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11.『恐怖』深緑の目

 異名。

 感情大陸『エモ』において、異名を与えられるということは、それなりの意味がある。


 感情の強さによって力を得る『エモ』住まう人間は、自分の感情のコントロールをする必要があるからだ。そして、他人からも認められる必要がある。

 『叛逆』のリベレ。彼も異名持ちだ。他人から叛逆者であれ、と名付けられたのか、それとも自分が叛逆しようとして名乗っているのかわからない。『叛逆』と名乗ることで、『嫌』の感情を増幅させていることは確かだ。

 そういう私も『希望』のスペアと名乗っている。楽王自ら与えられた異名だ。希望を振りまく少女になれという意味が込められている。


 『恐怖』フィア。『恐国』でその異名を持つ重要性は私でもわかる。

 


 それに、私はフィアという言葉をつい最近聞いたことがあった。


ーーだから、私は言ったんです。フィア様も来てくださいって


 アンクシャと接敵した際に、彼女が言った事だ。

 フィア様が一緒に来ないことは不安でしかない。そういう口ぶりだった。

 アンクシャの直属の上司といったところだろう。



『恐国』の中でも重鎮なのは確定。下手したら、嫌王の側近かもしれない。その実力も、二魔嫌士や『楽国』の三剣士、『怒国』の四怒将に並ぶだろう。



 リベレの黒い靄はフィアに当たることはなかった。彼が途中で吹き飛んだからだ。 

 

「がっ」


 カーティも膝から崩れ落ちた。

 

 だめだ、フィアの攻撃手段がわからない。

 どうやって攻撃してきている?彼女は全く動いていないし、臨戦態勢にすら入っていない。


「スペア!」

「な、何!?どういうこと?」

「私は大丈夫だ。とりあえず、フィアとかいう野郎をぶっ潰せ!」


 

 カーティを放置し、大剣を投げる。右手の薬指の指輪に触れるだけで、いつでも手元に戻る大剣だ。


投擲武器としてこれほどのものはない。そして、大剣と並走するかのように、私自身も走る。短刀を抜刀し、近接戦に持ち込むつもりだ。『リーフ』は呪いの力のトリガー以外の使い道もある。


 アンクシャは大剣の一撃で一刀両断することができた。しかし、フィアに通用するとは思えない。アンクシャのように木々を生やし、防壁を築く様子はない。だが、彼女の深緑の目を見ればわかる。対策は既にできているようだ。私のことを見てすらいない。

 

 リべレの手元からでる、黒い靄。彼はフィアを目掛けて、靄を放出する。南西門を一瞬にして消滅させた、あの強力な魔法だ。


 

 フィアはリべレすら見ていなかった。視線の先は私たちの後ろ。カーティでもない。更にその後ろだ。

 恐怖におびえ、身動きの取れなくなっていた裏通りの連中。彼らをじっと見ていた。



 裏通りの連中達から血の気は引き、震え、汗が止まらない。最初はリパグーを未知の攻撃で失った、という恐れだけだったはずだ。それが、深緑の目を見た途端、加速度的に恐怖が増していた。


 裏通りの連中は何が起きているか、理解していなかった。

 彼らは深緑の目に吸い込まれるように、恐怖に落ちていった。



「あああ」



 恐怖は精神を蝕む。視野を狭め、恐怖から逃れる道以外見えなくなる。逃げ道をひたすら走り抜けるしかないのだ。

 『恐怖』の異名を持つ女、フィア。恐怖から逃れるためには、彼女から逃げるしかない。しかし、彼女に背中を見せて逃げることなど、死を意味する。彼女から目線を逸らすことはできない。



 私は大剣がフィアに当たらなかったのを見届け、すぐに後ろを振り返る。短剣でフィアに近接戦を挑んでも、今勝つことはできないだろう。


「ああ、そういうことか」


 最悪だ、こいつは。口元が隠れているが、笑っていることは容易に想像できた。


 フィアの正体がわかった。彼女は『恐怖』そのものだ。それ以上でもないし、それ以下でもない。

 彼女の深緑の目に魅入られてしまった人間は恐怖に精神を支配される。そして、恐怖から逃れようとする。

 恐怖から逃れる方法は『敵』の排除だ。この場合、敵は私たち3人だ。


 後方では想像通りの景色が繰り広げられていた。裏通りの連中が、私に向かって魔法を撃ち、攻撃してきた。

 火球が、氷が、稲妻が。ありとあらゆる魔法が、正面まで迫っていた。


「うわあああ」


 慌てて、指輪を触る。大剣が手元に出現し、そのまま地面に刺す。私よりひとまわり大きい大剣だ。体を隠すことくらいできる。激しい衝撃とともに、大剣が揺れる。 

 魔法は防げたようだ。遠距離攻撃はこの手法でだいたい防ぐことができる。


「あ?」


 大剣には、血がこびりついていた。アンクシャを一刀両断したあと、返り血は拭いた。フィアに攻撃は当たっていない。それなら、この血はなんだ?

