第11話 親子の再会
お待たせしました。
【第三節 辺境都市ジュラス】が開始です!
騎士たちの拘束を解き、首の神経を繋ぎなおして朝食をごちそう。さらには捕らえていた盗賊3人を引き渡し、全員で町を目指すこと1時間と少し。ようやく堅牢な防壁で囲まれた都市に辿り着いた。
ここが辺境都市ジュラスか。要塞都市と言ったほうが正しいのではないか? 物々しくて威圧感を漂わせる外観だ。
この世界は魔法が存在するだけでなく魔物も存在する。だから安全に生活するためにはこれくらいの防御を構えておく必要があるのかもしれない。
「ようこそ、辺境都市ジュラスへ!」
少し誇らしげにレヴィアが槍を掲げる。それに合わせて騎士たちも各々武器を上げて声を張り上げる。
仰々しいオレたちの隊列は、人々の注目を集めながら誰にも止められることなくあっさりと門を通過する。
「……通行税は取られないんだな」
ポツリと呟いた言葉をレヴィアは聞き取ったらしい。
「通行税? 町の出入りをするときに税を取るのか? 国境ならともかく、なんだその馬鹿げた税は。いちいちそんなものを取り立てていたら通行や流通の妨げになるだろうに」
……ごもっともで。
前世の異世界ファンタジー小説によく登場する設定だったのだが、この世界では町への出入りは自由なのだという。
レヴィアの言う通り、通行税は通行や流通の大きな妨げとなる。小説の中でもよく町の外に行列ができる様子が書かれていた。よく考えたら魔物が蔓延る世界で普通ではありえない状況だ。
「このヴァニタス王国で通行税を設けている領地があるのか? 王国法に違反しているぞ!」
「……本に書かれていただけだ」
「なるほど。過去にはあったかもしれん。まあ、すぐに廃れただろうがな」
そんな話をして前世の知識との差異に気づきつつ、オレたちは都市ジュラスの西区と呼ばれる地域にやって来た。住宅街と居酒屋のような飲み屋が乱立する区画だ。
この地域でブラウの母が小料理屋を営んでいるという。
ブラウへの事情聴取も、都市に向かう道中で終わらせている。本人も一秒でも早く家に帰りたいだろうし、心配しているだろう家族を安心させるためにも、レヴィアの采配によって真っ先に送り届けることになったのだ。
細かい気配りもできる良い女だ。ますます配下に欲しいぞ! 参謀的なポジションが良さそうだ。
「あっ! あそこです! あそこが私の家です!」
ブラウが指さした先は、木造の古民家風の建物だった。外見はオレが想像していた和風の小料理店そのもの。いい具合に年月が経って趣と味が醸し出ている。看板に書かれている店の名前は『家妖精の鐘』だ。
この騎士の行列の騒ぎを聞きつけたのか、店の扉が開いて中から数人の若い男が出てきて、中にいる誰かを手招きし始めた。次に出てきたのは、ブルネット色の髪のブラウによく似たおっとり系巨乳美女。憔悴しきった彼女は、ブラウの姿を捉えたかと思うと、涙を流しながら駆け寄ってくる。
「あぁ……ブラウニーちゃん! 私の可愛い妖精ちゃん!」
「っ!? ママ! ママ゛ぁ! 心配がげでぇ、ごめん゛ねぇ……!」
「生きてる! 無事? 怪我はない?」
「う゛ん゛っ!」
「あぁ、良かった……良かったわぁ……! おかえりなさい、ブラウニーちゃん」
「だだいま゛ぁ……! ズビッ!」
泣きじゃくる親子の感動の再会だ。
涙をほぼ見せなかったブラウも母親の顔を見たら緊張の糸が切れた様子で、子供のようにワンワンとすごい顔で泣いている。
盗賊たちに誘拐され、目が覚めたと思ったら見知らぬオレたちと出会い、翌朝起きたら大量の騎士たちが捕まっていたのだ。物凄い心労とストレスだったことだろう。それでも全く弱音を吐かなかったのは誇っていいことだ。
魔王であるオレが認めよう。ブラウ、おぬしは強い心の持ち主だ。
ひとしきり泣いた後、ブラウの母が娘から決して手を放さずに深々とお辞儀をする。
「騎士の皆様、何があったか存じませんが、娘を無事に届けてくださりありがとうございました」
「礼ならこっちの者たちに言ってやれ。我々は何もしていない。この者たちが人攫いの盗賊からご息女を救出し、保護していたのだ」
レヴィアがオレたちを指し示してきたので、その通りだと頷いて肯定する。
