14.『恐怖』決着
「てめぇ!わた、わたしの、私の大切な左腕がああ」
目を開ける。
魔法の眼鏡は返り血で何も映らなくなっていた。それを捨て、改めて周りを見る。
雲一つない青空。木で作られた壁。立ち尽くしたまま動かない裏通りの連中。そして、目の前で発狂しているフィア。
目を瞑って大剣を振るったから、正確に体を捉えられなかったようだ。彼女は、左肩の途中から先が無くなっていた。血は激しく飛び散り、彼女の黄緑色の髪を濡らす。
がくがくと体を揺らし、右手で左手を抑えているが無意味な行為だ。痛みに顔をゆがませ、隠れた口元からは悲鳴が漏れる。
彼女の体に、剣は通った。体に傷がつけられるのならば、殺すこともできるはずだ。
勝機が、見えた。
「私は『恐怖』そのものだ!」
「あんたも恐怖に染まっちゃって。『恐国』民らしくなってきたんじゃない?」
「うるさい!」
彼女は緑色の魔法光線を左腕の左肩の付け根に向けて打つ。燃やす事での止血だろうか。出血が収まった彼女は、再びこちらを見据える。
汗を垂れ流し、狼狽している彼女は滑稽だ。あはは。
大剣を構え、追い討ちをかける。手加減をしているつもりはないが、彼女の頬にかすり傷をつける程度で終わった。
彼女が機敏に避けたと言うこともあるが、恐怖が彼女を強化させていると言うこともある。現実に戻ったことで、裏通りの連中の恐怖が上乗せされたのだろう。深緑の空間にいた時より、彼女の姿が大きく見える。
「お前はもう、死ね!」
「私は『恐怖』そのものだ!『死』なんてものは存在しないいいいい」
大剣を振りかぶる途中、彼女のドロリとした深緑の目と目が合う。その瞬間、深緑の海に体が投げ飛ばされる。だが、もうこの技は私には通用しない。
私は恐怖しない。過去の恐怖体験を思い出させても無駄だ。
それすらも楽しめ。私は『楽国』民。戦闘を楽しむことで強くなる人種だ。
「あああああ」
再び現実に意識が戻る。
大剣は地面に深く突き刺さる事で終わった。深緑の海に精神が飛ばされている間は、体の自由がきかない。
でも、一瞬の話だ。彼女の深緑の目と目が合ったその瞬間だけ、飛ばされる。今の私ならすぐに戻ってこられる。
体の動きが少し止まる。だが、それだけだ。
「く、くふふふ。私の精神攻撃が聞かなくなったからといって、あなたが強くなったわけじゃないわ」
「あ?」
「体の動きが少しの間止められるだけで充分だもの」
左腕を失った痛みに慣れたのか。彼女は機敏に避ける。攻撃の軌道は彼女の体を捉えることはない。
「くふふふ」
ーーよく笑うやつ!
フィアは緑色の光線を飛ばしてくる。目が合う度に体が一瞬動かなくなったとしても、当たる前に避ければ何とかなる。しかし、分が悪い。
後一歩たりない!
彼女の不愉快な笑い声を脳内から消す。
私の体力が尽きるのが先か、私が深緑の目への耐性が付くのが先か。二人の対決の決着はそう遠くないと思えた。
そこに、黒い靄が襲う。
靄はフィアにふわりと近づき、彼女を覆うように動く。まるで生き物のようだ。この魔法を私は二日間の間に見たことがある。
「リべレ!!!」
金髪の美青年。裏通りの実力者。彼も、フィアの深緑の海から抜け出せたのだ。
先ほどまで気を失っていたことを気にしてか、荒々しい動きで黒い靄を行使する。彼の手のひらには黒い液体の玉が浮いていて、黒い靄を大量に放出していた。
余裕が出てきたフィアは、再び悲鳴を上げる。
「何でお前も動けるんだよ!!」
「お前が『恐怖』そのものなら、俺はそれに叛逆する、『叛逆者』だからだ」
黒い靄は、フィアを包む。皮膚の所々から血が滲み出始め、苦痛の表情を浮かべる。
彼女は発狂し、あたりに光線を撒き散らす。
とはいえ、適当に打った光線にあたるわけもない。
「スペア!このまま潰すぞ!」
フィアを見つめ、手を前に突き出す。
「ええ!」
黒い靄とそれに対抗するように暴れるフィア。
彼女の胴体に、私の大剣を突き刺すのは容易だった。
「ぐえあえああ」
夥しい量の血液が辺りを舞う。彼女の体からは異常なほどの量の血液が出た。
これも、『恐怖』故なのだろう。血は死を連想させ、死は恐怖と繋がる。だから、彼女は血を撒き散らしているのだ。それすらも、魔法なのかもしれない。
だが、それは私達には効かない。死ぬのは、フィアだ。
右手、右足、左足。
悲鳴を上げる間もなく、刃は彼女の肉体を掴んだ。フィアの光線は次第に弱弱しくなり、天に打ち上げた切り、止まった。
「はやく、死ね!」
「わた……き…」
「ああ?」
「わた、わたしはは『恐怖』だ」
四肢を切断され、身動きが取れなくなった彼女は、天を見上げて言葉を繰り返す。
まるで、自分の在り方を言い聞かせているように。深緑の目は虚ろで、私たちを見ていない。口からは文章から単語に、意味をなさないものへと変化していった。
「もう、お前は怖くないよ」
私より楽しそうに笑った、フィアへの意趣返しだ。『恐怖』そのものなら、恐れられないのが最大の侮辱だろう。
深緑の目は大きく見開かれる。
短剣『リーフ』を取り出し、胸部に目掛けて振り下ろす。
『恐怖』フィアとの戦いは幕を閉じた。




