お土産
2019年の初冬、良介は6時50分新大阪駅発のさくら543号に予定通り乗車した。
博多駅に程近い取引先とのアポイントは10時なので、その後に発車するのぞみに乗車しても十分間に合う時間なのだが、いつも出張の時には“さくら”に乗車すると決めていた。
中央通路を挟んで左右2席ずつのゆったりとした指定席は、木目調の幅広い肘掛けとグリーン車かと思うくらいフカフカのシートで乗車客を楽しませてくれる。
「同じ料金を支払うなら、少しぐらい出発時間が早くなってもこっちの方がお得だな」と、乗車前に購入したホットコーヒーを口に含んだ。
40歳になる良介は、会社からの大きな期待と顧客からの厚い信頼に応えるべく、日々仕事に邁進していた。
専業主婦の妻と小学6年生の息子、小学4年生の娘との4人暮らし。大阪市内にマンションを購入し、あっという間に8年が経過していた。
1年前からエリア担当となり、九州への出張も今日で8回目になる。
出張当初は気分も高揚し、スマホに写し出される時刻表を何度も確かめることが多かったが、今では全く違った。乗車前に立ち寄る売店で、朝刊1紙と缶コーヒーを購入するのが常だった。
コーヒーを飲みながら大きな見出し記事を一回り読み終えると、一旦眠りに落ちる。目を覚ますと今度は小さな記事を隅から隅まで目を通す。到着までの残りの時間はスマホを見ていることが多かった。
打合わせに必要な資料は既に出来上がっている。スマホの画面を見ながら、頭の中で取引先からの質疑に対するシミュレーションを行う。
成長なのか、慣れなのか・・・
良くも悪くも人間は変わっていくものだと自覚しながら博多駅のホームに降り立った。
10時からの打ち合わせを終えると昼食を挟み移動。午後は箱崎と天神にある取引会社を訪問し、予定していた仕事も問題なく終了した。
出張は、2~3日滞在することもあれば、日帰りで帰ることもある。今回の出張は日帰りで、18時11分の新幹線に乗車して帰阪する予定だった。
乗り物が時代に合わせ進化すると、日帰りでも可能な遠距離出張が増えてくる。経費削減が叫ばれるこのご時世、人類の進化が多くの出張者のやる気を失わせるだけではなく、出張自体も無くなる時代が来るのでは、と考えながら博多駅構内にある売店へ立ち寄った。
腕時計は17時50分を示している。家族へのお土産と座席で飲むビールとつまみを買う時間には十分余裕だった。
こちらも出張当初は、お土産を買うのに随分と長い時間を費やしていた。
妻には明太子、子供たちにはご当地が全面にアピールされているお菓子や定番の「博多とおりもん」など。
その頃は、家に帰るとお土産を楽しみにしていた子供たちが、海賊ごとき手に入れた宝物を抱え部屋中を走り回った。
「これママのやなあ」、「これエミがもらうね」といった笑顔が溢れていた。
家に帰った後の子供たちの想像をしながらお土産を購入していた。
「今日はどうしようかなあ」と呟きながら、子供たちの笑顔を思い浮かべつつ焼き芋が印刷された12個入りスイートポテトと可笑しな顔が印刷された12枚詰めせんべいを1箱ずつ手に取り、レジへ進んだ。
かしわめし弁当と缶ビール2缶、筒型のポテトチップスも一緒に買い物かごに入れて。
博多駅を出発する前から弁当をつまみにビールを飲んでいると日中の疲れも重なって眠気がすぐにやって来た。気づいた時には既に新神戸を通過していた。
21時過ぎに家に着くと子供たちはリビングでテレビを見て過ごしていた。
「お帰りい」という笑顔に対してお土産が入った紙袋をダイニングテーブルの机に置き、
「ありがとお」という声を背に聞きながら浴室へ向かうことにした。
風呂から出て、脱衣室で濡れた体を拭いていると子供たちの言い争いが聞こえてくる。
「これは俺の」、「違う、パパはエミに買ってきてくれたのお」
スイートポテトもせんべいも個包装されたものだから仲良く分ければ良いのに、
と考えながら脱衣室のドアを開けると、
筒型のポテトチップスを妹から奪われないよう頭上に持ち上げ、部屋中を逃げ回る息子がいた。
「そっちかい!!」