大都コリンド
しかし。
「あ、メイ、前…」
「へぎゅ!?」
親友に対してちょっと後ろめたいことを考えてしまった罰なのか、スムーズに目的地に到着とはいかず、暗がりからヌッと出てきた人影とぶつかってしまった。
しかも顔から突っ込んだため、マンドラゴラが馬に踏まれた瞬間のような声まで出てしまう。
ちなみにマンドラゴラの場合は、そのままの状態で絶叫を始めるというすごくシュールな光景が展開されるけど、もちろん私は叫んだりなんてしないので、せいぜい涙目になるくらいである。
うぅ…、なんか前にも同じようなことがあった気がするよ…。
……。
…あれ?
もしかして私って結構ドジな子なんじゃ…?
思い返せば、顔から何かにぶつかったのはこの一ヶ月の間だけですでに三回目。
愛すべきドジっ子としても有名だった、あのララちゃんに並ぶ記録である。
「ち、違うから!これは別に私がぽやっとしてるんじゃなくて、運命の神様が私のことを嫌っているからこんな場面にばかり遭遇するっていう、いわゆる確率論的かつ神秘的な話だから!」
「だ、誰に言ってるの、メイ…?」
なにやら衝撃的な事実に気づいてしまい、顔までマンドラゴラっぽくなる中、自分でも誰に言い訳しているのか分からないままに、とにかく必死に弁解する。
だって天真爛漫で不思議なところのあるララちゃんならそれもむしろ魅力のひとつになるけど、何かと子供っぽく…げふげふん!若々しく見られる私が同じことをしたところで、孫を見守るお爺ちゃんお婆ちゃんみたいな目が返ってくるだけなのである。
素敵な大人の女性を目指す私としては、これ以上若々しく見られるのは何としてでも避けねばならない。
…って、今はそんなことを気にしてる場合じゃなかったよ!
ただそういったわけで焦る私だったけど、すぐに意識はぶつかった人の方へと向いた。
ぶつかったとき向こうはびくともしてなかったから、きっと怪我とかはしていないと思うけど、突然だっただけにさぞかしびっくりしたに違いない。
私の不注意が原因なんだし、まずはきちんと謝らないと!
なので慌てて顔を上げて口を開く。
なお顔を上げたのは、ぶつかった人が私よりも背が高かったからである。
…まあ、大半の人は私より背が高いんだけど。ふっ…。
ところが。
「ごめんね!私、ちょっとボーッとしてて…って、うげ…っ!」
目の前の人を認識した途端、思わず気持ちがそっくり口から零れ出てしまった。
「あん?なんだぁ…?ヒック!」
何故なら私がぶつかったのは、この辺でたむろして飲んでいたのだろう、三人の酔っ払い達だったのだ。
それもでろんでろんに泥酔した酔っ払いで、他の二人も、んあ?と濁った目を私達へと向けてきている。
このタイミングで酔っ払い!?な、なんて間の悪い…!
薄暗い裏路地で、真っ昼間から泥酔した酔っ払いに、よりにもよって真っ正面からぶつかったというのが今の状況である。
もう嫌な予感しかしない。
とはいえぶつかって申し訳ないと思う気持ちはホントなので、やるべきことに変わりはない。
「ほ、ホントごめんね~!ちょっと急いでて…。いやあ、私ってばうっかりさんだなぁ!あ、おじさんにも怪我はなさそうだね!いやあ、よかったなぁ!うーん、よかったよかった!それじゃあ、私達はこれで…」
「おおっと、そりゃあねぇだろ、お嬢ちゃん」
しかし私が誠心誠意謝るも、案の定そのまま通り抜けようとした先に一人が回り込んできた。
暗い路地でも分かるくらいの赤ら顔でニヤニヤと薄笑いを浮かべている。
あーっ、やっぱり絡まれた!もう時間がないのに!
うぐぐ…、運命の神様め…!昨日の宿といい、そんなに私のことが嫌いかーっ!
…まあ今回のは私が悪いんだけど。
村でもよく泥酔する四人がいるので、「酔っ払い=面倒」ということは嫌になるほどよく分かっている。
ついこの間もそのうちの一人に「なんだぁ~、私の酒が飲めないのかぁ~!って、あんたまだ子供だったわねぇ~。え?もう子供じゃない?ぷぷぷっ!今のは面白かったわ~!」とか絡まれたばかりなのだ。
一方的に絡んできた挙げ句に、人が気にしていることをずけずけと言い放って爆笑するという理不尽。
ちなみに、無駄に筋肉ばかり発達して心は少年のまま止まっている他の三人も大体同じような感じである。
うがーっ、思い出したらなんか腹立ってきたっ!
