19.『震駭』叛逆
一歩踏み込むだけで、突風が巻き起こる。大剣を構えるだけで、冷気が当たりを包む。
そして、投擲。大剣は無回転で『恐国』最強の男に向かう。大気を切り裂き、テラーの頭部を破壊するか軌道だ。
まあ、あれで死ぬとは思ってない。避けられて終わりだ。二手三手先を読んで動かなければならない。
視界は広く、世界が明るく見える。
周りにあるのは、死体。死体。死体。岩、崩れ落ちた木片。木壁の破片を投げて目眩しにするか。間合いを詰め、上がった力を存分にぶつけるしか無い。
テラーが小枝を軽く振るうだけで、大剣の軌道は逸れた。すぐに指輪を触り、大剣を手元に呼び戻す。彼は驚いた表情も見せずに、私の方に歩いてくる。
「感情の崩壊か。『楽国』民だと言い張りながら、右目の力に頼るのは矛盾していると思わないか?」
「うるさい!」
両手で足元に落ちている木片を投げ飛ばす。その影になるように大剣の投擲も行う。
「くだらん」
一振り。その衝撃波は今までで一番だった。避けれる距離じゃない。木片ごと私は吹き飛ばされる。崩壊した壁の先まで、何回転もしながら。
「ぐえ」
立ち上がろうとするが、うまくいかない。どうやら右足が折れたようだ。本来では曲がってはいけない方向に向いている。
指輪を触り、大剣を出現させる。体の内側から湧き出る力を全て使い、大剣を支え棒にしながら立ち上がる。
まだだ。まだ終わっていない。
ここにいる、生き残っている全ての『嫌国』民の力を奪うのだ。全員短剣で殺し、人生を頂くのだ。
手当たり次第に、近くの人間に短剣を突き刺す。気を失っているからか、死体と見分けがつかない。下半身がない人間にも、短剣を突き刺す。残っている生命力を全て私によこせ。
『呪い持ち』。呪いの右目。起動。
もっとよこせ。テラーに殺されるくらいなら私に殺されろ。
起動。起動。起動。
幸いなことに、知っている人もいた。ジェラ。私を仮拠点まで案内してくれた『嫌国』民。この女のとは嫌いだったが、今となっては感謝している。名前をかわしただけでも、親密度は上がっていたからだ。他の有象無象の人間を殺すよりも、力の還元率が高い。
右目は熱く、力の開放が止まらない。
起動。
初めて知ったことだが、『呪い持ち』の力には治癒能力もあるようだ。足は動き、痛みもなく歩けるようになってきた。擦り傷もない。未だかつてないほど快調だ。
右目が沸騰し、眼球が蒸発するほど熱い。熱さに比例するほど体が軽い。テラーの斬撃すらゆっくり見みえる。
「ははは」
いよいよ、化け物みたいになってきたな、私も。
だけど、まだ足りない。テラーには辿り着かない。
起動。起動。
あと一歩。
「ーーーーーー」
「え?」
視界の端に、黒い何かが見える。もぞもぞと動く…。
あれは…
再び、私は木片を手に取る。これはさっきとは違う。木壁そのものだ。大樹によって囲まれた『恐国』の守りの壁。一軒家の長さほどの壁だ。
それをちゃぶ台返しのように投げる。
「そら!!」
天変地異が起きたかのように、周囲が暗くなる。壁が空からテラーを目掛けて降ってくる。その影に先ほど落ちていた黒い物体と大剣を隠しながら投げる。私も走る。
テラーは、驚く様子もなく小枝を構える。ザッという音とともに、木壁は両断され、その奥の大剣もテラーの手によって弾け飛ばされる。木壁は更に細かく切断され、地に降り落ちる。
「学ばないやつだ」
「それはどうかな!」
木片の陰から、私は身を乗り出す。
『嫌国』民を何人も殺し、力を更に得た。先ほどまでの私の速さと同じだと思われても困る。テラーとの間合いは一瞬で詰められた。
木壁と大剣は囮だ。
低い体制のまま、テラーの脇腹に目掛けて短刀『リーフ』を突き刺す。
「死ね!」
「遅いぞ。『楽国』の少女よ」
テラーは小枝でも魔法でもなく、素早い速度で蹴りを放った。至近距離からの攻撃を避ける間もなく、腹に直撃する。
あまりの衝撃に視界が一瞬真っ白になる。チカチカと頭が痛い。完全に鳩尾に爪先が入った。呼吸が止まる。
だが、
「私も囮よ」
振り上げた足が地面に戻る刹那。テラーの頬に、拳が伸びていた。
まさか、テラーも細かく切断した木片から、拳が飛んでくるとは思っていなかっただろう。死角からの一撃。
人が隠れる隙間はなかったはずだ。それこそ、スペアのようにタイミングをずらしてくる以外で。
拳は黒い靄をまとい、テラーの頬を完全に捉えた。衝撃に加えて、黒い靄による皮膚の逆行。チリチリと皮は無に帰り、肉に直接打撃が入る。
激しい血飛沫とともに、『震駭』のテラーは大きく住宅街へ吹き飛んだ。
「俺も混ぜろよ!」
「貴様、何者だ」
激しい斬撃とともに、住宅は完全に崩壊する。テラーは表情を変えずに、障害物を切断しながら立ち上がる。
その男は、血だらけだった。全身から血が噴き出し、黒い靄によって治癒を行なっている。怪我をした状態からの逆行というところか。
鳩尾に入ってしばらく立ち上がれない私を庇うように、彼は目の前に立ち尽くした。
彼は血だらけの体を震わせながら、こう言った。
「俺は『叛逆』のリベレ。死の叛逆者だ」