「それは……本当にありがとうございました。何とお礼を言っていいのやら」
「礼ではなく態度で示してもらおうか」
「態度……でしょうか?」
「うむ!」
キョトンと瞬くブラウの母の灰色の瞳。泣き腫らして赤くなっているが、優しそうな輝きをしている。顔立ちも優美で、ブラウのような大きな子供がいるとは思えないほど若々しい見た目だ。今もさぞモテることだろう。それに何より、衣服の上からでもわかる圧倒的な胸の戦闘力。その大きさはエリザやリリスと同等かそれ以上。実に魅力的だ。
娘を傷一つなくつけずに無事に返したのだ。こっちには相応の謝礼を要求する権利がある! さて、対価を支払ってもらおうか。
その時、横から鋭い声が飛んできた。
「ルシファ! 貴様なにをさせるつもりだ!?」
「なにをさせると思う?」
ニヤッと不敵に微笑みながら質問を質問で返すと、レヴィアの顔が羞恥と怒りで真っ赤に染まる。
一体ナニを想像したのやら。誤解を招く言い方をしたオレも悪いが。まったく、婚約者がいるというのに初心な反応をする。
オレは絶句するどこかの公爵令嬢を無視して、巨乳美女に横柄に告げる。
「ブラウの母よ。娘を助けた見返りに――料理を作れ!」
「……りょ、料理ですか?」
「うむ! それも腕によりをかけたご馳走だ! オレはおぬしの料理が食べたい!」
「ルシファおじ様は、私の料理を気に入ったみたいで、ママのほうが美味しいんだよって言ったら食べてみたくなったんだって。それに助けてもらったお礼にママの料理を振舞うって約束しちゃったの」
「あらあら、そうなの……?」
「ブラウの言葉は正しいぞ。オレはおぬしの料理を非常に楽しみにしている。まさか約束を違えるとは言うまいな?」
「まぁまぁ! もちろんいいですとも! ブラウニーちゃんの恩人ですもの! ぜひいくらでも食べてくださいませ。今すぐご用意いたします」
交渉成立! 魔王たるもの何事も悠然と振舞い、余裕ぶっていなければ。だが、心の中ではガッツポーズだ。
どこかの令嬢が『そういうことか、紛らわしい』とため息をついていたのはスルーする。
「あ、おじ様たちはどこに泊まるんですか? 泊まる場所がないならぜひウチに来てください。もともと宿屋をしていたので、部屋はたくさん余っていますから!」
「あらあら。それは良い案ね、ブラウちゃん。でも、お部屋の掃除をしなくちゃ。綺麗にはしているけど、お客様を泊められるほどじゃないわよ?」
「ふっふっふ! そこは私に任せなさーい! ママはお料理をお願いね!」
オレが口を挟む前にどんどん決まっていく。
確かに今日泊まる場所はどうしようか悩んでいたところだったので渡りに船である。ブラウの家に泊まるのならば、母親の料理を食べる機会は何度も訪れることだろう。
「うむ。エリザとリリス共々世話になろう」
「宿を紹介する手間が省けたな。報奨金の詳細な話が決まったらここに人を送ろう。では、我々は失礼する。事後処理でしなければならないことが多いのでな」
そう言うと、レヴィアは騎士や捕らえた盗賊を引き連れて、颯爽と去っていった。
彼女たちを見送ったオレたちは、ブラウの母に家に招かれる。
「どうぞどうぞ。中へお入りください」
「失礼する」
「お邪魔しまぁす」
「お邪魔します」
「いらっしゃいませー。そしてただいま!」
「はい、おかえりなさい」
店の中はオレの想像通りの小料理屋であった。心地よく温かな時間が流れる穏やかな空気。カウンター席が並び、料理を作る風景まで見通せる。ブラウの母が割烹着を着れば完璧だ。
で、店の中に入ったのはいいんだが……
「おかえりなさいませ、お嬢!」
「ご無事で何よりです!」
「お嬢のことが心配で心配で……!」
「守り切れず、申し訳ございません!」
「こちらこそご心配をおかけしましたー。この通り、何もされず無事ですよ!」
深々とブラウに土下座をする若い男たち。スキンヘッドだったり、刺青があったり、顔に切り傷があったり、サングラスをしていたり、どう見てもカタギじゃない風貌の男たちだ。ヤクザの組員、もしくはマフィアの構成員を連想させる。
そういえば、真っ先に店から出てきたのもこいつらだったな。ブラウたちとどんな関係だ?
