寝ても覚めてもふわ子のことばかり
■寝ても覚めてもふわ子のことばかり
最近、いよいよヤバい。
バイト中も、休憩時間も、寝る前も、少し時間があると、ふわ子のことを考えている。
これは、きっと・・・いや、違うな。
でも・・・いや、そうだろう。
認めるしかないんだろうな。
恋だろこれ。
ふわ子のことが好きになってるわ。
もしかして、告白とかするのか・・・
フラれたら恥ずかしいし・・・
でも、付き合えたら、色々な所に行ったりできるだろうし、楽しそうだ。
あいつ引きこもりだけど、遊園地とか行ったら楽しいかもしれないし、動物園とかなら大丈夫かもしれないし・・・
美味しいごはんとか行きたいけど、あいつあんまり食べないし・・・
スイーツ的なものだったら、もしかして?
寝る前に色々な事を考えていたら、寝られなくなっていた。
何時だよ、もう。
玉砕もあり得るかもしれないけど、何となく良い感じなのも感じてる。
俺はふわ子に告白して、一歩前に進むことを決めた。
■忍び寄る黒い影
この日、事件が起きた。
いつものようにふわ子と話している途中、ふわ子がベンチに手をついた。
「あ、ダメかも。お姉ちゃんに・・・電話・・・」
そう言って、スローモーションで崩れるようにベンチに倒れていった。
俺は、反射的に支えたけど、ベンチに横になる形になっている。
目は開いているけど、どこも見ていない感じ。
意識はある
「大丈夫か!?」
こくんと首は縦に動いた。
あと、右手が動くけど、すぐ止まる。
あ、電話って言ってたな。
「ちょっと、ごめんな。」
ふわ子のポケットからケータイを取り出す。
ちょっと緊張する。不謹慎か。
「お姉ちゃん・・・名前わかんねー!」
登録を見ると、数件しかない上に『お姉ちゃん』ってあった、これだ!
すぐに電話をした。
2コールしたところで、電話の相手が出た。
『あんた、今どこなのっ!?』
「あ、すいません!俺、代理です!ふわ子・・・じゃなかった、妹さん、今、急に倒れちゃって!」
『あ!そうなんですか!すいません、すぐいきます!そこどこですか!?』
「○○町の大きな公園なんですが!救急車呼びますか!?」
「すぐに着きます。そこにいてください。」
ほんの数分で、白衣を着た医者らしい人2人と看護師らしい人、スーツを着た女の人と合計4人も来た。
ふわ子は担架に乗せられて行ってしまった。
俺も心配なので、着いて行った。
公園のすぐ裏の建物の一つは病院だった。
ふわ子はそこに搬送された。
電話してすぐに、すぐ近くの病院に入れるなんて、話ができすぎていないか!?
ふわ子は処置室に入ってしまった。
俺は家族ではないので、中に入れない。
総合受付の待合室で待っていた。
1時間ほど待っただろうか。
スーツを着た女の人が来てくれた。
よく見たら、時々公園で見かけるあの目つきがヤバいお姉さんだ。
「すいません。連絡をいただけて助かりました。」
お姉さんは深々とお辞儀をした。
「大丈夫なんですか!?」
「ハイ、もう大丈夫です。」
「あの・・・原因って・・・」
「あ、貧血です。」
貧血なのか。
だから、意識はあるのに動けなくなって・・・
思ったより深刻そうじゃなくてよかった。
「それで、もういいんですか?」
「安静にしていれば大丈夫みたいです。」
「そっか。よかった。」
安心して力が抜けた。
「あの・・・妹とは・・・?」
「あ、友達です。時々公園で会ってて。」
「公園で・・・それで・・・。」
そこまで話したら、『あ、失礼します。』と言い残してお姉さんは行ってしまった。
■退院したら出かける計画
あの日以来、公園でふわ子と会うことができなかった。
その代わり、いつもの公園にいたら、ふわ子の代わりにあのお姉さんが来た。
