金も家も権力もあるが虐待される奴隷か、金も家も権力も無いただの平民か、それが問題だ
短編「私と婚約を続けるか、廃嫡されるか、どちらを選びますか?」の続きです。
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「か、考えさせてくれ……」
この国の第三王子であるハーランは、先ほどの元婚約者である子爵令嬢リリアナの「私と婚約を続けるか、廃嫡されるか、どちらを選びますか?」という問いに対し、こう答えた。
「そうですか。ではお帰りはあちらです」
応接室の扉を手のひらで指し示しながら帰りを促すリリアナを見ることなく、フラフラと覚束無い足取りで屋敷を出る王子の異様な様子に、部屋の外で待機していた護衛は首を傾げながら後をついて行く。
子爵家から誰一人見送りに出ることは無かったが、気にする者は誰もいなかった。
(どうすればいいんだ……)
子爵家からの帰りの馬車の中で、ハーランは先ほどリリアナに言われた言葉を反芻する。
(廃嫡されれば王位継承権だけでなく、王弟として爵位や領地を賜る権利すらも無くなってしまう。さらには王族として与えられた金や財産も全て取り上げられ、平民として身一つで王宮を出される。この私が金も家も無い平民になるなど、それだけは絶対に嫌だ!だが……)
踏みつけられた腕の痛みを思い出し、腕を擦りながら身震いする。
(隷属魔法など、奴隷と同じではないか! しかもあいつは毎日苦痛を味わわせると言っていた。あれを毎日だと?冗談ではない! そもそもあの怪力はなんだ! 男を片手で放り投げるなど、普通の貴族令嬢ではありえないだろう! 王族である私に対しての暴力と度重なる不敬な態度、絶対に許せん!)
リリアナから物理的に離れたことで余裕が出てきたのか、先ほどは恐怖に震えていたのに今度は怒りに肩を震わせる。
(だが、どうにかしてリリアナと婚約を続けなければならない。隷属魔法さえなんとか出来れば、あんな口約束、どうにでもなる。とりあえず、王宮の魔法師団長に相談してみるか)
今後の方針が決まり、精神的に落ち着いてきたところでちょうど王宮に到着した。
自分用に割り当てられた執務室に入るなり、代わりに仕事をさせていた侍従に魔法師団長を呼んでくるよう言いつけ、自分はソファに腰掛け侍女に紅茶を用意させる。
机の上にはまだいくつか仕事が残っているが、後で戻った侍従にさせるつもりでいる。
プライドは高いが努力が嫌いなハーランの学園での成績は中の中程度で、優秀な兄二人に比べてパッとしない。
以前王太子から隣国へ婿入りした第二王子の代わりにと、少しだけ執務を任された事があるが散々な結果に終わったため、以降は誰にでも出来る簡単な仕事しか割り振られなくなっていた。
これといった能力は無く、努力も出来きず主張だけは一人前の第三王子は王宮で働く者からは白い目で見られているが、本人は全く気づいていない。
紅茶を飲みながら魔法師団長の到着を待っていたところ、侍従が執務室に戻ってきた。一人で。
「魔法師団長はどこだ?」
「それが、今は忙しいので事前に約束を取り付けてから呼び出して欲しいと言われまして…」
「なんだと? こっちは急いでるんだ! 今すぐ連れてこい!」
「そう言われましても……」
「王子である私の言うことに逆らうのか!」
「いえっ! 決してそんなことは」
婚約破棄から何一つ思い通りにならず苛立ちを募らせ怒鳴るハーランを、侍従は汗をかきながら必死で宥める。
仕事を押しつけられ、魔法師団長の呼び出しに走らされ、その魔法師団長からは冷めた目で断られたあげく今度は第三王子の怒りを一身に受けることになり、限界を迎えた侍従は神に助けを懇願した。どうか私に御慈悲をと。
そうして聞こえた天の声。
「やあハーラン。随分と荒れているね。リリアナには会えたかい?」
「兄上!?」
この国の王太子でハーランより5つ年上の兄であるウィルフリードが、様子を見に来たのだ。
「兄上、どうしてこちらに?」
