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15.束の間の休息

「さて」



 右手に浮かべる漆黒の球体のもとに、フィアを包んでいた黒い靄が集まっていく。リベレは紫色の目を死体から、私へと向けられた。球体はどろりと姿を変え、リベレの周辺に細かく分かれて浮かぶ。

 その目は、強敵を共に倒した仲間に向けるものではない。フィアが私に向けていたような、敵に対する純粋な殺意だ。


「何よ」


「スペア…、その左目。どういうことか説明しろ」


 私はカーティからもらった魔法の眼鏡を思い出す。眼鏡は返り血でレンズが赤に染まったから捨てたんだった。フィアの光線で消し飛んだのか、眼鏡はどこにも落ちていなかった。


 つまり、私の左目は『嫌国』の紫色の目に擬態していない。黄金の輝きを、ありのままにリベレに見せつけているのだ。



ーーリベレは、差別主義者だ。『嫌国』民以外の人間は全員敵だと思っている。



 カーティがそう言っていたのを思い出す。そうだ。裏通りの中には人種差別する思想を持った人間が比較的少ないというだけで、差別があるわけではないのだ。まして、『叛逆』のリベレ。思想の強い二つ名を持つ彼には、より気をつけろとカーティが言っていたではないか。


 気を失った裏通りの連中は、そのまま睡魔に襲われたようだ。彼らが起きる気配はない。カーティも後方ですやすやと寝ていた。


「お前、『楽国』民だったんだな!」

「ちょ、ちょちょ」


 漆黒の球体から、靄が無数に滲み出てくる。リベレの姿がぼやけて見える。先ほどまでの出量とは比較にならない。

 黒の靄の正体は、なんとなくわかってきている。木壁を逆再生のように消滅させたり、肉体を溶かすような攻撃をしたり。

 フィアが『恐怖』そのものだった。恐らく、あの靄は『叛逆』そのものなのだ。あれにあたった物体は、そむき逆らう。生命への叛逆といったところか。木にあたれば、それは種子に戻る。皮膚にあたれば、分解される。


 『叛逆』のリベレ。彼は本気だった。



「ちょっと、まった!光の反射よ!光のあたり具合で、金色に見えちゃうのよ!」

「嘘つけ!」


 突如、強風が吹いたかのように黒い靄が流れてくる。


「うわぁ!」


 銀の指輪を触り、大剣を出す。大きく振りかぶることで、突風を巻き起こし靄から避ける。

 黒の靄は、当たる面積を増やすためのものだ。恐らく、魔法の本体は彼の周りに浮いている漆黒の玉状の液体。

 あれに当たるのはまずい。私は純粋な身体能力と筋力で戦っているのだ。魔法に対抗する手段はない。



「この!」


 やるしかない。

 二魔嫌士に協力を仰ぐのも、裏通りの中で一番強いリベレを倒せば話は早い。実力で黙らせるのだ。


 大剣をおおきく振りかぶって投げる。リベレは微動だにせず、彼の周りに浮いている液体が形を変える。リベレの正面に割って入った液体にあたった大剣は、薄い光と共に消滅した。