「あの・・・タケローさん?」
「あ、はい。タケローです。」
「妹が会いたいって言っているので、よかったら一緒に来ていただけませんか?」
妹と言うのは、この間の感じから言うと「ふわ子」のことだろう。
呼び出されるのって、なんか怖いな。
でも、会うためには行くしかない。
「わかりました。」
『では』と言ってお姉さんは、この間の病院に行った。
俺も着いて行った。
この間は、病院の受付までは行けたけど、その先の病棟には行けなかった。
今回は「お見舞い」の名簿にも名前を書いて、ナースステーションの所まで来れた。
「あ、私はここまでで。203号室です。」
それだけ言ったら、お姉さんはふいっと行ってしまった。
なんか不愛想なんだよな。
若干の不安を感じつつも、203号室に行ってみた。
『トントン』とノックをしてドアを開けた。
部屋の中は、1人部屋らしい。
ふわ子がベッドに座っていた。
「よ、よお。」
「ん。」
「元気か、って入院中?か。」
「ふ。」
ふわ子は相変わらず白い顔をしている。
貧血だったか。
「貧血だった。」
「そか。大丈夫なのか?」
「ん、多分、週末には退院。」
「あと3日くらいか。」
「ん。」
「じゃあさ、退院してすぐってのは何だから、元気になったらどこか出かけようぜ。」
「ん。」
相変わらず表情が読みにくいぜ、ふわ子。
このところ、ふわ子に会えなかったし、もしかして、今ってチャンスか!?
「あのな、ふわ子。」
「ん」
「よかったら、俺と付き合わないか?」
「ん?」
「お前と話しているの楽しいしさ、これからもそうだったら楽しいなって。」
「・・・」
「好きになったんだよ。」
「・・・」
何か間が開いた?
これ、どうなんだ!?
OK?
NG?
「私、治療のためにこの病院に来たの。」
「ん?うん。」
「週末退院だから、退院したらカナダに行くの。もう会えないかも。」
今度は俺が止まってしまった。
「か、カナダ?」
「ん。」
「そ、そりゃあ・・・遠いな・・・。」
「ん。」
「メール・・・するよ。」
「ん。」
すごくショックだった。
その後のことは覚えていない。
何を話したのか、何といって別れたのか・・・
なんだよカナダって・・・
そんな話初めて聞いたよ。
■遅れて届いたメール
それからいつ行っても、あの公園にふわ子は来なかった。
週末退院するんじゃなかったのかよ。
一応病院に行ったけど、何も教えてもらえなかったし、中にも入れてもらえなかった。
家族じゃないし、そりゃあしょうがないか・・・
バイトも休んだ。
別に体調は悪くないんだけど・・・動けない。
心の燃料がなくなった・・・みたいな。
本当にカナダに行ったのか・・・お別れも言えなかった。
単にフラれただけじゃないか?
俺に気を使って、付き合いたくないって言えなくて、俺が行くことも出来ないような遠くに行くって・・・
昔のアイドルの引退かよ。
気付けば、昼になったらあの公園に行き、夕食の時間になったら帰る・・・そんな生活を続けていた。
そんな時、あの目つきのヤバいお姉さんが歩いてきた。
別に何も用事はない。
「私・・・こよみっていいます。しおりの姉で。」
「あ、はあ。」
「あなたが、しおり・・・ふわ子と呼んでいた子。」
「ああ!?」
そういえば、この人はふわ子のお姉さんだったな。
フラれたんだから、お姉さんと会うのも、なんだか恥ずかしいな。
「あの子からのメール預かってて・・・これ。」
お姉さんからケータイを渡された。
「あたし宛てのメールなのに、途中から全然あたし宛てじゃなくなってるんだもの・・・本当は伝えたかったのかな、と思って・・・」
どういうことなのか、事情はわからない。
どゆこと?