「それはもちろん、可愛い弟の様子が気になったからだよ。リリアナのところへ謝罪に行ったんだろう? 許してもらえたかい?」
王太子夫妻は元婚約者であるハーランよりもリリアナと交流がある。二人の不仲をよく知っている王太子は、リリアナが絶対に許さないことを知っていてわざと弟に尋ねた。
リリアナを冤罪で断罪したことで王太子夫妻からこっぴどく怒られていたハーランは、先ほどの子爵家での出来事を伝えたところで信じてもらえずまた怒られるだけだとわかっていた。
だが隷属魔法さえなんとか出来れば婚約を続けるつもりでいるので、リリアナから受けた暴力の事はふせて差し障りのない返答をする。
「はい。一つだけ条件を提示されたので、それさえ承諾すれば婚約を続けてもよいと言ってくれました」
「え? 本当に? あぁいや、条件があるんだな。どんな内容だ?」
リリアナが婚約を続けると思っていなかったウィルフリードはその返答に内心ひどく驚いたが、条件があるんだったと思い直して納得する。さぞかし無理難題をふっかけたんだろう。
「えっと……それは、まぁ、私一人で出来る範囲内の事ですよ。兄上が心配なさる程ではありません。今からその準備をするところなので、もうよろしいでしょうか」
「へぇ。そうなのか。まぁ頑張れよ」
目を泳がせおどおどとした態度で答える弟を、相変わらず腹芸の出来ないやつだなと残念に思いながらウィルフリードは部屋を後にした。
突然の兄の来訪により怒る気勢をそがれたハーランは、ハラハラと様子を伺っていた侍従に魔法師団長へ約束を取り付ける手紙を書いて送るよう指示する。
魔法師団長から了承の返事と共に指定された日時は五日後の午後の一時間のみだった。
五日後、魔法師団長は指定した時間通りに第三王子の執務室を訪れた。
「私に何かご用でしょうか。忙しいので手短にお願いしたいのですが」
部屋に入るなり不遜な態度で物申す魔法師団長に五日も待たされたハーランの怒りは爆発した。
「おいお前! 不敬だろ! 私はこの国の第三王子なんだぞ!!」
「直に廃嫡されると伺っていますが」
「なっ! 誰がそんなことを!」
「さぁ? ですが王宮中の噂になっていますよ。そんなことより用件をどうぞ。私は忙しいんです。貴方と違って」
魔法師団長はハーランが嫌いだった。
無能で傲慢なところはもちろんだが、何よりも腹立たしいのはリリアナへの態度だった。
リリアナに同情したからではない。魔法師団長は希少な光属性魔法を近くで研究したかった。婚約者に会いに定期的に王宮を訪れるリリアナに、研究に協力するよう何かと接触を図っていた。
素気なくあしらわれる事が多かったが、数回に一回は成功し協力を得られていた。
だがリリアナとハーランが不仲になればなるほどリリアナが王宮を訪れる頻度は減っていく。ここ数年はほとんど王宮を訪れることはなくなっていた。
それでも二人が結婚すれば接触できる機会は増えるだろうと考え、その日を今か今かと待っていたところの婚約破棄。こいつ死ねと本気で思った。
ハーランは魔法師団長の見下すような態度に心底腹が立ったが、時間が限られているため、込み上げる怒りを何とか抑え込んだ。
せめて座らせてやるものかと、自分は執務机の椅子に座り、魔法師団長を対面に立たせたままにして本題に入った。
「まぁいい。誓約魔法や隷属魔法を解除する方法はあるのか?」
思っていたよりもまともな質問だったため、魔法師団長は少しだけ興味を持った。
「誓約魔法と隷属魔法ですか。それらは闇属性魔法ですから解除出来る方は限られます。危険性を考えると、術者本人にしか出来ないでしょう」
闇属性魔法も光属性魔法と同様、適性がないと使うことが出来ない。ただ、希少性は光属性魔法に劣る。光属性魔法の使い手が現れる確率は百年に一人なのに対し、闇属性魔法は十年に一人といった割合だ。それでも珍しい事には変わりない。王宮の魔法師団にも闇属性魔法が使える者は二人しかいない。
「危険性とは?」
