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26.帰還

「これは…、すげぇな」

「ねね、空飛んで上空から景色見ていい?」

「魔法使ってる人なんて見たことないからなぁ。多分大丈夫だと思うけど」

「ちょっと行ってくる!」



 茶髪の魔女リパグーは箒に跨り、魔法で空を飛ぶ。高度はぐんぐんと上がっていき、彼女の表情は下からだと見えなくなる。笑顔であることは想像つくが。


 楽園と呼ばれる国、楽国。万人を受け入れる感情大陸の異端国。その景色は、リベレやリパグー嫌国民からしたら圧巻だった。


 まず、国境検問所が明るい。テーマパークの入口のように歓迎をされ、二人は嫌国との違いを実感した。紫色の目をした外国人であることも気にされることもない。

 スペアが嫌国の検問所で指名手配にあったことが嘘のようだった。と言っても、これは仕方がないことだ。各国での教育方針が大きく異なる。

 嫌国は嫌国民が大陸を支配するべきであるという思想が根強くある。嫌王こそが大陸の王なのだ。その思想を持った人間が大半だし、ズレた人間は裏通りの連中となる。

 対して、楽国は『楽しい』という感情が最優先される国家だ。勿論、楽王こそが大陸の王だとは考えているが、そのために他の国を陥れることはしない。『楽さ』を外国に強要しないということも、楽園と呼ばれる所以だ。


 楽園は楽国で完結している。だから成立している。



 リベレやリパグーを驚かせたのは、それだけではない。検問所を抜けると、そこには祭りが広がっていた。

 露店がいくつも並び、ステージ上では演劇が行われている。カラフルな球体がいくつも空を舞い、音楽が響き渡る。


「これは…まるで祭りだな。年に1度の楽王祭というのがあると言っていたが今日だったのか?」

「いや、楽王祭はまだ先かな」

「じゃあこの騒ぎは何なんだ?」

「これが楽国の日常なの」

「なん…だと」



 リベレの驚愕の表情など、そうそう見れるものじゃない。彼は口を大きく開け、立ち尽くす。こんな大騒ぎ、嫌国では何十年経っても行われないだろう。

 周りをキョロキョロと見渡し、近くの露店の店員に注目する。彼は紫色の目をしていた。嫌国民が普通に露店をしていてる。若い男の子が焼き鳥を販売していて、リベレも自然と近くによる。



「おう、兄ちゃん!何本買う?」

「あー、3本貰おう。お前は、楽国に来て長いのか?」

「毎度!兄ちゃん楽国には来たばっかなのか?俺は楽国で生まれたから長いと言えば長いぜ?」

「な、に?」



 楽国で嫌国民が生まれた、と言う事実を受け入れるには時間が必要だった。リベレは愕然とした態度で焼き鳥を受け取り、モソモソと食べながら考えに耽っていた。


 宙から降りてきたリパグーに焼き鳥を渡し、観光をする。外国に来てから観光をしたくなる気持ちはわかる。彼らには羽を伸ばしてもらいたい。


 リベレもリパグーも、興奮したように彼方此方に寄り道をした。20を超えた大人が、子供のようにはしゃぐ姿は見ものだ。スペアが二人は引率するという、年齢の逆転が起きるほどだ。



 途中、リパグーは別れてリベレとスペアの二人きりになった。何やら、彼女は楽国に友達がいるとかいないとか。明日には合流する、といって彼女は空へ飛んで行った。



「さて、俺たちはどうする?今から怒国に殴り込みに行くか?」

「いやいや、そんなわけないでしょ。まったく血気盛んなんだから」

「ああ?」


 私が嫌国から帰ってきたということを、プレスレスさんに伝えなければ。そして、それを軍隊へ伝えて…。

 嫌国にいた時は、スペアは自由に動けていた。それは外国だからだ。楽国には楽国のルールがあり、世話になっている人に迷惑はかけられない。


 何より、リベレとリパグーの手綱を自分が握らなければ。調教性がなく軍から追い出されたであろう二人は、何をやらかすかわからない。そうスペアは考えたが、既にリパグーがどこかに行ったことを思い出す。ああ、時既に遅し。彼女がどこかで暴れていないことを祈ろう。


 リベレも初めてきた外国にそわそわして浮き足立っていた。目を離すとすぐに露店で何かを買っている。先程は古本屋で本を買っていた。


 彼の服を引っ張り、自宅へと向かう。


「あ」

「どうした」


 そんな私の視界を遮るように、その会場は現れた。


「与楽劇場だ」

「なんだそれ…、て、おお」


 リベレもすぐに気がついた。というより、先程まで視界に入っていたものを認識した。

 楽国の住宅街と露店道の境目にある、巨大な演劇場。与楽劇場は楽国の中で一番大きい劇場だった。

 『与楽』のアミューズ。軍人以外で異名を持つ男の一人。楽王自らが、楽を与えるものという意味を持つ異名を授けた男だ。

 与楽劇場はその名の通り、アミューズが開催する演劇を見ることができる劇場だ。円形の巨大な建物が劇場だと理解できなかったのも仕方がない。それほど巨大だったのだ。



「そのアミューズってのは強いのか?」

「強い、とかじゃなくてすごい人なのよ」



 アミューズは多重人格だ、と言われるほど彼の表現力は高いらしい。与楽劇場は楽国の中でも圧倒的で人気が高く、他の追随を許さない。

 彼の演劇は日々を楽しむ楽国の象徴とも呼ばれている。楽王も大好物なようで、よく訪れる。

 会場は常に満杯で、入場料も高い。誰しもがアミューズを一目見ようと集まってくるのだ。

 

 劇場から人が溢れ出てくる。どうやら今日の上映が終わったようだ。劇を見た人々は同じような笑顔で感想を言い合っている。


「子供の時、憧れだったのよ。いつか、行けたら良いなって」

「ふぅん。楽国一の劇なら見てみたいもんだな」


 ぞろぞろと、立ち去る人々。あっという間に道が混雑し始め、人の流れができてしまった。劇を見た人々は小腹を満たしに露店道へと向かう。私たちとは逆方向に進む人ばかりだった。

 その中で、一人。スペアたちと同じ、流れに逆らう人間がいた。青いコートを羽織り、丸眼鏡をかけた男。スペアはその人に会いに楽国へ帰ってきたのだ。


 その男も、スペア達に気が付いたのかこちらへ向かってくる。人混みをするするとぬけ、あっという間に二人の元へ辿り着く。


「やあ。スペア。よく帰ってきたね」

「プレスレスさん!」


 プレスレスは相変わらずの笑顔で私に語りかける。

 スペアの育ての親の一人。国営孤児院の院長。

 そして、スペアが最初に殺した男、ルプレスの弟に当たる男だ。


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