理容師免許の無い寡黙な助手
このお話は、1995年(平成7年)の事です。
駅前に、自分が通っていた低料金が魅力の理髪店がありました。
この頃、理髪店は平均4000円位でした。
その理髪店は当時としては珍しく、1600円でカット、洗髪、顔剃り、髪セットを一通りやってくれるのは良かったのですが、理容師の態度が大きくて曖昧な要望を言うと、
「うちは安くやっているんだから出来ないよ、他に行きな!」
と、言い放ってくるので、お客さんは機嫌を損ねないように、いつもお任せで通していました。
その理髪店は全部で7席あるのですが、その全ての席の雑用をしている助手のおじさんがいました。
低料金の為に7席はほぼフル稼働をしていましたが、助手のおじさんが常に周りを気を配っていて、絶妙なタイミングで道具を用意したり床の清掃をしていました。
よく周りが見えている人を、後ろに目があるなんて事を言いますが、正しくそんな感じでした。
ただ、助手のおじさんは働きにそぐわず、理容師免許が無い事を多くの理容師はバカにしていました。
当時、低料金の理髪店は駅前に2店あったのですが、他の理髪店でも低料金化が進んでくると以前ほどお客さんは入らなくなりました。
それでも自分はそこに通っていたのですが、日頃から理容師の態度が悪いのは不愉快でした。
後日、その理髪店で散髪をしている時に、店の奥で人員削減の話をしていました。
理容師からクビを言い渡されたのは、助手のおじさんでした。
この頃は10人位いた理容師も半分になっていました。
それで、遂に助手のおじさんも用済みになってしまったのです。
周りにいくら低料金の理髪店が出来ても、駅前だったのでそれなりにお客さんはいましたが、助手を失ってからはあっという間に傾きました。
何故なら、理容師は助手の仕事を軽視していましたが、いざやってみるとおじさんの様には動けなかったからです。
昔から馴染みのお客さんは、手際の悪さや不快な温度の蒸しタオルをかけられたりで、どんどんと他店に流れていきました。
今までは、お客さんの待合席で理容師が煙草を吸いながら新聞を読んでいるなんて事があっても、低料金が魅力で黙っていました。
しかし、低料金で感じがいい他店には到底敵いませんでした。
その理髪店は、2ヶ月もしないうちに廃業してしまいましたが、理容師を入替えて助手のおじさんがいれば、まだ来てくれたお客さんもいたと思います。
何せ、自分もそのうちの1人でしたから。