大都コリンド
お菓子の幸せパワーによりアリンナが元気を取り戻したあとは、ごく自然な流れで今度は三人でお喋りを再開した。
やっぱりアリンナとはすごく話が合って、お互いの故郷のことに始まり、好きな服やお菓子など、次から次へと溢れ出てくる話題にはもはや言葉の方が追いつかないほど。
さらには美味しいお菓子とお茶まであるのだから、盛り上がらないはずがなかった。
ああ~、楽しい!楽しすぎるよ~!
そうして私達がお喋りに大輪の花を咲かせてしばらくたったときのこと。
「…でね、そのときリズちゃんってば、『あんた達知ってる?ストレスってのは美容の最大の敵なのよ。つまり、私の前にあるこの嫌がらせみたいな書類の山はまさに美容の天敵と言えるわけ。ここまで言ったらもう分かるでしょ?あとは私の代わりにやっといて♡…あ、何よその目は!?』なんて言い出してさ~。リズちゃんももういい歳なんだから、いつまでも『やっといて♡』とか痛々しいこと言ってないで、いい加減現実を見て……って、あれ、ソラちゃん?どうしたの?」
ふと、ここまでずっと楽しそうに微笑んでいたソラちゃんが、扉の方を見て首を傾げていることに気づいた。
「誰か来たのかい?」
アリンナもすぐにソラちゃんの変化に気づき、尋ねつつ同じく扉の方へと目を向ける。
「ううん、その逆で、さっきから誰も来ないなぁ、って…」
「あ、言われてみれば…」
「そういえばそうだね」
ソラちゃんの言葉に、今度は三人揃って首を傾げてしまう。
お喋りに夢中で気づかなかったけど、確かにさっきから誰も来ていない。
まさか、ここまで合格者が私達以外には誰もいなかったってこと?
…いや、流石にそれはないよねぇ。
一瞬そんな考えが浮かんでくるも、間を空けずに自分で否定する。
あれだけの人がいてあの問題を私達以外誰も解けなかったとか、いくらなんでもあり得ない。
「気配では私達とは別の部屋に集まっている人達と、数は少ないけど、試験の部屋から退室してそのままお屋敷を出て行く人達とに分かれてる感じだね。ただ、それがどういうことなのかがよく分からなくて…」
「うーん、確かに…」
すると私の疑問はすぐに伝わったようでそうソラちゃんが状況を説明してくれたものの、やっぱり理由は分からなかった。
お屋敷を出て行く人はもしかしたら不合格ということなのかもしれないけど、ならば別の部屋に移動した人達の方は何なのか。
判断しようにも情報が足りなすぎて、ソラちゃんの言うとおりさっぱりである。
というわけで二人してまた首を傾げていると、今度はアリンナが目を瞬きながら私達を見ていることに気づいた。
「えっと…、二人ともさっきからいったい何の話をしてるんだい…?なんか気配がどうとか言ってたけど…」
「え?あ、そっか」
ぽかんと呆気にとられた表情のアリンナに、ポンッと心の中で手を打つ。
ずっと一緒にいる私にとっては当たり前でも、アリンナはまだソラちゃんの特技を知らないんだから疑問に思うのも当然だろう。
なのでさっそく説明しようとするも、そうする前に何かに気づいたようで、ハッとしたあと一転して顔を輝かせた。
「あ、分かった!これって多分アレだよ!実はこんな噂があってさ…」
そしてそう前置きをしたアリンナが語ってくれたところによると、どうやら大招集で優秀な成績を納めた人にはより高級、つまり給金のいいお仕事を任される、なんて噂話があるらしい。
もっとも噂話と言いつつもアリンナはその話を確信しているようで、
「まあ、そうなるとアタシがここにいるのは謎なんだけど、全問正解したアンタ達がいるってことは多分そうなんだよ!」
少しつり気味目を見開いて興奮気味に話す様子からもそれは明らかだった。
「う、うーん…」