「誓約魔法と隷属魔法はどちらも魂に直接働きかける魔法です。誓約魔法は事前に定めた約束事を破らせないように、隷属魔法は特定の相手に逆らえないように対象者の魂を縛ります。術者以外が強制的に解除した場合、魂が傷つき最悪廃人になる可能性があります」
想像よりも酷い危険性に、ハーランは顔を青くした。
「廃人……じ、じゃあ、魔法をかけられないようにする方法は? かかったフリが出来ればなんでもいい!」
ハーランのあまりに切迫した様子に、魔法師団長は理由を聞いた。
「どなたかがそういった魔法にかけられる予定がおありですか?」
「それは……」
ハーランは逡巡したが、これを何とか出来なければ自分の未来はない。藁にも縋る思いで五日前の子爵家での出来事を包み隠さず打ち明けた。
「なるほど。リリアナ様もなかなか面白い事をなさる」
「面白い事などあるものか! ……待て、信じるのか?」
「ええ、もちろん。光属性魔法には身体強化魔法があると言われています。リリアナ様はおそらくそれを使われたのでしょう。非常に興味深い。是非とも近くで研究したいですね」
愉しげに話す魔法師団長をハーランは睨めつける。
「笑い事ではない! こっちは酷い目に遭ったんだ! どうにかする方法を考えろ!」
「自業自得では? まぁ、誓約魔法や隷属魔法のような魂に作用する魔法から身を守る魔道具は存在します。ですが魔法がかからなかったことは術者本人にはわかってしまうので、かかったフリは難しいでしょう。一番現実的なのは、術者を王宮の魔法師団所属の魔法師に指定する事ですが、確かリリアナ様のご実家の商会にも一人闇魔法師がいらっしゃったはずなのでそちらも難しいでしょうね」
「では、リリアナの家の闇魔法師を脅して従わせれば……」
「リリアナ様は馬鹿ではありません。そのような動きを見せれば即刻気づき、婚約破棄撤回の話は無かったことになるでしょう。殿下には、大人しくリリアナ様に従うしか方法はありません」
「お前は私に死ねと言うのか!」
「死にはしません。リリアナ様は治癒魔法が使えますから」
「くそっ! どいつもこいつも!!」
ハーランは怒りのあまりドン!と机を殴りつけた。治癒魔法。何度も聞いたその言葉にうんざりしていた。
「私としても、リリアナ様ほどの光属性魔法の使い手を逃すのは非常に惜しい。殿下には何としてでもリリアナ様と婚姻を結んで頂きたい。リリアナ様は殿下との結婚が苦痛と感じるから殿下にもそれを求めているのでしょう。殿下がリリアナ様を真実愛し、敬い、優しく接すれば、いつかは苦痛を感じなくなって虐待をやめてくれるかもしれませんよ」
「私があいつを愛するだと? あんな無愛想なたかが子爵令嬢ごときを!」
「それが出来なければ貴方は貴族ですらない平民です。元はと言えば貴方のその極端な選民思想が全ての原因です。この機会に矯正されては?」
まただ。とハーランは思った。お前は選民思想が過ぎると、ハーランは二人の兄から何度も注意を受けていた。婚約破棄の件では、いつもは自分に甘い父も今回ばかりは見過ごせないと苦言を呈した。
「……お前も全て私が悪いと言うのか」
「当然です。おっと。そろそろ時間ですね。それでは私は失礼致します」
魔法師団長はそう言うと直ぐさま執務室を出て行った。研究第一の彼にはこんな所で無駄にする時間はない。
一人残ったハーランは、ここに来てようやく今までの自分を振り返る。
◇◇
自分は王族で、最も高貴な一族なのだから、周囲の人間も高貴な身分の者であるべきだと考えていた。下位の身分の者は高貴な自分に従うべきであり、取るに足らない存在だと認識していた。だからこそ、子爵令嬢のリリアナが婚約者であることが許せず、高貴な自分への侮辱だとすら思っていた。
初めは父に何度か婚約者を変えて欲しいと頼んだが、その度に光属性魔法の希少性を懇々と説かれ早々に諦めた。
