青で赤は消せない
「青のカプセルをいくら積み上げても赤のバイキンが消えないように、私があげられるものじゃ君のその孤独と絶望を打ち消すことはできないよ」
言っている意味がわからなかったので少女の目を見つめると、少女は「なんでそんな顔するの?」とでも言いたげな不思議そうな顔になる。
「……カプセルだのバイキンってなんの話だ」
「え? ただの例え話。ドクターマリオくらい知って……ひょっとして知らない?」
以前この女がやっていたところを見たことがあるのでどういうゲームなのかは知っているが、なんだってあんなもので例えたのか、そもそもなにが言いたいのもわからない。
「ゲームだろ。たしか……ステージに蔓延る三色のバイキンに同じ色のカプセルを何個か隣接させて消していくやつ」
「そうそれ」
「だから、なに?」
「いやだからさ……君が欲してるのは家族愛、とりわけ親からの愛情だね。けれど私があげられるのはせいぜい恋人に向ける愛情とか友愛だけ、それじゃあ君のその孤独も絶望も消すことはできないってお話だよ」
「はあ?」
だからそれがなんだというのだ、そう問いかける前に女は聞いてもいないことをペラペラ話し出す。
「絶望や孤独を空虚や空っぽだと例える人がいるけど、多分それは違うんだ。だって空虚なら別の何かで埋めてなかったようにできるかもしれないけど、大抵そう簡単にはいかないでしょう。だからそういう感情はなんかものすごい頑丈な塊で表現すべきだと思うんだよね。だから埋めるんじゃなくて消すしかないし、その孤独と関係ないものを積み上げたところで無駄なんだ。積み上げたところで下にあるものは消えないし、積み上げたものの重さでペシャンコに潰れてなくなってくれることもない」
「……話はなんとなく分かった。それで、何が言いたい?」
「私に期待するなと言いたいだけだよ。それは遠からず失望に変わる。その時になったら私はどんな罵倒でも受け入れる覚悟があるけど、余計な期待をして失望するのって普通に失望するよりもきついじゃん? だから先に忠告しとこうと思っただけ」
「…………あ?」
「そんな顔されても訂正はしないよ、本当のことだもの。なんなら今、鏡を見せてやろうか? 君とは随分長い付き合いになるけれど、その寂しそうな目は出会ったことからずっと変わらない」
黒目がちな目でじいっと見つめられる。
互いに視線を逸らさず数十秒沈黙が続いた。
耐えきれなくなったのかこれ以上は無駄だと思ったのか、女は表情を少しだけ崩して口を開く。
「君のその孤独がバイキンじゃなくておじゃまぷよだったらビッグバン連発し続ければ私でもどうにかできたかもしてないけど……そこまで単純で簡単なものだったらもうとっくにどうにかできてたはずなんだ」
「お前素でビッグバン打てたことないだろうが」
ふぃーばーとやらの時しかこいつが十五連鎖以上しているところを見たことがない。
「下手の横好きだからね。素だと十連鎖が奇跡的に一回だけ。フィーバーならいけるけど」
「そのふぃーばーでも三割くらい失敗するくせに」
というか多分、素人の俺の方が上手い気がする。
この女はゲーム好きだが、とにかくゲームが苦手なのだ。
パズルゲームの類は二番目、ぶっちぎりにやばいのがアクションゲームの類。
頭がおかしいレベルで暴走しているのを何度か見たことがある。
自爆は基本、後は敵に無防備に突っ込んだりコマンド間違えたり。
素人でも手が出しやすいらしいあのピンクの丸いのでさえしょっちゅう死んでる。
自由にいつまでも飛べるキャラ使ってるくせになんでこいつはあんなに落下死するんだろうか。
本当にゲーム好きなのだろうか?
「と、まあそういうわけだから私が不要になったらいつでもこの手を振り払ってくれて構わない」
「あ?」
何がどうして『そういうわけ』なのか。
このすっとこどっこいめ、余計な口を叩くくせにいつも説明不足になるこの馬鹿頭は一体何をどうすれば治るのだろうか。
「君の孤独を消せないどころか、なんの役にも立たないコレが不要になったら、いつでも遠慮なく捨ててくれて構わないってこと」
女は自分の顔を指差しながらケラケラと笑っている。
この女のこういうところがものすごく嫌いだ、時々殺したくなる。
いつだって手を伸ばすのも掴むのもこちらばかり、掴み返す程度のことはするがそれだけ、どうして自分からこの手を掴み続けようとは欠片も考えないのか。
「……俺が捨てたら、お前はどうする気だ?」
「さようならして、それでおしまいだね」
「薄情者」
「えー……そんな風に言われるのは心外だなあ……私は君のことを愛しているよ、君が思ってるよりもずっと。出来ないことばかりだけど、それでも君の望みは出来るかぎり叶えたい。だから、手放されたら潔く去るのも愛の一つだよ」
当たり前の常識のように言い切ったその女の態度が、ものすごく気に食わなかった。
「ならお前が俺のことを大嫌いになった時、俺がお前を手放さないとするなら、それはお前のことを愛してないってことになるわけか?」
女は虚をつかれたような表情で俺の顔をじいっと見つめた後、淡く笑う。
「君は本当に面倒くさいなあ」
ニコニコと笑う女は「そんなことは絶対にありえないから安心して」とこちらの頭を撫でてきた。
子供扱いされているようで不快だったが、案外心地よかったのでされるがままにされてやることにした。