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第10話 騎士と和解

お待たせしました。


 懐かしさを感じる美味しそうな匂いが漂っている。

 香ばしいベーコンの香り。ホカホカの白米が炊けた匂い。そして、味噌汁の香り。

 オレの前世の記憶が刺激される。

 これぞ、日本の朝ごはん! ザ・和食! ジャパニーズソウルフードである!

 ……まあ、ベーコンは違うかもしれんが。玉子焼きの中に入っているのでギリギリ和食と言ってもいいだろう。

 生魚は難しいとしても、盗賊たちは魚の燻製を食糧庫に用意していなかったのだ! だから今朝の朝食は焼き魚の代わりにベーコンを入れた玉子焼きとなった。まったく、役に立たない奴らだ。


「できましたよー! 熱いうちにお召し上がりくださーい!」


 朝食を作ってくれたのは、昨日助けたブラウことブラウニーである。一宿一飯の恩義として朝食作りを率先してくれた。

 さすがは小料理屋の娘。仕込まれた料理の腕前は、オレより遥かに格上である。


「うむ。待っていたぞ! 魔王であるオレの腹と背中をくっつけようとするとは、なんたる罪深き料理なのだ……」

「あはは。味も保証しますよー。罪な美味しさに堕落しないでくださいねー」

「いただきます!」

「「……いただきます」」


 もはや喋る余裕もなかったエリザとリリスの二人と一緒にパクリと一口。

 美味い。美味すぎる! 久しぶりの和食の味に感動すら覚える。

 なぜ今世のオレは和食が近くにあるにもかかわらず食べてこなかったのか不思議でならない。


「褒めて遣わす、ブラウよ。大変美味である」

「おじ様、ありがとうございまーす」


 昨日会ったばかりだというのに馴れ馴れしいのは、人懐っこい彼女の性格の所以か、それとも裸の付き合いをしたからか……。

 まあ、こんなにもおいしい料理の前では全てどうでもよくなるな。今は食べることに集中しよう。別のことを考えるのは無粋である。

 ブラウの料理に舌鼓を打っていると、ふとダイニングの片隅で寝かせていた人物が目覚める気配がした。ゆっくり起き上がった彼女が、無防備な欠伸を漏らして眠そうに蒼眼を擦る。


「はぇ……?」


 クンクンと匂いを嗅ぎ、トロ~ンとした(まなこ)がこちらを向いた。


「おはよう、レヴィアよ。目覚めはどうだ?」

「あ、ああ。おはよ…………って、貴様は!?」

「飛び起きるのは体に悪いぞ。寝起きに血圧を上げるのもな」

「誰のせいだ!?」


 勝手に怒鳴っているのはレヴィアだろうに。人の顔を見て叫ぶとは失礼な。

 布団を跳ねのけて構えを取る彼女にトテトテと駆け寄ったのは、この中で一番コミュ力が高いブラウである。


「おはようございます! 体は痛くありませんか?」


 屈託のない朗らかな笑顔に警戒していたレヴィアも思わず毒気を抜かれる。


「あ、ああ。痛いところは……なさそうだ。君が治療してくれたのか?」

「いえいえ! 治療したのはおじ様ですよ。朝起きたら騎士の皆さんが寝ていてビックリしましたよー」


 うむ。昨夜は建物の外でドンパチしていたのに、ブラウは朝までぐっすりだったな。睡眠ガスを嗅がせたとはいえ、実に幸せそうな寝顔で涎を垂らし、腹も出している姿は、呆れを通り越して感心したぞ。意外と大物なのかもしれぬ。


「おじ様……? ハッ!? 皆は無事なのか!?」

「皆さん、壁際に持たれかかっていますよ。抵抗しないよう縛られているみたいですけど、起きていらっしゃいます。ほら、目が開いているでしょう?」

「っ!?」


 ダイニングの壁には、屈強な騎士たちが大勢並んでいた。暴れられても困るので、首の神経を一時的に遮断させてもらっている。魔法発動を封じる魔封じも施し、舌を噛み切って自殺しないよう猿轡も噛ませている。

 全員、目が覚めており、実はずっとオレたちを憎々しげに睨みつけていたのだ。オレやエリザ、リリスは完全スルーしていたが、最初は驚いて気にしていたブラウも早々に視線や殺気を受け流していたのは驚きだった。意外と図太い性格をしているらしい。