リリアナも最初は下位貴族らしく自分に従順だったが、すぐに私を軽んじるようになり、横柄な態度になっていった。所詮は下賤な者だからまともに教育を受けられないのだろうと見下すことで溜飲を下げ、もっと学ぶ時間をとった方が良いと理由をつけ定例の茶会の頻度を減らした。
リリアナが王宮に来なくなった事に気づいた一番上の兄から誕生日くらいは贈り物をしろとせっつかれたので、仕方なく侍従に命じて適当にプレゼントを贈らせたが、リリアナからは礼の一つもなく、それ以降贈るのをやめた。
リリアナのデビュタントの夜会でエスコート役がリリアナの兄だった事を知った二番目の兄から婚約者のエスコートも出来ないのかと責められたので、渋々侍従に命じて次の夜会では自分がエスコートする旨の手紙を書かせて送るも、次の夜会は体調不良で行けないとふざけた返事が来たのでそれ以降誘うのをやめた。
学園でもリリアナと話すことはほとんど無く、卒業を間近に控え、なぜこんな無愛想で無礼な女と結婚しなければならないのかと悲嘆に暮れていた頃、クリスティーナが接触してきた。
クリスティーナは公爵令嬢で私の再従妹でもあり、身分も血筋も申し分ない。彼女の姉が王太子妃でなかったら、間違いなく私の婚約者になっていただろう。そんな彼女がリリアナから嫌がらせを受けていると言う。
これは好機かもしれない、そう思った。上手くいけばリリアナと婚約破棄できると。
それからはリリアナがどんな嫌がらせをしているのか詳しく聞くために、クリスティーナと一緒にいることが増えた。嫌がらせの内容は教科書を破られたとか、ドレスにお茶をかけられたとか、どれも程度の低いものであったが、それこそあの卑しいリリアナらしい。
どのタイミングで婚約破棄を突きつけるのが効果的か学園の静かな裏庭で考えていると、クリスティーナがボロボロの格好で泣きながら駆け寄ってきた。
私の元に辿り着く直前でフラつく彼女を抱きとめ、慌てて訳を聞くと、私と仲の良いクリスティーナに嫉妬したリリアナがやったのだと言う。
嫉妬。リリアナが? 嫉妬で嫌がらせをするほどあの女は私の婚約者でいたいのか? あんな態度でも、やはりあの女は高貴な私との結婚を望んでいる。そんなリリアナに婚約破棄を突きつけたらどんな顔をするだろう。
そう思い、愉悦に歪みそうになる口元を抑えながら、涙を流して怯えるクリスティーナを慰めた。公爵令嬢をナイフで切りつけたのだ、いくら治癒魔法が使えても何らかの処分は免れない。陛下に報告してリリアナに罰を与えようとクリスティーナを説得するが、彼女は傷物令嬢になりたくないから大事にしたくない、謝罪だけで構わないのだという。
それならばと、私はクリスティーナにプロポーズした。自分の婚約者が公爵令嬢を傷つけたのだ。その責任を取って彼女を新たな婚約者とするのは筋が通っている。そうすれば私はリリアナと婚約破棄できる上に新たな婚約者を私に相応しい高貴な身分の公爵令嬢にする事ができる。全て私の望み通りに。決してクリスティーナの胸元から覗く谷間や切り裂かれたドレスの隙間から見える太股に惹かれた訳ではない。
クリスティーナは喜んで承諾し、それでは卒業パーティーで断罪してはどうかと提案してきた。公の場で宣言してしまえば、いかに国王陛下といえども取り消すことは難しい。妙案だと思った。ついでにリリアナを国外追放にして欲しいと言ってきたので快諾した。
そして、今に至る。
◇◇
ハーランは椅子に深く沈み込みながらぼんやりと宙を見上げた。
「私は特別な存在ではなかったのか……?」
幼い頃、王妃であった母によく似たハーランを父や兄二人はとても可愛がっていた。母はハーランを出産後、間もなくして儚くなっている。特に父は、愛した妻によく似たハーランを甘やかしていた。家族に愛され大事にされていたハーランの周囲には従順な使用人か親類縁者しかおらず、そんな中で育てられたハーランの偏った選民思想に気づく者は誰一人いなかった。リリアナと婚約するまでは。
