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16.『震駭』

 リパグーはまだ帰ってこない。あの魔女はどのあたりまで進めたのだろうか。敵に襲われてないだろうか。正規軍とがどこまで近づいているかが気になる。


 

 ちらりと隣に座っているリベレを見る。彼は胡座をかいて、じっと休んでいた。私と戦う気が削がれたからか、上の空で天を見つめるのみだ。

 二人の間には静寂が包まれる。さっきまで殺意を向け合って殺し合いをしていた分、気まずい。彼は静寂を気にしていないようだったが。

 


 今できることは、リベレのように体力を回復することだ。フィアとの戦闘では、体力の消耗というよりも精神的に疲れた。

 この戦争で活躍するという目的も達成できたに違いない。。恐れを司る国で『恐怖』の異名を持つ彼女を殺せたのだ。あんな強敵が何人もいたら困る。


 『恐怖』のフィア。アンクシャの上司と思われる人物で、『恐国』で上層の役職についていたことが分かる。そして、自らを『恐怖』そのものと名乗り、『恐怖』の象徴とされた女。

 その彼女を打ち破ったのだ。大活躍だ。あとは無事に帰るだけ。


 リベレにも私の活躍を報告してもらわなければ。彼が伝えてくれればみんな信じるだろう。


 そのために彼とは仲良くなった方が良い。


 何か話さないと。何を話そう。

 静寂に我慢できなくなった私は、思わず口にしてしまう。


「あなたは何で、『叛逆』という異名を授けられたの?」

「ああ?いろいろあんだよ」

「あんま聞いちゃいけなかった?」


 彼は不快そうにこちらを睨む。



「裏通りでは、過去の詮索がタブーだってカーティに教えてもらわなかったのか」

「言われた気がする…」

「はぁ。まあいい。隠すことでもないしな。リパグーもそうだが…、俺たちも昔、国が率いる正規軍に所属してたんだよ。そこで自分を貫き続けたら、叛逆者だ何だとか言われ始めて、気が付くと『叛逆』のリべレと呼ばれていた」

「つまり、ぐれてたってこと?」


 彼のサラサラの金髪が風に靡く。


「まあ、そういうこった」


 にやりと笑う彼の表情は、美形ということもあって、月のように妖艶だった。

 ぐれただけで異名をもらい、ここまでの実力を得たわけがない。彼にも彼の人生があるのだ。


 休息中の雑談に彼も乗ってきたのか、今度はリベレ側から口を開く。


「そういうお前は、なんで『恐国』に来たんだ?」

「私は…。まあ、『楽国』と『怒国』の戦争を止めるために、二魔嫌士に会いに来たのよ」

「二魔嫌士にあってどうするんだ?」



「それは…。そうね。援軍に来てもらえればいいのだけれど。『嫌国』も戦争中だったし。それどころじゃないのね」

「はっ。感情大陸はどこも戦争中だな。くだらん」

「本当にそうなのよ」


 ーー意外と話せるな、こいつ



 高飛車な王子様かと思っていたが、話してみれば楽しかったりした。先ほどまでの人種差別も、演じていたのかもしれない。差別者と呼ばれるほど人種差別をしなければならない環境にいたのかも。