俺はケータイを受け取って読んでみた。
『お姉ちゃん色々ありがとう。
ほんとはドナーの検査のために来てくれたんだよね。ごめんなさい。
私はもう全部諦めてた。
高校も行けなくなって、最初はお見舞いに来てくれた友達も3年になって連絡無くなっちゃったし。
もう治らないのは何となく分かってたから、将来のこととか考えたこともなかった。
でも、最近公園で一人の男の子と出会ったの。
タケローは、私に色々な仕事の話を教えてくれた。
テレビとかでは教えてくれない面白い仕事の裏側とかを教えてくれたの。
一生知ることは出来なかったことを教えてくれたみたいで嬉しかった。
あ、タケローと会えるのが楽しみで、あの人のスマホにGPSアプリ入れちゃった。タケローが公園に来たら私のスマホが鳴るようにしてたの。
ごめんって謝っといて。
アンインストールもしてあげて。
タケローって機械に疎いから。
もう、会えないと思ったから。最後にひどいこと言って別れたの。
私なんかが思い出に残ったら悪いから・・・
でも、本当に忘れてしまったら悲しすぎるから、お姉ちゃんだけには伝えたくて。
タケローはね、私のパジャマを褒めてくれたの。
病院だからおしゃれも出来なくて、いっつもパジャマだから嫌だった。
タケローが褒めてくれて嬉しかった。
手のバンドは恥ずかしかった。
入院患者のネームタグ。
見られたら私が病人だと気づかれちゃう。
だからお姉ちゃんのシュシュをもらったの。
ちゃんと隠せてたかな・・・
タケローはご飯にも誘ってくれた。
私、あの時は副作用でほとんど食べられない時だったから、タケローに悪いことしちゃった・・・
本当は行きたかった。
でも、あの時はもう、食べられなくなってた・・・
シュシュももらった。
初めて男の人からプレゼントをもらった。
嬉しかった。
髪の毛も抜け始めた。
初めてウィックを付けたけど、タケローは気付かなかった。
良かった。
私、タケローが好きだった。
タケローが付き合おうって言ってくれた。
タケローとおつき合いしたかった・・・
いつかね、タケローが言ってくれたの。
何か欲しいものないかって。
私が本当に欲しい物・・・それは「健康」だった。
普通に高校いって、タケローと恋して、付き合って・・・そんな時間が欲しかった。
お姉ちゃんごめんね。最後に色々お願いして。
ありがとう。』
「え?これって・・・」
「あの子・・・先週、亡くなったの。」
「え!?」
どういう冗談だよ。
目の前が真っ暗になった。
「入退院を繰り返しながら、もう1年ちょっとになるわね。」
お姉さんの目が真っ赤なので、これが嘘ではないことが伝わってくる。
軽くめまいがする。
これが本当に現実なのかと思えてくる。
「多分これ、あなたに見せるつもりだったんだと思う。
最後の方・・・あの子目もほとんど開けられなかったし、身体もしんどそうだったから・・・多分、スマホの音声認識で書いたんじゃないかって・・・」
「あの子が死んだあと後、このメールがあたし宛てに届いたの。タイマーの設定してたんでしょうね。自分がいつ死ぬのか大体分かってたみたい・・・」
「最後にひどいことを言ったみたいだけど、頑張って言ったみたいだから、本当はこのメール見せようか悩んだんだけど・・・あの子の無念が残ったら可哀想だから・・・。ごめんなさい。」
「そんなばかな・・・あいつって・・・家でお茶が出てくるような家のお嬢様じゃないのかよ。」
「お茶は病院のヘルパーさんのことかしらね。病院では水分補給のために1日3回お茶を配ってるわね。」
「掃除だって・・・」
「ヘルパーさんは部屋の掃除もしてくれるわね。」
「食事だって・・・」
「病院食ね。食事は部屋食だったから。それぞれの時にベッドにいないと看護師さんが病院中探さないといけないから、食べなくても食事の時間にはベッドにいたみたいなの。」
「そんな・・・」