「な!」


 指輪への強制帰還。大剣は私の右薬指につけられている指輪に戻る。


 霧散した黒い靄は、再びリベレの周りに集まる。

 金髪の美青年はニヤリと笑う。美形なだけに腹が立つ。


 彼に攻撃を当てることは難しい。魔法などでの遠距離攻撃、フィアのような精神攻撃ならなんとかなるかもしれないが、私は物理攻撃しかできない。

 無敵の守りだ。黒い靄は生き物のように、私の元へ再びやってくる。



「ちょっと!!」


 突如、ゴォォォという音と共に黒い靄ごとリベレを七色の光線が通過する。

 漆黒の液体に当たった光線は一瞬勢いを失うが、それを上回る量の交戦が続いていく。光のさったとには、薄汚れたリベレが口をポカンと開けたまま立ち尽くしていた。



「あんた達何してるの?」


 茶髪の魔女、リパグーだ。



***



「スペアちゃん、『恐国』の精神魔法を振り切るなんて、なかなかやるわねぇ」

「えへへ」

「眼鏡外したら可愛いじゃない。ちっちゃいのにあんな大きな剣を振り回してるしー。ギャップがいい!」

「えへえへ」



 子供扱いするんじゃない!と振り払う感情は、彼女の抱擁と優しい頭の撫で方によって消えていった。

 撫で撫で。

 孤児院にいたときは子供の頭をよく撫でていた。彼らは気持ちよさそうに私に身を委ねていたものだった。まさか、こんなにも心地よいものだとは思っても見なかった。

 撫でられる側というのも悪くない。


 ふよふよと箒に乗って浮かぶ彼女に抱き抱えられ、休息をしていた。空を飛ぶという非日常を楽しむことを忘れない。魔法ってすごい。


 眠りから起きたのはリパグーだけで、それ以外の裏通りの連中はいまだに夢の中だった。


「おい、馬鹿リパグー。そいつは『楽国』民だぞ。目腐ってんのか」

「あれぇ?あんたって、血筋とか人種とかに嫌気をさしたから軍から逃げたんじゃなかったけ?」

「う」


 リベレは光線に飲まれたにもかかわらず、彼はぴんぴんとしていた。攻撃力のない光線だったのだろう。フィアに操られていた『嫌国』民を救った時のように、彼女の光線の力は多岐にわたるのだ。

 金髪についた砂埃をパッパッと払う。


「スペアちゃんは悪い子なのかな?」

「違う」

「ほら、リベレ。こんな可愛い子が敵なわけないじゃない。目腐ってんの?」

「『恐国』民の四肢を笑いながら切り刻んでたやつが可愛いわけないだろ」


 よしよし、と再び彼女は撫でてくる。ああ、疲れたし眠くなってきたぞ。



 私とリパグーがいちゃついている間に、リベレは『嫌国』民を壁に寄せ始めた。


「チッ。今は『恐国』との戦争の最中だ。怪しいことしたら、すぐに消し飛ばしてやる。とりあえず、こいつらを安全な場所に移動するぞ。放置ってこともできないからな」

「運ぶって言っても…」



 ふわり、とリパグーは着地する。私は地面に降り立ち、地べたに寝転がっている『嫌国』民を見る。

 倒れているカーティを掴む。最初に見た時は死んでしまっているかと思ったが、呼吸音はしっかりと聞こえる。裏通りの連中も全員寝ているようだった。

 深い眠りについているようで、引きずって運んでも起きることはなかった。フィアが倒れた後とはいえ、自力で目を覚ましたリパグーも、やはり実力者と言えるだろう。


 といっても、道中で倒れた人間を壁際に運ぶことはできたが、それまでだ。3人で全員を運ぶのは不可能だ。


「南西門の仮拠点に移動するより、本軍がいる西門に行くほうが近いかもな」

「このまま、左回りするってこと?」

「馬鹿リパグーに偵察に行かせる。本軍と合流するまで、ここで待機だ。俺たちは、寝てる奴らを守らなきゃいけないからな」


 今は落ち着いているが、戦争の最中だ。敵が住んでいる場所で、殺しつくしている。いつ、『恐国』民が攻めてくるかわからない。

 「命令すんな!」とリべレに悪態をつきつつも、リパグーは偵察に行ってくれた。空中で浮遊しながら、上空で敵を認識し、安全に進む。フィアに先手を取られてしまった分、警戒心を持って取り組んでくれるだろう。


「じゃあね、スペアちゃん。リベレに襲われないように」

「襲うか!!」


 ひらひらと手を振りながら、彼女は空に消えていった。


「リベレ、また戦う?」


 じっと、私を見ていた彼に問いかける。


「馬鹿リパグーのせいで、気分が乗らなくなった」


 彼は私の隣にどすんと座る。先ほどまで向けていた殺意は全くない。

 天を見上げ、上の空だ。人と会話をしているときは、常に睨みつける目つきだったが、黙っていると丸い可愛らしい目だった。

 そんな表情もできるんだ。見てくれは整っているのにもったいない男だ、と思った。



 こんな時間も悪くないな。


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