 流石にそこまで踏み込んだ質問はできなかったけども。彼も、私の眼帯をしている右目については触れないし、そういう気遣いは気に入った。

 『嫌国』民と『楽国』民はそこまで関係が悪くない、とプレスレスさんも言っていたし、リベレとは友達になれそうだった。




「それで、リパグーが軍隊長をぶん殴ったんだよ」

「あははは、やるねぇ」

「軍で一の問題児だ。あいつの異名が何かわかるか?『嫌気』のリパグーだ。陰気なあいつにはピッタリだ」

「『叛逆』のリベレの方が、問題児っぽい異名だけど」

「ふふ、それもそうだな。当時は俺もやんちゃだったんだ…」

「カーティは?何かないの?」

「そうだなぁ。あいつは…」



 二人だけの時間は続き、会話は弾む。時間を潰すことが目的の、他愛のない会話。それは心地の良いものだった。

 それが束の間の休息だとわかってはいても、終わるのが惜しいと思ってしまうほどだった。



 終わりはゆっくりと訪れた。太陽が沈んでいくように、それは近づいてきた。



 私とリベレは、話し合いの最中に同時に黙る。彼の表情を見ると、私と同じことを思っているようだ。親密になったからか、彼の考えていることが多少はわかるようになった。



 空気が震える。木々が揺れ、葉が宙を舞う。気温が一気に下がったかと思った。

 カチカチカチ、と不快な音が脳内に響く。次に、私の右手が細かく揺れ始めた。左手で震えを止めるが、左手も震え始める。リベレも同じように手の震えを止めていた。



 私とリべレが動き始めたのは同時だった。立ち上がり、彼は屈伸をする。震えた足をぱんぱんと叩き、関節を伸ばす。



「スペア、お前まだ戦えるか?」

「それなりに。リベレは?」



 彼は右手に漆黒の液体を浮かばせ、そこから黒い靄を生み出す。私達の周りに広がり、包み込む。



「俺は本調子だぜ」



 私も右手の薬指にある指輪に触れ、大剣を出現させる。戦える。

 戦闘体制は充分だ。




 敵襲。





 敵の姿は不明。数は不明。場所も不明。わからないことだらけだが、敵が近づいてくることはわかる。


 大気が悲鳴をあげている。その敵が一歩こちらに近づくたび、空気の振動が伝わってくる。まるで地震が起きているかと錯覚するほどだ。

 カチカチカチという不快な音は、私たちの歯が震えている音だった。ギリッと歯を食いしばると、音は止まった。

 地を照らす太陽は雲に隠れ、一層気温が低くなった気がした。


 私とリベレの体の震えも強くなった。武者震いではない、体が恐怖している。『恐国』民の攻撃?



「なんなんだ?魔法じゃないぞ…」

「ええ?」


 魔法じゃない。それなら、なんなのだ。ありとあらゆる生命が震えているんだぞ。フィアの死体の周りに広がる血溜まりも、波紋を産んでいる。

 原因不明。魔法ではない未知の攻撃。


 フィアと同じ、精神攻撃をしてくる敵が近くにいるのか?ジリジリと攻撃し、私たちの集中力を削ぐことが目的か?

 周辺に異変はない。壁側にいる裏通りの連中は全員寝ているし、街の方から敵が来る様子もない。


それでも、何物かがこちらに向かっている。証拠はない。本能でわかる。



 圧倒的強者。近づくだけで私たちが気づくほどの気配を垂れ流している。私の16年間の人生が逃げろと警鐘を鳴らしている。


 アンクシャもフィアも、まして『怒国』四怒将の一人、『憤怒』のフューリと相対した時ですらここまでの事はなかった。世界が恐怖しているのが伝わる。


 それでも私たちは恐怖することはなかった。『恐怖』のフィアを討ち取ったのは、それだけ自信がつくものだった。


 今すぐ、その場から逃げろ。


 脳がそう叫んでいる。その場にいるべきではない。


 実力差とか、そういう次元じゃない。勝利のビジョンが全く浮かばない。

 

 何かが来る。体の震えは魔法による攻撃ではない。純粋に、怖がって体が揺れているのだ。


 ああ

 


 目の前の男に。

 私は恐怖を感じていない。はずだ。だが、肉体が恐怖している。



 圧倒的強者の到来に、体が震えて止まらない。




 一切の装飾がない、不気味なほど黒で統一した服を着た男だった。肩に当たるほど長い髪に、鋭い目つき。闇の中にぽつんと深緑の目が二つ光り輝いていた。身長は180cm程で、不吉な印象の男だった。

 深緑の目は、私を見つめていた。じっとりと。吸い込まれるようなその目からそらすことができない。

 殺意も敵意も感じない。ただ、私たちを観察している。

 彼はいつの間にか一本の枝を手にしていた。それを、振りかぶる。


 

 ゴォォォという音と共に、風が巻き起こる。一太刀。彼は枝をふるっただけだが、風を巻き起こす凄まじい威力があった。私たちを包んでいた黒い靄は一瞬で霧散した。


 啞然としていた心が動く。強者を見て見惚れてしまっていた。覇気の強さに、震えていたが、横を通り過ぎた風のおかげで目が覚めた。 


「リべレ、行くよ!」


 大剣を手に取る。リべレが敵の動きを鈍らせ、私が切り刻む。今できる最良の戦法はこれだ。


「リべレ?」


 まだ震えが止まらないのだろうか。隣にいる彼の方向へ視線を移す。



 赤。



 隣にある金色の彼の姿はなく、そこに広がっていたのは赤い景色のみだった。


「は?」



 赤。赤。赤。そこには赤しかない。彼の綺麗な金髪も、鋭い目つきの先にある紫色の目もそこにはない。

 一拍おいて、生暖かい液体が頭上から落ちてくる。どちゃどちゃと、桶をひっくり返したかのように。リべレも液体に合わせてぶるぶると踊り始める。最後には糸の切れた人形のように、地面に倒れた。続いて、彼の周囲に舞っていた漆黒の液体も重力に従い地面に落ちる。


 一太刀。いや、目の前の男にとっては枝を上から下にゆっくりと振り下ろしただけだ。


 それだけで、裏通り最強の男『叛逆』のリべレの頭部は跡形もなく弾け飛んだ。




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