彼らは、今度はオレたちにまで頭を下げる。
「旦那! 姐さん方!」
「「「お嬢を助けてくださってありがとうございました!」」」
うむ。格好はワルだが、礼儀を弁えている男たちじゃないか。嫌いではないぞ。
「女将さん! ちょっくら、兄貴にお嬢の帰還を知らせてきますんで!」
「ゆっくり休んでください。一睡もしてないでしょう?」
「もちろんお嬢も休んでくださいね」
「後のことは俺たちにお任せを」
言うだけ言うと、店の外に飛び出して、男たちはどこかへと駆けていく。
ふむ。来たばかりのオレには訳が分からんな。だが、彼らが気を利かせて再会した親子の邪魔をしないよう出て行ったのはわかる。
「で、あいつらは誰だったんだ?」
「あらあら。説明していませんでしたね。ウチのお店をご贔屓にしてもらっている常連の皆さんです。昨日からブラウニーちゃんのことをずっと探してくれていたんですよ」
「正確には、ピタおじさんという父と母の幼馴染のおじさんの部下の方々です。この辺り一帯、特に西区の裏のまとめ役をしているのがピタおじさんなんです」
オレの第一印象は間違っていなかったらしい。あの男たちは裏の筋の人間だったようだ。まあ、治安維持を主な目的としているのだろう。殺人に手を染めているような凶悪犯罪者の匂いはしなかった。
「昔からピタおじさんや部下の皆さんにはとてもお世話になっているんです。物心ついたときには父は亡くなっていたので、父のような兄のような人たちばかりで……。心配かけちゃったなぁ。あとでお礼言っておかないと」
「ピーターもすぐに来るでしょう。ほらほら、ブラウちゃん。私たちにはやることがあるでしょう?」
「ハッ!? そうだった! 私、部屋を用意してくる!」
ピャーっと走って家の奥へ消えていくブラウ。まったく、騒々しい娘だ。だが、明るく元気の良いところは彼女の長所でもある。
あれだけ憔悴していたブラウの母もすっかり元気を取り戻し、あらら、と何かに気づいて口元に上品に手を当てる。
「私としたことが娘の恩人の皆様のお名前を伺っていないなんて……」
「おぉ。そうだったな。いろいろあって自己紹介を忘れていた。オレの名はルシファだ。そしてオレの配下の――」
「エリザベートよぉ」
「リリスエルです」
「ルシファさん、エリザベートさん、リリスエルさんですね。私はブラウニーの母のシルキー・ベルと申します」
おっとり系巨乳未亡人のシルキーか。名を覚えたぞ。
「部屋の準備が整うまで、オレたちは観光がてら近くを散歩してこよう。なんせこの町には初めて来たのでな」
「あらあら。そうなのですね。わかりました。料理も準備しておきますね」
「頼んだぞ。ではエリザ、リリス。行くぞ」
「「イエス、ボス」」
エリザとリリスを引き連れ、辺境都市ジュラスの街中へ赴く。
さてさて、魔王の勢力進出の足掛かりのために情報収集をしようではないか!
お読みいただきありがとうございました。