「……私が眠っている間に酷いことをしていないだろうな? 答えろ、ルシファ!」


 感情のままに襲い掛かってこない冷静さはあるのか、震えるほど拳を握り、憤怒の形相で睨みつけてくるレヴィア。轟々と燃える蒼眼が鋭く輝く。


「オレの名前を憶えているようだな? 重畳重畳」

「私の質問に答えろ!」

「オレは何もしていないぞ。もちろん、エリザもリリスもな。拘束はさせてもらったが、それだけだ」

「……本当だろうな?」

「瞬きや眼球の動きで意思疎通はできるだろうに」


 彼女は早速試してみるようだ。


「……肯定の場合は目を縦に、否定の場合は横に動かせ。皆、ルシファたちから何かされたか? 拷問は?」

「「「…………」」」

「受けていないか……よかった。死んだ者は一人もいないようだな。全員そろっている。よく生き残ってくれた……。ならば、その……眠っている私は変なことをされていなかったか?」

「「「…………」」」

「これも無いか……」


 信頼する騎士たちの反応から、オレの言うことが正しいとレヴィアは渋々理解したようだ。


「少しはオレたちのことを信用してくれたか? まあ、ブラウは騎士たちに酷いことをしているかもしれんが」

「なにっ!?」

「え? 私ですかぁっ!? 何もしてませんよぉー!」

「腹が減っているであろう騎士たちに、こんな美味しそうな匂いを漂わせて見せびらかしたにもかかわらず食べさせないのは、もはや拷問の域だろう? 酷い女だ」

「性悪女ねぇ」

「悪女です、悪女」

「えぇっ!? おじ様だけでなくエリザベートさんやリリスエルさんまでぇ!? そ、そんなぁ…………そんなに褒められたら照れるじゃないですかぁ~! もぉ~! あ、おかわり食べます? 普段はセルフサービスなんですけど、今日は機嫌がいいので私がよそってあげます!」


 ……そこで照れるのか。面白い娘だ。おかわりは当然貰おう。頼んだぞ。


「というか、私なんかよりも母のほうが料理上手なんですよ」

「ふむ。それはぜひ食べてみたいな」

「盗賊から助けていただいたお礼もしたいので、ぜひウチに来てください! 腕を振るってご馳走を用意させていただきます……母が!」


 食べたい食べたい、とウチの食いしん坊娘たち(エリザとリリス)もキラキラした眼差しを向けてくるので、辺境都市ジュラスとやらに行った際にはブラウの実家の店に立ち寄ることにしよう。

 正直、オレもブラウの母の料理の味が気になっている。これ以上の味とか、一体どれほど美味いのだろうか……?

 その時、レヴィアが目を見開いて会話に割り込んでくる。


「待て……待て待て待て。今盗賊から助けてもらったと言わなかったか? ならば君はルシファの仲間ではなくて、まさか昨日誘拐されたジュラスの女性かっ!?」

「あ、はい。そうですよ? 昨日、誘拐されているところをルシファおじ様たちに助けられて、一晩泊めてもらったんです」

「無事だったのか……よかった。それとすまない……本当にすまない」

「え、えぇ……よくわかりませんが、謝らないでください……」


 肩を掴んで何度も何度も懺悔するレヴィアにブラウはわけが分からず困惑している。

 翠の瞳を向けられても、オレにはどうしようもないぞ、ブラウよ。オレにも意味わからんし、何より食事に忙しい。


「すると、ルシファたちは盗賊ではないのだな?」

「そうだ。盗賊如きに間違われるのは実に心外だ。不敬であるぞ。おぬしたちが狙っていたであろう盗賊は数日前にオレが壊滅させた。残っているのは地下に捕らえた残党の3人だけだ。昨日も言っただろう? オレは一般人だと」

「……そうならそうと先に言ってくれ」

「問答無用で襲い掛かってきたのはおぬしたちだろうに」

「……むぅ。それはそうだな。すまなかった。我々の不手際で襲い掛かったことを謝罪しよう。申し訳ない。それと、我々の命を奪わなかったことに感謝する」

「うむ。今回のことは水に流そう」


 深々と頭を下げるレヴィアの謝罪を受け入れる。

 貴族の娘だと侮っていたが、ちゃんと物事の道理をわきまえて、悪かったことは反省し、謝罪することができるらしい。

 この人として当然のことをできない傲慢な貴族のなんと多いことか。

 昨夜思った通り、やはりレヴィアは良い女だ。凛とした信念というべき一本の筋がピシッと通っている。戦闘力もある程度あり、ぜひ配下に欲しい逸材だ。


「でも、私とあまり年齢が変わらなく見えるのに騎士様だなんてすごいですねー。なんだか、ウチの領の姫様みたいです。知ってます? 公爵家のご息女のレヴィア様って格好いいんですよ! ……あれ? あなたの名前も――」