「そ、そんな噂があるんだね…」
でも一方で、私達は思わず顔を見合わせてしまう。
噂話というのは大体が面白おかしく脚色されているものだけど、存外蔑ろにも出来ないもので、まったく根も葉もない話ならそもそも広がらない。
そのことを踏まえれば、この話も少なくとも根拠となる何かがあるのだろう。
ただそうは言っても、
__ちょっと話が出来すぎてるよねぇ…__
__うん…__
正直あの試験で優秀だからと言われても、すんなり受け入れるのは難しい。
…だって足し算引き算するだけだし。
何より、あらゆる噂話を網羅するマリナさんや、予知能力があるとしか思えない生き字引のお母さんからもそんな話は聞いたことがないし、それにもし噂が事実であるのなら、事前に説明があって然るべきだろう。
__でも理由はともかく、意図的に分けられたのは確かだし…__
__うーん、今の状況じゃ、これ以上考えても分からないかぁ…__
どうにも違和感が拭えないけど、他に答えになりそうなものがあるわけでもないし、嬉しそうなアリンナに水を差すのも気が引けたので、ひとまず保留ということでソラちゃんと頷き合う。
考えても仕方ないことは考えない!
これは私の座右の銘である。
なお、決して考えるのが面倒だとかそう言う理由ではない。ないったらない。
ともあれ、そんな風にして大興奮のアリンナをさりげなく宥めつつまたお喋りを楽しんでいると、ほどなくして先ほどのお爺ちゃん貴族が入ってきた。
「ふむ…、今年は三人か…」
私達を見て、眉毛に負けず劣らずふさふさの白いお髭を撫でながら呟く。
相変わらず眉毛に隠れて目はほとんど見えなかったけど、その声音からは満足そうな気持ちが伝わってきた。
そうだ、このお爺ちゃんに聞いてみようかな?
位の高い貴族の中には、平民から話しかけれただけで不敬だなんだと騒ぎ立てる人もいるらしいけど、このお爺ちゃんは温厚そうだし大丈夫な気がする。
「あのぅ…、合格したのって、私達だけですか?」
「んん?いや、合格したのは無論お前達だけではない」
なので、ちらっとソラちゃんに目配せしつつ思い切って尋ねると、予想どおり特に気分を害した様子もなく、すぐに私の方を向いて答えてくれた。
ただこのお爺ちゃん、一筋縄ではいかず、
「だがお前達は合格者の中でもひときわ優秀だったので、特別にこの部屋で待機するよう指示したのだ。ふぅむ、これは先ほども説明したと思ったが…」
続けてそんなことも言い出した。
いやいや、してないしてない!
もしホントに説明しているのなら、想像の世界に旅立っていた私はともかく、ソラちゃんが聞き逃すはずがない。
でも思わずそう口にしそうになったところで慌ててつぐむ。
いくら温厚なお爺ちゃんだとはいえ相手は貴族。
流石に口答えまでしてはよろしくないだろう。
それにお爺ちゃんはただ思い違いをしているだけで噓をついている感じはしないし、少なくとも私達が分けられたのは、ホントに優秀だと判断されたからだということだけは分かった。
__…もしかして私達の考えすぎ?__
__そう…なのかなぁ…__
小さい頃から「世の中は決して自分の願望や都合に合わせてはくれない」「うまい話には必ず裏があると疑え」と叩き込まれながら育った私達は、幸か不幸か、実際にそのことを実感できる機会に度々恵まれてきたためについ構えてしまったけど、たまには例外もあるらしい。
もう一度ソラちゃんに目を向ければ、まだ少し悩んでいたものの、やがて同じ結論に至ったようで小さく頷き返してくれた。
うぅ…、疑っちゃってごめんね、アリンナ…。
ほら言ったとおりだったろ?と嬉しそうな顔を向けてくるアリンナに、ソラちゃんと二人、決まり悪く微笑み返しながら心の中で謝っておく。