23.嫌王
音と共に、牢が開く。廊下に出て気がついたが、ここは地下牢獄だった。私以外の牢屋に人はおらず、血でひどく汚れていた。私の牢屋は白いベットに白い毛布と清潔感で溢れていたのに。
リベレは一層不機嫌な様子で、ずんずんと前を走る。度々走らなければ彼に追いつかない。地上の階段を登ると、太陽が私たちを照らす。やけに眩しかった。
地下牢獄から上がり、住宅街を進む。住民はリベレを見て顔を顰め、私を見て顔を歪めた。『楽国』民ってだけで追いかけ回される国だ。敗戦した今、外国人は最も排除したいだろう。石を投げられないだけマシだ。
嫌王がお呼びだ、という言葉が脳内をぐるぐると回る。嫌王。感情大陸五国の王の一人。大罪人として処刑されるに違いない。
というか、王様と会うなんて。私は礼儀作法なんて知らない。どうすればいい?跪けばいいのか?
「リベレ?」
「あ?」
「いや、なんでもない…」
彼は前だけを見て、威嚇するように返事をする。ご機嫌は斜めだ。彼に礼儀作法を聞くことは叶わないだろう。
足音と風の音のみの空間は、いつまでも続くような気がした。道のりが長く感じる。
***
住宅街から裏通りに入る。暗い通りを抜け、袋小路に辿り着く。リベレは止まることなく壁に進み、そのまますり抜けていった。
「…」
カーティと出会ったBarの入口と同じ、魔法の壁だ。彼女の顔を思い出してしまった。
私も迷わず壁に進む。
いきなり光度が変わり、目がチカチカする。リベレは歩みを止めていた。彼はすぐさま近くの椅子に大きな音と共に座り、足を組む。
木製の小綺麗な部屋だった。手入れはされているが、生活感はない、違和感が残る。人が20人入っても充分な空間がある広い部屋だ。
先客は2人いた。
1人目は顔見知りだ。茶髪ボブのまん丸な目をした魔女、リパグー。彼女は椅子に座ったままこちらをチラリと見て、手を振りながら嬉しそうにウィンクをした。
2人目は、部屋の最奥の机の上に座っていた。
太陽のように輝く金色の髪に紫紺の瞳。180cm程の身長にすらりとした姿勢。机に座るラフさとは反対に、威風堂々とした奇妙な男だった。
聞かなくてもわかる。彼が『嫌国』の王だ。
王らしい王だな、というのが私の浅い感想だった。王としての風格だろうか。前に立つだけで萎縮してしまうような、そんな存在だった。優しげな表情は余裕で溢れていて、底が見えない。
ごくりと唾を飲む音が鳴ってしまう。背中に汗が滴る。リベレ、リパグー、嫌王、私。この4人だけがこの部屋にいない。嫌王の護衛すらいない。裏通りの生き残り代表といったところか。
何が始まるのだ。私の断罪式が始まる気配もない。リパグーは私を見て笑いながらソワソワしているし、嫌王は紫紺の瞳でじっとりと私を見ている。嫌悪の感情は見当たらない。
「おい、早く始めろよ」
リベレが苛立ちを隠さず、声を荒げる。不機嫌さは一層高まり、目つきも鋭い。彼の言葉に嫌王は、やれやれとため息をつく。
「リベレ。元気そうで安心したよ」
「…」
無視。嫌王は再度ため息をつき、私に顔を向ける。紫紺の瞳が私を見つめる。
「初めまして、僕は『嫌国』の王。気軽に嫌王と呼びたまえ。君の名前を教えてくれるかな?『楽国』の少女」
「スペアと申します」
「スペア、スペアか。覚えたよ。『嫌国』に客が来るなんて戦時中は無かったから嬉しいよ。『楽国』は相変わらずかい?」
「え、はい」
「楽王とは昔よく会っていたものだよ。自由奔放な性格には振り回されてばかりだったけどね。彼女も最近元気にしているかな?」
「えと。楽王様なんて、私が会えるような存在ではなかったので。楽王祭という、楽王様が開くお祭りでは、毎年挨拶をしているようですけど」
「楽王祭…。なんだか楽しそうな祭りだなぁ。彼女らしいね」
「は、はい。楽しませて頂いております」
「それは良いことだね」
自分でも何を言っているのかわからない返答だった。それでも、仕方がないでしょう。王と、会話をしているのだ。しかも楽王様の話題で。
『楽国』の中では、『嫌国』の悪い噂は聞かなかった。だから、なんの準備もせずに『嫌国』に来たわけだし。警備隊に追われる形で考えは裏切られたわけだったが。楽王と嫌王は少なくとも良好な関係を築いているようだ。
嫌王はにこにこと笑顔を浮かべながら、会話を続ける。
ーー話していないの?
リベレをチラリと見る。金髪の青年は天井を見つめながら我関せずといったところだ。嫌王もリパグーも、私に対して好意的な感情しか向けてこない。
私は裏通りの人間を50人殺したんだ。ヘイトもカーティも、あなたの国民を私が殺した。その件を捌きに来たんじゃないのか?
リベレは話していない。私が『呪い持ち』を起動させ、他人を殺すことで自己強化を行なった場面を見ていたにも関わらず。
彼は何を考えている?
そんな私の思考の脱線がバレたのか、はたまたアイスブレイクの時間は終了したのか。嫌王は「ところで」と話を切り出した。
「ところで、スペアはどうして『嫌国』に来たのかな?」
これが本題だ。私にとっても願ってもいない質問だが、嫌王にとってもこの話を聞くために私に直接会いに来たのだ。紫紺の瞳が、真実を暴こうと見つめている。
リベレが言っていないなら好都合だ。私は本来の目的を伝える機会を得た。
そして、私の伝え方次第で『楽国』の命運が決まる。二魔嫌士をスカウトに来たわけだが、嫌王に直接頼めるならこの上ないことだ。紆余曲折あったが、ここまで辿り着くことができた。
ええと、プレスレスさんに教えてもらったことを思い出せ。何を言えばいいか、暗記して『嫌国』に来たのに。ほとんど忘れてしまった。それでも、戦争を身をもって体感した今、自分の意見を持つことができた。それを元に、かつ『楽国』に利益をもたらすのだ。
「私たちの国は、東にある『怒国』と戦争をしています。『怒国』と隣接しているということもあり、小競り合い自体は昔からありました。しかし、1年前に怒王が『楽国』に宣戦布告をしたことから始まります」