「自己紹介が遅れた。私はレヴィア・インヴィディア。君の言う公爵家の息女のレヴィアだ。だが、私は領民にまで姫様と言われているのかっ!? 初耳だぞ!」


 お前たちの仕業か!? と蒼眼で壁に並ぶ騎士たちを睨むが、彼らはスッと目を逸らしている。それは肯定しているようなものではないか。犯人、ここにいたな。


「私はジュラス生まれのジュラス育ち! ブラウニー・ベルと言います! よろしくお願いしま――」


 人懐っこいニコニコ笑顔で自己紹介をしていたブラウが、突如、時が止まったかのように凍り付いた。

 レヴィアが不思議そうに首をかしげる。


「どうした、ブラウニー・ベル?」

「レ、レレ、レヴィア様ぁぁぁあああああああっ!? ご本人っ!?」


 シュッと一瞬でかき消えたブラウは、オレの背後に出現したかと思うと、オレを盾にして体を縮ませて隠れる。


「お、おじ様! ルシファおじ様! どうしましょう!? 本物のレヴィア様ですよ! 公爵家のご令嬢ですよ! 王太子殿下の婚約者様、未来の王妃殿下ですよ! そんなお方と気安くしゃべるなんて、私、不敬罪で処刑されますっ!?」

「ふむ。レヴィアの言う婚約者とは王太子か」

「なんで知らないんですかぁー!? この国じゃ子供でも知っている常識ですよぉー!」

「おいコラ。揺さぶるな。味噌汁が飲めんだろうが」

「味噌汁よりも私の命の心配をしてくださいよぉー!」


 レヴィアの性格からして不敬罪を適用するわけがなかろうが。それならオレはどうなる? 昨夜、散々弄んでやったんだぞ。ただ喋ったブラウよりもオレが不敬罪に該当するわ。

 まあ、魔王たるオレに不敬罪を叩きつけること自体が不敬だがな!


「レヴィア様の御前なのに食事を続けるおじ様も不敬ですよぉー!」

「私はこんなことで不敬だとは思わんよ。ブラウニーが不敬なら、私の騎士たちはどうなる? 私の幼い頃を思い出しては揶揄ってくる者ばかりだぞ。なぁ?」


 首から下が動かない騎士たちは、明後日の方向を向いてレヴィアのほうを見ようとしない。その態度が悠然と肯定しているのが見て取れる。猿轡を外されていたら口笛を吹いていそうな顔だ。

 ほうほう。彼らも案外良い性格をしているじゃないか。嫌いじゃないぞ。生かしておいて正解だったな。

 はぁ、とレヴィアはため息をつき、


「だいたい、不敬罪は王族や貴族の当主に与えられた特権だ。貴族の娘である私にはその権限はない。それに、不敬罪はいろいろと手続きが面倒なのだ。正当な理由なく使用すると、逆に宣告した者の首が飛ぶ。物理的にな。賢い者は使わぬし、愚か者は勝手に自滅する」

「ほぇー。そうなんですねぇー。お貴族様も大変ですねぇ」

「そうなのだ。本っ当に大変なのだ。特に王妃教育というのが地獄でなぁ。いや、殿下と結婚するためには必要なことだから決して嫌なわけではないが、周囲からの嫉妬と嫌味のオンパレードでストレスが……うぅ!」

