大都コリンド
しかし、現実はいつだって私の予想を裏切ってくれるのである。
…主に悪い方向に。
「え!?ここも満室!?」
「申し訳ありません…」
「メイ、あっちの宿もダメだって…!」
「噓っ!?」
焦りを滲ませたソラちゃんの言葉に思わず悲鳴を上げてしまう。
満室だと断られたのは、これで通算八件目である。
始めはかねてより泊まりたいと思っていた人気宿をのんびりと回っていた私達だったけど、三件目辺りで人気宿どころか普通の宿すら怪しいという状況に気づき、慌てて目的を「泊まりたい宿を探す」から「泊まれる宿を探す」に変更。
ソラちゃんと手分けして、もはや目についたところを片っ端から入っていくという荒技に出ていたにも関わらず、未だに私達は部屋を借りられずにいた。
「な、なんでこんなに人で埋まってるの!?いくら大招集で人が増えたからって、それでもせいぜい二、三百人くらいじゃないの!?」
二、三百人といえばせいぜいどころかすごい数だけど、この広いコリンドならそれも微々たるものに過ぎない。
というのもコリンドは大都と呼ばれるだけあって、商いや観光などで毎日その数十倍もの人が出入りしているのである。
それだけに宿も相応に多く、数百程度の人数で埋まってしまうことなんてないはずだった。
「…うっかりしてたけど、大招集って数年に一度のお祭りみたいなものだよね?ほら、ここも商人風の人達が多いし、もしかしたらそれが原因でこんなに混んでるんじゃないかな…」
「それだ!」
でもソラちゃんの言葉にすぐに納得した。
考えてみれば、大招集の期間は数百という募集者達が確実に街へとやってくるのだから、当然利にさとい商人がそのチャンスを逃すはずもない。
行商人は各地から集まってくるだろうし、既存のお店もすかさず特別な売り出しを始めたりするわけで、そうして街全体が盛り上がれば、今度はそれを目的として人がまた増えるのは自明の理であった。
お祭りというのはまさに言い得て妙だろう。
実際今日はいつもよりも人通りが多く、もう日が暮れているというのに街全体が未だに賑やかな雰囲気に包まれていた。
しまった、ちょっと考えれば分かることだったのに…!
言われるまで全然思い至らなかった。
どうやら自分で思っていた以上に浮かれていたらしい。
もっとも分かっていたからと言って、村での仕事を早めに切り上げて出発できたかどうかはまた別の問題なんだけど。
「あーっ、どうしよう!?このままじゃ私達は街の中で野宿だよ!?…いや、街の中だから野宿じゃなくて、街宿?…って、今そんなことはどうでもいいのっ!」
「お、落ち着いて、メイ」
焦り過ぎて混乱する私をソラちゃんがおろおろと宥めてくれる。
確かに、今は混乱なんてしている場合ではない。
スー、ハーと深呼吸をして少し落ち着きを取り戻し、すぐに頭を切り替える。
「とにかく!人の多い南門近くはまず無理そうだから、もう少し離れたところを目指しつつ、同じように片っ端から宿に入っていこっ!」
「うん、そうだね!」
そしてソラちゃんと二人、ひとまずは北に向かって大慌てで駆け出した。
……。
それから一刻(約二時間)ほど。
「ようこそいらっしゃいました!今日は人が多く、なかなか宿が取れずに大変だったでしょう!さあ、当宿で存分にその疲れを癒していってください!」
走り回った甲斐もあり、なんとか空いている宿を見つけることができた。
「た、助かったぁ…」
先がくるりと丸まった、長い顎髭が妙に印象的な宿の主人さんに出迎えられて、ホッと一息つく。
外はもう完全に日が落ちて真っ暗。
この辺りは商業街でもかなり外れた場所だからなのか、夜でも煌々と光に溢れる大都とは思えないほど暗い。
今日は月が出ているからいいけど、もし曇っていたら松明が必要になるレベルで、私達の村といい勝負であった。
なにはともあれ、空いてる宿があって良かったよ…。
はぁ~、一時はどうなることか…と…。
