【俺の婚約者のワードローブには】
クララベルのワードローブは小部屋ほどの大きさで、奥まで続いている。
両側には沢山のドレスが型に着せられて並べてあり、服屋のようだ。
白い布地は陽光で色が変わってしまったりするから、服の品質を保つために、暗室にされているのだろう。今日は曇っているので程々に暗いが、天気がいい日は小さな明かりとり窓から、一筋だけ日の光が差すはずだ。
ここを使用する時は、明かり無しでは普通の人には暗すぎる。しかし、竜の目は暗闇でもさほど困ることはない。
俺は薄暗い中を苦もなく進む。
クララベルの気配が隣の部屋からするが、とりあえず今は危険はなさそうだし、やる事もないのでワードローブの奥まで歩いてみる。
一角には棚が設えてあって、装飾品が保管されている。
繊細な造りの品が、クララベルの本当の好みだ。クリスタルや銀糸の精緻な細工に、控えめな宝石が慎ましく並んでいる品々が並ぶ。
銀がくすんだ様子もないので、細やかに手入れがされているようだ。
竜の好むものとも一致しているし、クララベルは竜の感覚に近いものがあるのだろう。
もしクララベルがバロッキーの仕事をするとしたら、ルミレスの仕事を手伝えるかもしれない。
対して、その横にある仰々しい派手なアクセサリーが、いわゆる戦闘用の装身具だ。
値段勝負の大きな宝石、金ばかり使ったごてごてした細工――相手に威圧感を与える為だけの、まさに我儘王女に相応しい品といえる。
心を覗いているようで、ほくほくしながらワードローブを進んでいくと、クララベルが気に入っているものが並べてある。
貝に彫刻されたカメオは海から遠いこの国ではなかなか手に入らないものだし、どこで手に入れたのか、虫が閉じ込められた琥珀なんて珍品もある。
身に着けることを想定されていない宝石の原石や、宝石のはめられていない細工された台座だけ、なんてのもあった。複雑に編まれた絹の房は何に使うのかわからないが、間違いなくクララベルの琴線に触れた品なのだろう。バロッキーから送られた装飾品も並べてある。
「……なんだこれ?」
丸い木の節か? つやつやと丁寧に磨き込まれているが、このへんになると、どういう基準で収集しているのかわからないくらいだ。
「まあ、好きなんだろうな、これが」
この列には、クララベルの「好き」が並んでいるのだ。
普段は強がってなかなか見せない、クララベルの内面を可視化されたようにで感慨深い。
そのまた奥にカーテンで仕切られた場所がある。ここにも小窓があって、少しだけ陽が入るようになっていた。
音を立てないようにそっと中を覗くと鏡台が置いてある。古いものだ。
横の籠には以前、俺のスケッチブックから抜き取って行った素描がゆるく丸めて無造作にいれられている。クララベルが破り捨てることも出来ずに素描を持ち去ったときは気分が良かった。
(飾ることも出来ずに、こんなとこに置いてあるってわけか、わっかりやすい)
よく磨かれて鈍く光る鏡台に、ビロード張りの盆があって、その上には古めかしい懐中時計が一つと、クララベルが持つには早すぎるような落ち着いた細工の銀の櫛が並んでいる。
どちらも型は古いが、よく手入れがされている――母親の形見に違いない。
ここにあるものは、クララベルの心の深い所を形成するものばかりだ。
俺は今、覗いてはいけないものを覗いてしまっている。
慌ててカーテンを閉めて出ようとすると、鏡越しにクララベルがいた。
今のクララベルではなくて、もっと幼い頃のクララベル。
描かれたクララベルは、大きく目を見開き、何かを見通そうとしている。
愛らしい唇、美しい瞳……忘れもしない、これはあの時のクララベルだ。
「――こ、ここにいたのか」
俺は口元を覆って、へなへなとしゃがみ込んだ。
このカーテンに区切られた場所は明らかにクララベルの心に近い場所だ。
クララベルは毎日その鏡台に座るたびにこの絵を見るのだ。
「なんだよこれ……こんなとこに、これを置くなよ」
俺が初めて描いたクララベルの肖像画が、隠すように飾られていた。
父の手で誕生日にクララベルに送られたが、俺はあれ以来一度も見ていない。
自分で言うのも何だが、この絵は、誰に見せても、そうと分かる傑作だ。
それなのにどこにも飾られている様子がなかったのをずっと不思議に思っていた。
しばらく放心していると、ワードローブの入り口が開いた音がする。
「ちょっと、ミスティ、どこにいるの? もう出てきてもいいわよ」
クララベルの目には真っ暗に見えているのだろう、よたよたと手探りで進むのが気配で分かる。
「やだ、下着とか荒らしてないわよね?」
ひどい言いがかりだ。
ここにいると教えてやるのも億劫で、近づいてくるのを待つ。
「ミスティ、そこにいるの?」
クララベルは、しゃがみ込んでいる俺を見つけて近づいてくる。
俺にはよく見えているが、クララベルは目を眇めて俺の輪郭を捉えようとしている。
「ミスティ?」
俺は、どうしようもなくクララベルが愛しくて、がばりと起き上がるとクララベルを抱きしめた。
「ちよっ、なによ?! どうしたの? 離して!」
離すはずがない。
さらにきつく抱きしめて恨み言を言う。
「うるさい。こんなところに閉じ込めて……」
「ごめんなさい。灯りが……いつもはレトがつけていたから気がつかなくて……」
何を勘違いしたのか、しおらしく謝ってくる。
「ミスティ、暗くて怖かった?」
ああ、俺が暗闇を怖がったのだと思ったのか……。
クララベルは驚くほど竜のことを知らない。
自分の中にだって竜の血が一滴ぐらいは流れているだろうに。
「……そんなんじゃないし」
別に、クララベルが竜のことを知らないなら、それでもいい。
暗闇に閉じ込めた罪悪感からか、俺の背に手をまわして宥めるように撫で下ろすのが気持ちいいし。
頓珍漢な勘違いをしているクララベルはそっちのけで、腕の中の存在を抱きしめ堪能する。
愛しくて、愛しくて、心臓が潰れそうだ。
「いや、やっぱりちょっと怖かったかも……」
俺は図々しく、もう少しこの状況を楽しむことにした。