そういえばお土産にお酒が欲しいなんて言っていたから、何かびっくりどっきりするようなトンデモ品を買って帰ろうと、密かに復讐することを決意しておく。
とにかくそんなわけで酔っ払いというのは魔物と同じくらい厄介であり、私は自分の不注意を深く深く後悔した。
「いいかぁ~?おめぇみたいなガキにゃあ分からんだろうが、大人の世界にはなぁ、うぃ~、礼儀ってモンがあってだなぁ…。ま、おめぇみたいなガキには分からんだろうが」
「またか!またそれか!しかも何故二度も言った!」
しかし何やら得意げな顔で酔っ払いの一人がそんなことを言ってきたので、後悔もそこそこに思わず目を見開いてしまう。
誰も彼も私を見るなり子供子供って、私はもう成人間際で(略)。
村でも散々言われ続け、山賊にまで言われ、挙げ句には大都に来てもなお言われるという現状には、温和なことに定評のある(自己評価)私も流石にご立腹である。
いい加減、このやりとりにも終止符が打たれてもいいんじゃないかと思う。
「私は子供じゃないって、これもうホント何回言ったか分からないんだけど!?」
「おお、綺麗な姉ちゃんもいるじゃねぇか!ゲップ!丁度いいや、俺達と一緒に飲もうぜぇ~!」
「聞いちゃいないよ!?」
だというのに地団駄を踏む私にはもはや興味がなくなったのか、続けて今度は、隣でおろおろと様子を見守っていたソラちゃんの方へヘラヘラと嬉しそうな顔で近づいてきた。
酔っ払いというのは会話もままならないのである。
うぐぐ…、これだから酔っ払いは!
「え、あ、そ、その、えっと…」
そして、そもそも酔っ払いが得意だという人なんていないとは思うけど、人見知りのソラちゃんはただでさえ知らない人が苦手であり、その中でもぐいぐい来る人は特に大の苦手。
思ったとおり、もし暗い夜道でアンデッドに出遭ったとしてもこれほどではないだろうというくらいものすごくたじろぎ始めたので、すかさず間に割って入った。
私の大事な親友には指一本触れさせないよ!
「悪いけど、私達急いでるから!」
ホッと安堵のため息をつく気配を背中に感じつつ、酔っ払い達をクワッと威嚇する。
「それじゃ…って、おじさん達、どんだけ飲んでるの…?いくら大招集だからって、流石に飲み過ぎじゃない?今日はもうその辺にしておいたら?」
でも、そのままソラちゃんの手を引いて強引に通り抜けようとしたものの、おじさん達の足下に広がる無数の空き瓶を見て、余計なことだとは思いつつもついそんな言葉が口をついて出てきた。
だって薬や食べ物ですら、摂りすぎれば毒になるのである。
お酒なんて言わずもがなであり、実際、飲んでいるときは大盛り上がりのリズちゃん達も、翌日はこの世の終わりみたいな顔をしているのを村でももう何度も見てきている。
なのになんでまた飲もうとするんだろうねぇ…。
私なら苦しむと分かっていればそうならないよう全力で回避するけど、世の中謎ばかりである。
「あんだとぉ~?けっ、ガキが生意気言ってんじゃねぇ!ヒック!」
すると案の定余計な一言だったらしく、ソラちゃんに見惚れていたおじさん達の眉がつり上がった。
「そうだそうだ!仕事はクビになり、かみさんには逃げられ、家じゃ厄介モン扱い…。そんな俺達の気持ちが分かるか!?うぃ~!」
「挙げ句に店にいきゃツケを払えと追い出され、家で飲めば働けと親父に殴られ、往来で飲んでりゃ衛兵どもが注意してきやがるときた。ならここ以外のどこで飲みゃあいいってんだバッキャローめ!」
な、なんかすごく悲しいこと言い出した…ッ!
お酒を飲まないという選択肢はないのだろうかと思いつつも、生々しく悲しすぎる告白に、つい言葉を詰まらせてソラちゃんと顔を見合わせてしまう。
ただその間にも話しながら色々と思い出したようで、酔っぱらいのおじさん達の方はどんどん白熱していく。
「ちくしょう…、どいつもこいつもバカにしやがって…!俺達が何したってんだ!」
「そうだ!ただ男らしく酒と賭け事に有り金全部つぎ込んでただけじゃねぇか!」
「俺達は悪くねぇ!悪いのは酒が高ぇのと一向に役が揃わねぇカードだ!」
「いやそれ、ただの自業自得じゃん!?」
でも話の中身は酔っ払いらしく、まったく脈絡がなかった。
お酒と賭け事に溺れて仕事をクビになったのか、はたまた逆なのか、いずれにしても困ったことに変わりはなく、それではお嫁さんに逃げられるのも道理だろう。
なんというか、絵に描いたような残念ぶりであった。
酔っ払いが人の話を聞かない、厄介極まりない人種であることは、さっきのやり取りやリズちゃん達のお陰ですでによく分かっていたはずなんだけど、あまりにもあんまり過ぎて思わず突っ込んでしまう。
「だいたい、なんでいつもあと一歩のところで役が揃わねぇんだ!あの時だって役さえ揃っていれば…!」
しかしやっぱり私の言葉は届かず、酔っぱらい達の怒りはますます激しくなっていく。
あ、これ、なんか嫌な予感が…。