさを含んでいた。
ーー胡散臭いやつだ
だからと言って、これ以上責め立てるわけにはいかなくなった。楽国への不信感は未だ残ってはいるが、偶然と言われたらそれまでだ。
「リベレ君。君がスペアの友達になってくれて安心したよ」
「友達になったわけじゃない」
「仲間思いの優しい子だね、君は。これからもよろしく頼むよ」
「…」
「さ、夕飯にしようか。いい匂いが漂ってきた」
プレスレスは立ち上がり、部屋から出ていく。
大人に言いくるめられたような、そんな気分だった。嫌悪感を優しい心で返された。叛逆の心も、善意には弱い。プレスレスの笑顔には、そうさせる何かがあった。
去年二十を超えた青年、リベレ。自分は大人になったと思っていたが、それでもまだ心は子供なのかもしれない。
そんなことを、客室の天井を見ながら一人で考えていた。
「リベレ!夕食できたよ!!」
扉の隙間から、スペアの声が聞こえてくる。
ーーあの少女は、何を考えているのだろう
カーティが久しぶりにバディを組んだ相手がいると聞いて驚いた。数年前に夫を戦場で失い、特定の誰かと連むことをやめたあの女がだ。
それも、リベレよりも一回り小さい子供だ。年齢は16とか。実力は確かにあるようだったが、カーティがどんな心境の変化があったのか。
この戦争が終わった後に、聞き出したいと思っていた。
二人は仲がよく、短時間でもその間に信頼があるのが見てとれた。
そのカーティを、スペアは殺した。リベレも胴体と頭部が分離している最中に見た光景ではあったが、確かに短刀で胸部を指していた。
感情の崩壊 だ、と歴戦の魔法使いであるリベレは見抜けた。プレスレスは『呪い持ち』の呪いと言っていたが、呪いなんかじゃない。自己を強化させたのだ。
確かに、『震駭』テラーは強敵で、自己強化しなかったらスペアも死んでいただろう。『叛逆』の力がなければ、リベレは何十回死んだわからない。
それでも、親しい人間に手を掛けた。あの幼い少女の感情に影響はないのか。彼女は何を考えている。
他人を殺さないと強くなれないのに、なぜ他人と縁を作る。
ーー嫌王はどこまで知っていて俺を楽国に送ったんだ?
「リベレー?」
「今行く」
周りに漂わせていた靄が、匂いを逆行させて消してしまっていたらしい。プレスレスのいう通り、暖かいシチューの匂いがする。
リベレは立ち上がり、扉に手をかける。
彼女の力は、際限なく強くなれる強力な力だ。善となり、悪ともなる。
楽国では、スペアは異名持ちらしい。『希望』のスペア、と呼ばれている。
希望を振りまくか、絶望の化身となるか。
「見極めさせてもらうぞ。スペア」