「もう、免疫が下がってるから、出来るだけ部屋から出ないようにって言われてたのに、それでも時々抜け出して、あなたと会ってたみたい・・・」
お姉さんの目からは涙がたくさん流れていた。
俺は事実を受け止められなくて、涙も出ない。
「妹が死ぬっていうのは本当に辛い。
あの時こうすればよかったとか、こうすべきだったとか、100万回考えるけど、『死んだ』と言う事実を突きつけられると・・・もう、この事実だけは絶対に変わらないのだと思わされる。
完全なる絶望・・・絶対的な絶望・・・」
人があんなに泣くのを初めてみた。
しゃべりながら、口がぶるぶる震えて・・・
絞り出すみたいに、しゃべってた。
言われてみれば思い当たるところはたくさんある。
JKが学校も行ってない。
そんなやつは、日本にいくらでもいるだろうけど、引きこもりなのに、公園にいるのはおかしい。
擦りむいただけで止まらない血も、大げさに包帯が必要なのもおかしい。
あの白すぎる肌も、考えてみれば病気のせいかも。
ひらひらした服も、もうちょっとおしゃれがあるだろう。
言われてみたら、確かにパジャマだ。
しかも、靴はクロックス。
あれはスリッパの代わりか。
手のあの安いっぽいバンド。
あんなもん喜んで手に付けてるJKなんかいるか。
そして、この公園は病院の真ん前。
逆に、なぜ気づかなかった!?
そりゃあ、誘ってもご飯行かないわけだ。
出かけないわけだ。
・・・出かけられなかったんだ。
俺って何やってたんだ。
あいつと単にあそびたくて。
会いたくて、話したくて・・・
ただそれだけだった・・・
信じたくないけれど、嘘だと思いたかったからか、ふわ子のお宅にお邪魔させてもらった。
仏壇に線香をあげさせてもらいたいって言って。
家は病院から5km位離れたところだった。
家の人に通してもらって、真新しい仏壇の前に座った。
遺影を見たら、確かにふわ子だった。
俺は、まだ、ちゃんと名前も聞いていなかった。
でも、本気で好きだった。
本気で付き合いたいと思っていた。
でも、そんな、子供みたいに浮かれている俺と対照的に、ふわ子は日々弱っていく身体で死の恐怖を味わっていたってことか!?
ちゃんと挨拶して家に帰った。
俺に何ができただろう。
どんなことを考えついても、既にふわ子はこの世にいない。
そう考えたら、今こうして考えていることも無駄に思えた。
俺は、本気で生きてなかった。
これ以上ないくらいひどいって経験はまだない。
何より死ぬような思いはしたことがない。
何もしなくて、ダメだって逃げていただけだった。
バイトなら続くのは、誰とも深くかかわらないから。
俺は結局人と接するのがダメなんだろう。
その日はとにかく寝た。
色々考えてしまうので、家にあった缶ビールを2本飲んだ。
全然酔わなかったけど、とにかく飲んで寝た。
翌日は、もう全然意味不明だった。
あの公園に行ったり、ふわ子の家の周りをうろうろしたり。
見つかったら完全に不審者だ。
何かしたいという気持ちもあるが、何をしたらいいのか分からない。
そして、すべては既に手遅れ。
現実は、マンガみたいに時間が戻ったりしないし、パラレルワールドもない。
あいつ、何のために生まれてきたんだろうな。
たった16歳で死んじゃって。
俺は家に帰って、部屋を片付け始めた。
要らないものを捨てて、整理整頓。
ここからだ。
俺がこれから頑張るようになることで、頑張るようにすることで、『ふわ子が生まれてきた意味』になるはず。
俺は生きてる。
『まだ生きてる』訳じゃない。
まだまだ生きる。
ぶつかっても、失敗しても、死ぬわけじゃない。
あいつの分まで、やれるだけのことをやってみるか。
俺は多分、一生昼時になったら、あの公園の、あのベンチを思い出す。
そして、座ってたら、後ろからあいつが声をかけてくるんだ。
全体死角からくるんだ。
「ん」って。