初めに気づいたのは一番上の兄だった。弟のリリアナへの対応に疑問を抱いた彼は、弟に直接問いただした。そうして浮き彫りになった彼の選民思想に愕然とするも、弟はまだ幼い、優秀なリリアナと接していく内に改善されるだろうと軽く注意するだけで楽観視していた。
次に気づいたのは二番目の兄だった。正義感の強い彼は弟のリリアナへの態度に憤慨した。なぜ婚約者を大事にしないのかと弟を叱責すると、隣国の王女が婚約者の兄に言われたくないと反発された。その選民思想を矯正するため力を入れるも、奮闘むなしく婿入りのため隣国へ渡ることとなった。
ここまで追い詰められて、ハーランは初めて兄の言葉が身に染みていた。
そして元婚約者の事を考えた。初めて会ったとき、彼女は不安そうな顔をしながらその桃色の瞳をこちらに向けていた。クリスティーナの物とは比較にならないほど貧相なドレスに、頭の悪そうな桃色の髪と瞳だと内心馬鹿にしていたのを彼女は気づいたのだろうか。
ふと、五日前に子爵家で言われたリリアナの言葉を思い出す。
「鏡のように……か」
リリアナはいつだって自分に対して失礼だった。
常に自分を軽んじ、目には侮蔑を滲ませていた。
自分が彼女にそうしていたように。
「私はお前をそんな風に見ていたんだな……」
もし自分が、初めからリリアナに敬意を払っていたら、身分に捕らわれず、彼女自身を見ていたら、何か変わっていただろうか。
そう考えて、気づいた。
「私は彼女の事を何も知らない……」
好きなこと、嫌いなこと、休日は何をして過ごすのか、幼い頃から会っている婚約者なら知っていて当然のことが、何一つわからない。
思えば、リリアナとまともに会話をしたのは婚約当初の茶会と五日前に子爵家で謝罪をした時くらいだった。それ以外はだいたい嫌みか皮肉か心にもない言葉を返していた。お互いに。
リリアナは、そんな自分をどう思っていたのだろう。自分が彼女にしてきたことに、何を感じて同じ態度を返してきたのか。そう思い、再び脳裏に浮かぶ五日前のリリアナの言葉。
「苦痛だと、言っていたな。7才で婚約してから今まで、彼女はずっと苦痛を感じていた。私のせいで」
今さらになって、罪悪感が頭をもたげる。
自分は彼女に贖罪をしなければならないのだろう。10年以上も彼女に苦痛を感じさせていたのだ。彼女の放つ罵倒や暴力を受け入れて然るべきなのだろう。
そう思うが、長年甘やかされ培われた高い自尊心や怠惰な精神をすぐに矯正することは難しい。痛いのも苦しいのも嫌だし、何も持たずに平民になるのも、やっぱり嫌なのだ。
どうしようもないなと自分を自嘲しつつ、まずはリリアナにもう一度謝罪しようと心に決める。五日前、確かに自分は反省していなかった。今度こそ彼女に誠心誠意謝罪し、彼女のこれまでに報いるため心を尽くそう。
それでも彼女は許さないだろう。自分ならそうする。本当に毎日虐待されるかもしれない。そもそも婚約したくないと言われるかもしれない。それでも自分は謝るしかない。それこそが正しい道だと今の自分には理解できる。
そしてハーランはどこか清々しい気持ちで窓の外を見上げた。そこには今の自分と同じように清々しい青空が広がっている。
それから前を見据え、今まで目を背けていた現実に目を向ける。自分に選択権があるとは思えないが、考えさせてくれと言った手前、どちらか選んでおく必要はあるだろう。万が一選べと言われた場合、「決められない」では格好がつかない。これ以上、リリアナを失望させたくはなかった。
だが……
「金も家も権力もあるが虐待される奴隷か、金も家も権力も無いただの平民か、それが問題だ……」
正直どちらも本当に嫌だが、これこそが今までの自分の行いに対する報いなのだから受け入れるしかない。
深く吸い込んだ息をゆっくりと吐き出し、ハーランは覚悟を決めた。
翌日、謝罪のために再び子爵家を訪れたハーランがリリアナの両親から「リリアナは隣国に旅立った」と聞き崩れ落ちるのは、また別のお話。
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