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24.感情大陸北部戦争へ

 感情大陸『エモ』にある五つの国。

 北西部の『楽国』。北東部の『怒国』。西部の『嫌国』。東部の『恐国』。そして南部の『悲国』。


 五つの王は瞳の色によって棲み分けを行い、自分たちの感情を守るために国を作った。時に協力し、時に戦った。今までも戦争は何度も行われていたらしいが、近年ほどの大規模の戦争は聞いたことがない。

 


 『楽国』と『怒国』の戦争は一年前、突然始まった。

 それも、『楽国』民の記憶に強く刻まれるような形で。


 『楽国』には三つの都市がある。王宮があり、海に隣接している都市セン。『嫌国』との間にある湖に隣接している都市リリーフ。そして、『怒国』と最も近い東部側にある都市ピス。一年前、唐突にその男は現れた。


 感情大陸『エモ』を支配する五人の王の中でも、怒りの感情を司る。

 怒王。

 彼が訪れたのは都市ピス。その都市が健在である限り、平和の象徴になり続ける。防壁や監視等など、さまざまな対策をされた、防衛都市。


 そこに彼は一人で現れ、一瞬で滅ぼした。


 燃える住宅街、焼死体の不快な匂い、肺が焼けるほど熱い煙。怒王の怒りは『楽国』民に振われ、都市ピスは壊滅した。『楽国』の最強勢力、三剣士が到着したときには、地獄が生まれていた。世界最強の剣士『狂喜』エクスが来たことで、別の都市部に攻められることはなかったが、一歩遅ければ『楽国』が崩壊しただろう。


 怒王とエクスの戦いは一日に渡って続いた。都市ピスは戦場と化し、二人の間に立てるものは誰もいなかった。両者の実力差はなく、激しい戦いは歴史に残るものだっただろう。日が沈む頃、怒王は退いて行った。崩壊した都市を背に、エクスは追いかけることはしなかった。こうして、戦いは終わった。


 翌日、怒王は『楽国』に宣戦布告をした。

 感情大陸北部戦争の幕開けだ。



「戦争は未だに続いていますが、『怒国』の四怒将の強さは凄まじく、『楽国』はやや劣勢になっているそうです」



 ここら辺の情報は、私自身よくわからない。戦争が始まった時も、現実感はなかった。未だに続いているということも、この前までは関係ないことだと思っていた。四怒将との戦いも噂程度に聞いたくらいだ。その後に四怒将と直に会うことになるとは、当時は考えても見なかったのだ。

 

「四怒将…ってのは、どれくらい強いんだ?」


 今まで黙って話を聞いていたリベレが口を挟む。


「『震駭』のテラー程ではないと思うけど。ルーゼンとか、アブローンくらいの実力はあるようだね」

「おいおい、まじかよ」


 彼の問いには、嫌王自らが答えた。二魔嫌士と同じ力を持った人間が四人。考えるだけで、恐ろしい。

 それでも、その意見を否定できなかった。四怒将の一人、『憤怒』のフューリと戦ったことがある私だからこそ、わかってしまう。


 

「それでも、『楽国』には三剣士がいるじゃないか。世界最強の剣士、『狂喜』エクスの逸話は『嫌国』にも届いているよ。四怒将なんて、相手じゃないはずだけど」

「それはそうなんですけど…」


 嫌王の指摘に言葉が詰まる。『狂喜』エクスは世界最強の剣士。彼が一太刀振るえば、屍しか残らないという話だ。『震駭』のテラーに近いものを感じるが…。嫌王は、感情大陸『エモ』に置いて、怒王、『震駭』、『狂喜』の三人は別格らしい。二魔嫌士が揃えば『震駭』を倒せると考えていたらしいが、三人の領域には及ばなかった。

 二魔嫌士が『震駭』に勝てなかったように、四怒将も『狂喜』には勝てないだろう。エクスが動けば、『楽国』が優勢になるのは確実だ。それこそ、『震駭』一人で、『嫌国』との戦争を終わらせた『恐国』のように。

 

