22.後日談2
「『嫌国』の敗北で戦争は終わった」
リベレは、いつもに増して不機嫌な彼は、腕を組みながら私に話してくれる。
『嫌国』と『恐国』の戦争。一年続いた感情大陸『エモ』の命運を分けるこの戦争は、『震駭』テラーとの戦いを最後に終了した。
一年間かけて『恐国』の領地まで攻め込むことに成功した『嫌国』は、尻尾を巻いて逃げ帰ることになった。
『嫌国』と『恐国』、どちらが得をしたのだろうか。
そもそも、なぜ戦争をしているのか知らない私にはわからないことだった。
二魔嫌士と『震駭』の戦いは、激しいものだったらしい。
私とリベレの二人は、歯がたたなかった。不死の回復力を持つリベレでも、蟻を潰すように惨殺された。
しかし、二魔嫌士は違った。『嫌国』最強の魔法使いは格が違う。一太刀振るえば大気が震えるテラーの斬撃を、二魔嫌士は防御魔法と攻撃魔法を織り交ぜながら対応させた。彼らは一人でも一騎当千だが、二人でのコンビネーションの練度が現れた。
あのテラーが、何度も吹き飛ばされた。
それでも、『震駭』のテラーは強かった。彼が負ける光景が想像できないほどの実力差が、両者にはあった。この大陸の中で、彼に勝てる人間がいるのか疑わしいくらいだ。
これが、『恐国』。『嫌国』民は、恐ろしい敵に挑んでしまったことを再認識した。
とはいえ、テラーが現れるまでは順調な進軍だったことは確かだ。西門を攻めた本軍は、幾度となく現れる隊長を蹴散らし、都心部を占拠するまで行えた。テラーがいなければ、『恐国』の全域を支配することすらできただろう。
戦いは、『憎悪』のアベレーンの右腕が吹き飛んだところで終わった。
「恐王から、貴様ら『嫌国』民に御言葉がある。我らは『恐国』。恐れるものは去れ。心弱気ものは、二度と足を踏み入れるなと。ここで、貴様らを皆殺しすることは容易いが、我らが王は慈悲を与えるとのことだ」
テラーは淡々と述べた。このまま戦えば、二魔嫌士は殺され、『嫌国』は崩壊するだろう。そうなる前に、全軍撤退させた『嫌国』は賢かったのだろう。
『嫌国』の本軍でどのような話し合いがあったかはわからないが、逃げて帰ってきたことには変わりはない。テラーは去るものは追わなかった。
『恐国』は不可侵になったということだ。『嫌国』にテラーを倒せる人間はいない。まして、いつテラーが『嫌国』に攻めてくるかわからない。実力差が暴かれた今、『嫌国』はテラーの襲撃を常に恐れながら過ごさなければならない。
それが、恐王の狙いだったのだろう。『嫌国』がいる限り、『恐国』は恐れられ続ける。恐怖されればされるほど力を増す『恐国』民にとってはこの上ないものだろう。下手に『嫌国』を滅ぼすよりも、生かしたまま放置する方が都合がいいのだ。
リベレは私に一通りの説明をすると、再びため息をついた。
「『嫌国』は大混乱に包まれている。弱った『嫌国』を狙って、北から『楽国』が攻めてくるかもしれないしな」
「『楽国』はそんなことしない!」
思わず立ち上がり、大声を上げてしまう。リベレと私の間には鉄柵があり、彼の元に行くことはできない。
彼は眉を少しあげ、私を睨む。テラーが来る前に仲良くなったかと思ったが、私だけだったようだ。彼の紫色の目からは敵意が伝わってくる。
「そんな『楽国』民を、『嫌国』は警戒してやまない。お前は暫く出ることはできないだろうな」
「私は『楽国』に戻らなきゃ行けない」
「お前の都合は聞いていない」
それに、と彼は続ける。
「お前、カーティを殺しただろ」
ドクン、と心臓がなる。右目に血液が集中し、眼帯の裏が熱く燃える。
見られていた。リベレの首と胴体が離れた後、私はカーティを始めとした『嫌国』民を殺した。何人も。彼は死んだと思っていたが、生きていた。私の殺人を彼はしっかりと見ていたのだ。
汗が滴る。せっかく、悪夢から目覚めた時の汗が引いてきたのに。
どうする。戦う?不死の叛逆者に勝てるのか?
それよりも、ここは『嫌国』だ。逃げ切れるわけがない。国民全員が私を狙ってくる?
「あ、ああ」
心臓の鼓動が高鳴る。鉄柵から後退する。
リベレの目を見ることができない。彼のことを私は気に入ってしまっていた。そんな彼が、どんな表情をしているか見たくない。
そんな私の動揺を見てからか、リベレはいつになく淡々と言葉を告げた。
「スペア。お前の力についてはあえて聞くことはしない。だが、何をしたか、忘れるな」
「許すの?」
「許す?はっ、別に俺はお前を裁く立場にいないからな。共に『震駭』に戦うものとして、頼りにしていたのも事実だ。結局は無意味だったがな」
それに、と続ける。
「お前がいなかったら、裏通りの連中は全滅していた。その事実は変わらない」
裏通りの連中は、30人ほど生還したらしい。私が50人ほど殺し、テラーが残り全員を殺した。50人を殺すことで30人を救った。
裁く立場にない。『嫌国』民であるリベレが裁く立場にいないのならば、誰が私を裁いてくれるのだろう。
『呪い持ち』の力がある以上、私の短刀は味方に向かう。それは大罪なはずだ。いつになったら、私に罰が訪れるのだろう。
リベレは神妙な表情だった。私について、思うことがあるのだろう。無言が続く。
その静寂を破るように、男が駆け寄ってくる。声質的に、先程私に「騒ぐな」と言った男だろう。恐らく、この牢獄の監視員といったところだ。
彼は焦ったようにリベレに耳打ちし、要件を伝える。その話を聞いたリベレは軽く舌打ちをし、私の方を見る。
「スペア、嫌王がお呼びだ」