 フィアの方を振り向くと、彼女を囲むように裏通りの連中が立ち尽くしていた。それに対応するように、リベレが黒い靄を振りまく。

 血は、裏通りの連中の1人のものだった。フィアに攻撃が当たらないように、大剣の投擲を体で防いだのだ。フィアへの攻撃は彼女に恐怖した『嫌国』民によって防がれる。リベレの攻撃も、『嫌国』民に吸われていく。


「最悪だ!こいつ!!」

「私は恐怖だからな」


 第二波がくる。大剣の影に隠れ、攻撃を防ぐ。

 恐怖した裏通りの連中は、次第に展開していった。一方向の攻撃なら大剣で防げるが、二方向なら防げない。時間は限られている。


 カーティは、肉弾戦に持ち込んでいった。彼女は足を氷の槍で串刺しにされていたようで、血がどくどくと流れている。先ほど彼女が膝から崩れたのはこれが原因だったようだ。

 カーティは、魔法を使った遠距離射撃というより、身体強化による肉弾戦を主な戦闘スタイルとしている。そして、これは対魔法使いに有効な手段だった。間合いが彼らの弱点だ。足を怪我していようが、間合いさえ詰められれば問題はないようだ。

 

 何人か彼女によって抑えられているが、それだけだ。裏通りの連中は何人いると思っている。カーティが抑えられるのも、せいぜい10人が限界だろう。



「スペア!私の仲間を傷つけるのは許さないからな!」


 カーティは叫ぶ。何も、私の『呪い持ち』について言っているわけではないだろう。私が『楽国』民で、カーティらは『嫌国』民だからだ。

 国籍が違うから、私が躊躇なく邪魔をする『嫌国』民を殺すと思われているらしい。失礼なやつだ。まあ、実際やろうとしたが。


「じゃあどうすればいいのよ!!」


 指輪を触り、大剣を納める。魔法の第三波が来る。恐怖に支配されているからか、大技しか魔法を撃ってこない。四方八方から連発されたら避けることなどできなかった。不幸中の幸いといったところか。


 裏通りの連中の攻撃は、私が避けたことによって別の人間にあたる。避けるまもなく、業火に焼かれて死ぬ。仲間を殺したというのに、動揺する様子もない。恐怖に魅入られ、自分が何をしているか本当にわかっていないようだ。



ーー結局死ぬなら、私の力になって死んでよ!


「ああ、もう!」


 なんとかして、フィアに近づかなければ。火炎を避け、雷撃を避け、蹴りを避け。フィアまであと5mと言ったところか。

 リベレは随分と遠くに離れてしまったようだ。カーティも後方で仲間を傷つけないように、収めている。


 私がやるしかない。

 氷壁を壊し、光線を避ける。力の加減ができるほど、今の力に慣れていない。『嫌国』民を殺さずに戦闘不能にすることなどできない。殺すか、戦わないか、だ。

 避けろ。攻撃をひたすら避け、フィアに向かへ。あと、5m程。


 避けろ。避けろ。


「って、無理だ!」


 裏通りの連中が何人いると思っているんだ。数百人を超える。視界に入っているだけで20人はいる。全方位からの集中攻撃。避けるだけで精一杯だ。一歩も動けない。

 光線が頬を掠める。避けるのも時間の問題だ。フィアが慣れてきたのだろう。攻撃のパターンが読めなくなってきた。運動神経だけで、なんとか避けていたがそろそろ限界だ。


「くぅ」


 再び短刀を取り出す。無理だ。死にたくない。こんなところで、意味もなく死にたくない。

 仕方ない。殺すしかない。こんな足手まとい共は私の力になるべきだ。力を少しでも還元しろ!!



 眼帯の奥にある右目が熱く反応する。『呪い持ち』の力も、それを求めているようだ。私は私らしく、1人で戦うのが似合っている。




 そうやって、決意した時だ。短刀が『嫌国』民の男の胸部目掛けて突き刺さるかと思った、数秒前。七色の光線が視界を埋める。

 目の前の男を含む、周囲の『嫌国』民が光線に飲まれる。薄い悲鳴と主に、彼らは糸が切れた人形のように崩れ落ちる。


「勝手に殺すんじゃないわよ」


 カーティの隣に、ある女がいた。杖のように箒に寄りかかり、立っているのが精一杯と言った様子だった。茶髪のボブの魔女。

 彼女はやれやれとため息をつきながら、再びカラフルな光線を四方に飛ばす。


「リパグー!!!」

「さっさと行きなさい!」


 先ほどまで『恐国』民相手に放たれていた光線は、肉体を焼けきるほどの火力だった。しかし、今放たれた光線は違う。肉体への攻撃というより、精神に対する攻撃なのだろうか。肉体への損傷はなく、意識だけが削がれているようだ。


 光線の軌道は読めるし、避けることは容易だ。しかし、それは意識のある我々だからだ。フィアに当たることはないが、恐怖に魅入られている『嫌国』民は別だ。彼らは避けることなく、戦闘不能になっていく。


 行ける。随分と遠くに感じたフィアが今は目の前にいる。たったの5mだ。障害物は何もない。

 指輪に触れながら、走り出す。届く、大剣が届く射程範囲に入った。

 

 これが、仲間と共に戦うと言うことなのだ。黒い靄を纏わせたリベレも、フィアの元に走る。カーティも身体強化し、こちらに来る。

 勝てる。裏通りの連中を1人で壊滅に追い込んだが、ここまでだ。彼女を倒せれば、活躍したということで間違いないだろう。



 フィアからは相変わらず感情が読めなかった。冷めた目で私を見ていた。大剣の軌道に入っているというのに、防御をする姿勢すら見せない。

 ただ、私を見ていた。深い、どろりとした、深緑の目で。じっとりとした目つきで。


「もう一度教えてやろう」


 その目を見てしまった。深緑の目。

 そういえば、初めてフィアと目があった。

 なんて戦闘中とは思えない思考をしていた私は…


「私は恐怖そのものだ」


 どろり。


 視界は暗転し、新緑の闇に飲み込まれる。


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