 私は、その理由を知らない。というか、考えたこともなかった。三剣士が『怒国』に突っ込めば、それだけで済む話じゃないのか…?。よくわからない。


「まあ、それで?」

「はい。自国でどうにもできなくなった『楽国』は他国に助けを求めようっていう流れに」


「それはそうなんだけど、なんで君が来たんだい?スペアちゃん」

「はい?」

「普通ならば、『楽国』の使者が楽王の手紙とか持ってくるべきだろう?それとも、スペアちゃんが国の重鎮なのかな?」

「いや…」


 再び言葉が詰まる。言われるまで気が付かなかった。

 というか、最初の質問からそうだった。嫌王は「君は何できたのか」ではなく、「君がなんで来たのか」という質問だった。私が二魔嫌士に援助して頂きたいという考えなんて、とっくに突き止めていたのだ。



 私の実績は、都市センに侵入しようとしていた、『憤怒』のフューリを退けたくらいだ。なんなら、その戦いより前は軍事にかかわったことすらない。ただの孤児院の職員だ。楽王様どころか、三剣士に会ったことすらない。

 二魔嫌士が『嫌国』にとって偉大な存在であるということも、カーティに教えてもらうまで知らなった。その二魔嫌士に、私程度が『楽国』を背負って援助を求めること自体が可笑しい。


 でも、本当に私は楽王様からの命令を受けたのだ。


「『楽国』の命運を預ける。君は本物の『希望』になれ」そう手紙に書いてあった。


「ふふ、意地悪な質問をしちゃったね。楽王のおかげで、君という戦力が戦争に参加してくれたのには感謝してるしね。僕はそういった外交とかは特に気にしないしね」

「い、いえ。すみません」

「それで願いなんだけどね。二魔嫌士を『楽国』の戦争に行かせるのは無理だ」

「あ、そ、そうですよね」



 あっさりと拒否され、落胆する暇もない。 

『嫌国』と『恐国』の戦争が終わったのは、二魔嫌士が『震駭』テラーに敗北したからだ。『憎悪』ルーゼンの右腕が弾け飛んだところを、終着点とした。

 病院に、彼らはいるようだ。集中治療を受けているとかなんとか。

 

 それに、治療を受けているからいけない、というわけではないだろう。「恐れるものは去れ、心弱きものは二度と立ち入るな」と『恐国』は言っていたか。あちらから攻めてくるつもりはないのかもしれない。しかし、本当にそうだろうか。『震駭』が今、ふらっと『嫌国』を訪れたら?今日来なくても、明日は来ないと保証できるか?

 『恐国』の狙いはそこにあった。『嫌国』最強の二魔嫌士は敗北した。『嫌国』民はいつくるかわからない『恐国』の襲来を恐れ続けるのだ。そして、その恐れはより『恐国』を強くする。『嫌国』がいる限り、『恐国』の強化は止められないのだ。


 二魔嫌士の治療が終わった後に、『楽国』への援助に来てください?そんなこと、言えるわけがない。『嫌国』はそれどころじゃないのだ。



「とはいえ、感情大陸の崩壊が迫っていることは事実だ」

「え?」

「スペア。僕達的にもね、君達の戦争では『楽国』側が勝ってもらわなければ困るんだよ。『怒国』が勝利し、『楽国』が占拠されたら大変だ。『嫌国』の東側には『恐国』、南側は『悲国』、北側は『怒国』…。八方塞がりだ」

「そう…ですね」

「というわけで、リベレとリパグー、君たちに行ってもらうことにした」



「はぁ!?」




 声を上げたのはリベレだった。彼は勢い立ち上がり、椅子が転がる。



「スペア、それでいいかな?」

「え、はい。彼らの実力は実際に見ていますし、とても心強いです!」

「それは良かった」


 黒い靄による攻撃に加え、『叛逆』の力によって不死に近い力を得ているリベレ。空を自由に舞い、さまざまな効力を持った7色の光線を飛ばすリパグー。彼らが一緒に来てくれるなら、二魔嫌士に匹敵するだろう。

