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18.『震駭』起動

 『震駭』テラーが小枝を振るう。枝で戦うとか、完全に舐められている。実際、相手にすらなっていないのだが。

 彼と私では土俵が違う。彼にとってこれは戦いですらない。私の道を悲劇と決めつけ、一方的に殺そうとしているだけだ。

 

 ふざけるな。私は私だ。自分の道は自分で決める。


 小枝による斬撃が空気を裂き、衝撃が全身を襲う。そのまま、宙に吹き飛ばされる。あらかじめ大剣を出現させていたので、体が切られることはなかった。

 

「ぐぅ」


 体制を立て直し、次の一撃に備える。周りを見ると、そこは地獄絵図だった。

 軌道に入ってしまった裏通りの連中は、体が一刀両断されていた。気を失っていたので、夢を見たまま死を迎えたのだろう。その方がよかったかもしれない。

 下手に急所に当たらなかった人々は、痛みで目が覚め、自らの体の変化に気がつき絶望する。体の部位が欠損している事実を受け入れられず、そのまま倒れる人間もいる。


 アンクシャやフィアのように小細工をする必要はない。ただ、虐殺するだけで恐怖は得られる。


 二振り。たったの二振りで、半数以上の裏通りの連中が死んだ。抵抗することもなく、人生を終えた。私が生き残っているのは奇跡だ。




 テラーは再び小枝を構え、振り下ろす。飛ぶ斬撃は大地をえぐり、人体を切断し、大気を震わせた。私は大剣で上手く勢いを消すことができず、そのまま吹き飛ばされる。


 死体の山に落ちる。『恐国』を打倒するべく立ち上がった兵士たちは死んだ。紫色の目はすでに失われ、どす黒い闇がそこにはあった。そこに魂はなく、ただの死体しかない。


 四振り目。衝撃が遠くで聞こえる。最初にいたところよりもかなり遠くに吹き飛ばされたようだ。私との間にあった死体を切り刻み、ゆっくりとこちらに向かってくる。



 ああ、まずい。手も足も出ない。



 こんなよくわからない男に殺されるのか、私は。『恐国』で、『嫌国』民の死体に囲まれながら。


 いやだ。こんなところで死にたくない。死期は『楽国』で孤児院のみんなに囲まれていたいと決めていたんだ。


 でも、勝てない。小枝で遊ぶ男に近づくことすらできない。



 そんな私に、神はチャンスを与えた。新たな道を選択する権利を与えた。



「スペア?」


 

ーーああ、その声は聞きたくなかった



 どうしてさっきまで寝ていたのに、このタイミングで彼女は目が覚めたのだろう。神様が意地悪をしているようにしか思えない。

 斬撃の衝撃に吹き飛ばされる私を支えるように、彼女は後ろに立っていた。体を強化させる魔法によって、壁のように力強く、私を支えていた。

 屈強な体にタンクトップ、恐怖に屈していない紫色の目をもった女。


「カーティ…」

「なんだかやべぇ状況だな」

「…」


 彼女は即座に私にも身体強化魔法をかける。体が少し軽くなった。だからと言って、『震駭』テラーに立ち向かえるほどの強化ではないが。



 視界がぐるぐると回る。選択肢が生まれてしまう、という話は撤回しよう。道はひとつしかない。ひとつしかないということを受け入れたくないだけで、気がついている。



 束の間。カーティの言葉を思い出す。


ーー命あっての人生、という事は忘れるなよ?



 彼女は、私が単独行動したことを心配してそう言った。隊長を殺して報酬が増えるということよりも、その感情が優っていた。そういう女なのだ、彼女は。


 どこで道を間違えたのか、じゃない。これからは間違えても良いからその道を突き進むのだ。

 自分の人生は、自分で決めるのだ。私は私のために、人を殺す。



 テラーが再び小枝構える。彼の斬撃は周囲を切り裂き、破壊する。未だ致命傷を受けていないのは偶然に過ぎない。次も生きている保証はない。



 カーティを見る。現状を理解しているのかしていないのか、彼女の表情からは恐怖を感じられなかった。さすがは歴戦の猛者といったところか。裏通りの非公式招集に毎度参加し、生きて帰ってくる実力者。


 仲間思いで、みんなから慕われている。リベレやリパグーのような強者からも認められ、実力もある。私なんかより、必要とされている人間。

 


 私は彼女の目を見た。テラーに背中を向けることになったが、今は関係ない。

 彼女は不思議そうに私を見つめる。

 私は、人の目を見るのが少し苦手だ。そういえば、カーティの目をちゃんと見たのも、初めてだったかもしれない。綺麗な紫色の目をしていた。




 短刀『リーフ』を鞘から抜いた。




 力強い、生命を感じる目だった。それが、力なく、薄く、黒い死者の目になるまで、私は目を逸らさなかった。

 短刀『リーフ』は、ゆっくりと彼女の胸部に吸い込まれていく。タンクトップに血が広がっていき、血を吐く。

 「ス、ペア…」という声を最後に、彼女の人生は幕を閉じた。彼女の左胸には短剣が奥深く刺さり、口元からは血が溢れ出ていた。

 膝から崩れ落ち、地に伏せた。裏通りの実力者、カーティは死んだ。



 私が殺した。




 テラーが小枝を振るうのと、私の右目が熱くなったのは同時だった。体の内側から力が湧き上がり、全身を熱する。


 『呪い持ち』。親しい人間を殺したことによって起こる感情の変化が力になる能力。

 親しい人間を殺せば、得られる力の還元率は高くなる。最悪なことに、私はカーティのことを気に入ってしまっていた。彼女も私のことを気に入ってくれた。私たちは友達になれるはずだった。なれるはずだったんだ。


 彼女の人生は今終わった。ここから先は、私のものだ。


 『呪い持ち』、起動。


 目の前に迫る斬撃が止まって見えた。


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