しかしそこで初めて周囲に目が向いた。
同時に自分達がどういう宿に入ってしまったのかを理解して、サァッと血の気が引いていく。
__ね、ねえソラちゃん、この宿…__
__う、うん…__
思わずソラちゃんと顔を見合わせたあと、もう一度視線を戻してよく見直す。
でも何度見返そうと、残念ながら見える景色は一向に変わらなかった。
まず目に付いたのは調度品の状態。
さっきまでは宿を取ることに一生懸命すぎて気づかなかったけど、よくよく見ればカウンターやテーブルなど室内のあらゆるものは朽ち果てていて、例えば椅子になんて腰掛けようものなら、きっとそのまま自動的に床まで運んでくれることだろう。
実にアクロバティックな座椅子とも言えるけど、残念ながら私達も含め大半の人は椅子にアクロバティックさは求めていない。
挙げ句には掃除すらまともにしていないようで、窓のさんなどには遠目にも分かるくらい埃が溜まっており、天井の隅にはあろうことかクモの巣まで張っているような始末であった。
私達の村も確かにボロボロだけど、少なくとも椅子はちゃんと椅子として機能するし、掃除だって一日たりとも欠かすことはないから、隅っこにさえ塵一つ落ちていない。
つまりここは一歩間違えれば廃屋に見えるボロボロの我が村をも通り越し、もはや廃屋そのものと言っても過言ではないような状態だと言えるわけで、安心したのもつかの間のこと、私達は現在もなおどうにもなっていなかったということであった。
__これ、絶対泊まっちゃ駄目な宿じゃない!?__
__うん…__
天井のクモの巣に引っかかってもがく蛾が、もはや私達の姿にしか見えない。
まさかこの洗練された大都で廃屋に出遭うことになるとは。
咄嗟に気づけなかったのも仕方のないことだろう。
これでは野宿と大差ない。
「いやあ、それにしてもお嬢さん方は素晴らしく運がいいですなぁ!実は当宿は知る人ぞ知る、『大都の秘境宿』などと呼ぶ方もいらっしゃるほど有名な宿なのです!まあ、価値の分からない方にはさも寂れているかのように見えることでしょうが、きっと聡明なお嬢さん方ならこの宿の真の良さを分かっておられることでしょう!いや、そのお歳で素晴らしいご慧眼をお持ちだ、はっはっは!」
「……」
知る人ぞ知る秘境宿なのに、有名ってどういうことなの…。
あまりの状態にショックで立ち尽くしていたものの、宿屋の主人の妙に明るい突っ込みどころ満載の声に、思わずジトッとした目を向けてしまう。
でも愛想よく笑うその目を見るなり、すぐに状況を理解した。
ははぁ…、そういうことね…。
素直で純真なソラちゃんは「え、そうなんだ…」なんて可愛らしく宿の中を見回しているけど、幸いというべきか世俗にまみれた私は親友ほど純真ではないし、それにこういうことには人一倍敏感な方だった。
だから相手がさも人の良さそうな顔でニコニコと笑っていようと、目を見ればどんなことを思っているのかなんてすぐに分かる。
今のだって心の声に置き換えるなら、さしずめ、
__しめしめ、見るからに田舎から出てきたという感じのカモがやってきた
ぞ!とりあえずそれっぽいことを言っておけば、きっと勝手に納得して
くれるに違いない。そうすれば、多少値段を高くしても喜んでお金を
払ってくれるだろう。まあ、これも都会の洗礼という奴だ、悪く思わな
いでくれよ、ふっふっふ…__
と言ったところだろう。
都会に出てきた以上、いつかはこういう人にも出遭うことになるとは思っていたけど、どうやらさっそくお出ましになったらしい。
これはさっさと次の宿に行った方が良さそうだね…。
__…ソラちゃん、ここは私に任せてくれる?__
__え?あ、うん、お願い__
ため息交じり目配せすると、ソラちゃんが、あれ?というように首を傾げながらも目で頷き返してきた。
ソラちゃんには、今後もその純真さを失わないで欲しいと切にお願いしたい。