「うわぁ。レヴィア様から陰鬱なオーラが……お茶でも飲んで一服してください」

「感謝する……美味いな」


 差し出されたお茶を飲んでレヴィアが驚きで目を見開く。ブラウはお茶を淹れるのも上手なのだ。


「辛ければいつでもオレのところに来るといい。歓迎するぞ」

「誰が貴様のところに!」

「……エリザベートさん、リリスエルさん。おじ様が女性を口説いてますよ。いいんですか?」

「ワタシたちにとってはどうでもいいわぁ」

配下(じょせい)が何人増えようとも、ボスが私たちの全てであることは変わりませんから」

「ゆ、揺ぎ無い覚悟……! これが正妻の余裕っ!?」


 ブラウたちが何やらコソコソ喋っているな。エリザとリリスはすまし顔で、ブラウは何故か驚愕している。一体何を喋っているのやら。

 ゴホンと咳払いして、レヴィアは年若い為政者の凛々しい顔つきになる。


「ルシファ、我々とジュラスに同行してくれ。無論、そこの女性たちもだ」

「両親に挨拶してくれってやつか?」

「違う!」

「冗談だ。魔王ジョーク。まあ、頼まれたらいつでも伺うが?」


 言い返そうとしたレヴィアは、グッと言葉を飲み込んで冷静さを保つ。

 もっと思い込みやすくて猪突猛進というイメージだったが、意外と冷静なところもあるようだ。挑発も深くまで乗らない。自制できるのはいいことだ。


「ブラウはわかるが、なぜオレたちまで同行を求める? 罠に嵌めようとするのならば、昨夜のように手加減はしないぞ?」


 軽く魔力を放出させてレヴィアを威圧する。ビクッと体を震わせて、顔が青くなる蒼の騎士。

 昨日は、威圧とともにオレは彼女の周囲の酸素濃度を低下させた。気絶させるためだったが、酸素欠乏症による動悸、耳鳴り、吐き気、呼吸困難など、強烈な恐怖を味わったときと同じ症状が発生したのだ。彼女はそれを恐怖によるものと錯覚し、感情を増幅。より鮮烈に、明確に、オレという存在が彼女の心に深く刻みつけられたことだろう。これで最初の上下関係は決まったな。

 ちなみに、酸素欠乏症は後遺症が無いように体の傷と合わせて対処済みである。


「ル、ルシファの戦闘力は昨夜で思い知った……。罠に嵌めて敵対するくらいなら、友好的に接したほうが我らに利がある。盗賊を壊滅させたのだろう? 報奨金も出るし、今回のお詫びも渡すつもりだ」

「なるほど。そういう理由か」

「あ、おじ様! そろそろ買い出しに行かないと、食糧庫に生鮮食材がありませんよ! 痛んだり腐り始めたりしています!」


 あぁー。そっちの問題もあるか。保存食はまだまだ残っているが、生鮮食材、特に野菜がない。屈強な魔王の肉体を保つには栄養バランスは重要だ。それに、魔力で補っているとはいえ、エリザとリリスも実はまだ栄養失調なのだ。

 身の回りの世話や食料の管理など、本来は魔王がすべきことではない。担当の配下を増やして勢力拡大が目下の急務だ。

 レヴィアによる誘いは絶好の機会かもしれない。ブラウを送り届け、母親の料理を食すこともできる。エリザとリリスには配下に相応しい衣服を用意してやらねばな……。

 オレの考えはまとまった。レヴィアの申し出を受けようと思う。


 ――これを機に辺境都市ジュラスとやらにオレ、魔王ルシファの名を轟かせてやろうではないか!





 ぐるるるるるぅ~!





 な、なんだこの雰囲気をぶち壊す間抜けな音は!? せっかく魔王らしく格好よく決意したところであったのに!


「す、すまない。さっきから我慢していたのだが、空腹で腹が……」


 ぐるるるる~!


 真っ赤な顔でお腹を押さえるレヴィア。羞恥心で死にそうな彼女は、年相応の幼さが見て取れた。可愛いところもあるじゃないか。


「すぐに朝食をご用意しますねー」

「ブラウニー、ワタシもおかわりぃ!」

「私にもお願いします」

「はいはーい。承りましたぁー」


 颯爽とエプロンを翻してキッチンに立つブラウ。おかわりを要求するエリザとリリス。恥ずかしそうに席に着席するレヴィア。同じく空腹で苦しそうな男たち。


 ――全く締まらんなぁ……。魔王の御前だぞ。


「ルシファおじ様はどうします? おかわりの玉子焼き、食べます?」

「……うむ、いただこう!」


 オレは魔王らしく横柄に、そして傲岸に深く頷くのであった。


お読みいただきありがとうございました。


これで【第二節 蒼の姫騎士との邂逅】が終了です。


次回から【第三節 辺境都市ジュラス】です!

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