10.『恐怖』フィア
ーー今なら、カーティを殺せるわよ?
なんてことを考えるんだ、私は。
カーティを殺す?
アンクシャの時と同様、恐怖している人間が減れば、『恐国』民の弱体化に繋がる。そして、私の力は仲間を殺すことによって発動する。つまり、私の強化と敵の弱体化は連動しているのだ。
裏通りの連中を殺すことでもある程度の強化に繋がる。会話を交わしたことのない人間のほうが多いがチリが積もれば山となるかもしれない。
しかし、いきなり私が殺戮を始めたら、敵は『恐国』民だけではなくなるだろう。リべレやカーティの相手もしなければならなくなる。
現実的に考えるなら、リべレやカーティなどの『嫌国』民にばれない程度に、どさくさに紛れて殺すしかない。アンクシャと会った時よりも実力差を感じる相手だ。最低でも、十五人以上殺さないといけないだろう。
ーーそれか
カーティは剣を構え、魔法を体に張り巡らさせていた。身体強化の魔法といったところか。臨戦態勢に入って、前に立つ女を警戒している。
ーー彼女を殺せば…
ヘイトは出会って数分の男だった。それでも、アンクシャとの実力差をひっくり返す程度には力を還元できた。それじゃあ、カーティは?
ぞわ、と鳥肌が立ったのが分かる。ルプレスさんを思い出す。あの人に短刀を刺した、あの瞬間はいつも夢に出てくる。そして、体を巡る熱い力の感覚も、今でも思い出せる。
カーティ程の『良い』奴に短刀を刺したら。
彼女ほど気に入っている人間を刺し殺したら。
一体、どれほどの力を得られるだろう。
そうだ。別に『嫌国』民が敵に回っても関係ない。全員殺せばいい。
ぐるぐると思考が回る。
別にリベレと敵対しても問題ない。カーティを殺して、周りの裏通りの連中も殺せばリべレは倒せるだろう。そして『恐国』民も殺せば…。
二魔嫌士がその後くるだろう。その前に逃げればいいのだ。大丈夫。まだ時間はある。
短刀『リーフ』を持つ手が震える。
合理的に考えて行動するだけだ。
私は私。
大丈夫。
「おい!スペア!」
「はわ!」
頭に冷や水を掛けられた気分だった。思考の加速を強制終了する。
「はわ!じゃねぇ!!気を引き締めな!!」
ばん!と肩をたたかれる。思わず前によろけ、後ろを振り返る。
カーティだった。彼女は力強く頷き、右手を私の背中に当てる。
少し熱くなったと思った後に、ゆっくりと薄い光が私の体を覆う。少しした後に、今のが魔法だったと気が付いた。
カーティが自分自身にもかけていた魔法だ。身体強化魔法。体が軽くなり、力が沸いてきた。
それは、『呪い持ち』によって得られる自己強化とは比べるまでもない強化だった。一度も会話したことのない人間を短刀で突き刺したほうが、力は得られるだろう。
だけど、何か違った。何かはよくわからないが、今までの自己強化とは違う、別の何かが得られた。何だろう。
何かわからないが、随分と暖かい。『呪い持ち』の呪いが発動した時と違い。心地よい温度だった。
「おい!お前ら二人はいけるな!?」
リべレもこちらを見ながら叫ぶ。
恐怖に染まった裏通りの連中は、一歩も動け無くなっているようだった。口をぱくぱくと開け、呆然と立ち尽くしている。戦えるのは、私とカーティ、リべレだけだ。
私も、右手の薬指についた指輪を軽く触る。まばゆい光と主に、パーション隊長から貰った大剣が出現する。
そうだ。何も一人で戦う必要はない。今は、同じ目的を持った仲間がいる。目の前の女を倒し、二魔嫌士に会いに行くのだ。
「いけるわ!」
「ふん、3人も残れば上出来だ」
リべレも両手を交差して臨戦体制に入る。
彼を中心に周囲に黒い靄が漂う。
「俺は『叛逆』のリべレ。お前たち『恐国』を滅ぼし、大陸を統べる『嫌国』民の一人だ。お前は?」
リべレは突如として自己紹介を始める。ただ、これはヘイトの時と違って時間稼ぎをしているわけではない。
立場の再認識だ。『嫌国』は進軍している側なのだ。敵国の中に仮拠点を作るほど戦争を優位に進められている。
つまり、恐れる理由がない。攻めてる側なのだ。恐怖する必要もない。
『恐国』民が恐怖されることで強化されるならば、我々は屈しない。それが対応策だ。
女は笑ったのか、怒ったのか。口元が隠れていてよくわからないが、感情の変化があったことは確かだ。そして、深いため息とともに声が漏れる。
「私は『恐怖』のフィア。大陸を支配するのは、恐王だ。そして」
空気が揺れる。深緑の目は鈍く光り、風が吹く。
今までの敵とは違う。
『怒国』の四怒将の一人、『憤怒』のフューリと初めて会った時と同じ感覚。
異名を持つフィアからは、圧倒的強者の風格があった。
彼女は周辺の木々すらも恐怖させながらこう続けた。
「私は恐怖そのものだ」
「俺たちは『嫌国』民だぁあ!!」
リベレが走り出す。
戦いは始まる。