 それに、『嫌国』に来て残った友達でもある。


 リパグーは髪を人差し指でくるくると巻きながら、嬉しそうに私を見る。先に話を聞いていたのだろう。


「スペアちゃん、ヨロシクね!」

「リパグーはいいの?」

「いいのいいの。外国に行けるなんて願ったり叶ったりよ!」


 嫌王も嬉しそうに頷く。



「リパグーは僕の信用できる人間だよ。頼りにするといい」

「ありがとうございます!」

 さて、あと一人、問題児が残った。リベレはとうとう体制を立て直して、嫌王に詰め寄る。


「おい、嫌王様よ。俺に『楽国』に行けっていうのか」

「そうだ。リベレ、大人になる時が来たんよ」

「俺は大人だ。もうな」

「それに、君は『叛逆』者なんだ。『嫌国』の中で止まってもらっちゃ困る。国境とか、人種とかそういうことからも叛逆してみなさい」


 チッ、という舌打ちをした後、リベレは部屋を出て行った。その様子を見て、嫌王は肩をすくめた。なんだか二人は、親子のような関係だった。

 そう考えてみると、嫌王とリベレは容姿がとても似ていた。同じ金髪だし、目元もよく似ている。嫌王のことを敬うそぶりもない。リベレと嫌王は血が繋がっているのかもしれない。彼が裏通りの中でも浮いていて、高貴な存在に見えてしまうのも納得ができる。


「と、いうことだ。スペアちゃん。ここであったのも何かの縁だ。これからも『嫌国』をよろしく頼むよ」

「は、はい。楽王様も喜ぶと思います」

「いや、僕はスペアちゃんに言ってるんだよ」

「わ、私ですか?」


 うんうん、そう頷いて嫌王は立ち上がった。手を軽くふり、彼は振り返ることなく去っていった。



***



 眼帯の調子、悪くない。視界良好。短刀、大剣ともに刃こぼれなし。

 よし。何も問題はない。


 カーティが住んでいた家を無断で借りていたが、ここともお別れだ。最後に大掃除をして、来た時よりも綺麗にした。本来なら彼女に渡すはずだった、情報量や非公式招集の取り分をまとめて彼女のベッドの上に置いた。


「ありがとう」


 彼女を殺したという事実は変わらない。それでも、私は前へ進むのだ。

 死んだ人間の家にお金を残すなんて意味のないことかもしれない。それでも、私なりのケジメだった。



 裏通りは、初めて来た時と変わらず騒々しかった。『恐国』との戦争で大半が死んだが、戦争に参加しなかった人間もそれなりにいる。黄金の目を隠すことなく歩く私に、話しかけてくる人は誰もいない。それでいい。賑やかだけど、そこに私の居場所はない。


 金のモニュメントの前についた。前と違い、なんの貼り紙も貼られていなかった。相変わらず、裏通りの中心である金のモニュメントは露店が広がり、混み合っている。


 急に日光に影がかかり、風が吹く。上を見ると、空から魔女がゆっくりと降りてきた。


「スペアちゃん!」

「リパグー、早いわね」


 待ち合わせ場所に一番最初についたのはリパグーだったようだ。彼女は大きなリュックを箒に吊るし、ふわふわと宙を舞っている。


「私、『嫌国』の外に行くの初めてだもの。それに、楽園とも言われる『楽国』でしょ?楽しみに決まっているわ」

「えへへ」

「なんであんたが照れてるのよ」


 『楽国』が褒められて嬉しくないわけがない。私の住んでいる国なのだ。あそこには幸せが詰まっている。

 久しぶりに子供達にも会える。プレスレスさんも、私のことを待っている。



「待たせたな」


「あら、あんた来たの」

「黙れババァ」

「あ!?」



 ゆっくりと現れた金髪の美青年、リベレだった。彼は恐ろしく少ない持ち物で、ほとんど手ぶらだった。相変わらず身なりの整った服装で、気品を感じる。


「リベレ!」

「ふん。行くぞ」


 こうして、私は仲間を連れて『楽国』に帰ることになった。『怒国』との戦争を終わらせるために。


 

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