熱がある?
■熱がある?
「なあ、顔が白くないか?」
「ん、平気。」
例によって、公園でふわ子と会っている。
もはや恒例になっている。
「いや、明らかに血色が悪いだろう!体調良くないのか?」
「そんな日もある。」
「ちょっと、オデコかしてみ。」
ふわ子の額に手を当てた。
「あれ?熱があるんじゃないか!?」
「知らないの?女の子は平熱が少し高い。」
「まじか!?」
「いろいろあるのよ。・・・えっち。」
えっち!?
俺はなんかエッチな事を言ったのか!!?
■活発で友達が多い私
私は、中学生の頃は割と活発な方だったと思う。
成績も学年で10番には入っていた。
友達は・・・そんなに多くはなかったけど、それなりにいた。
異常を感じ始めたのは高校に入ってから。
貧血と熱がちょっと高かった。
ダイエットと風邪のせいだと思っていたけど、歯ぐきから血が出てきた時点で、なんか違うと思い始めた。
そういえば、身体もきつい。
頭痛もする。
いつからだったっけ。
当たり前になっていて、異常だと思わなかった。
病院に行ってからは、大変だった。
検査をいくつも受けた。
検査祭り。
崩れ落ちるように体調が悪くなっていった。
入院期間も長くなった。
1年の3学期で入院した時は、最初のうち友達がお見舞いに来てくれた。
でも、2年になってクラスが変わったらお見舞いに来てくれる人もいなくなった。
何が悪かったのか・・・
薬を点滴する3週間は本当に身体がきつい。
毎日点滴。
1週間はお休み。
だけど、きついのは変わらない。
あんまり人と話さなくなった。
笑わなくなった。
痛いし、きついし。
おしゃれも段々どうでもよくなった。
入院生活では、パジャマで過ごすなんて考えられなかったけど、段々慣れてくる。
今では、3着のパジャマのローテーションで全く気にならない。
靴は転びにくい靴1足だけ。
それでも1日病室にいるのは退屈。
アマゾン動画もほとんど見ちゃった。
最近の流行りは、公園に出かけること。
世の中の人は忙しそうなのに、自分はここから1歩も抜け出せないダメさを感じる。
ちょっと自虐的な楽しみ方。
心が死にそうになった時、あの人と出会った。
日焼けした肌、大きくて元気な声、機敏な動き。
私と真反対。
私にないものを全部持ってる。
動けない私にとって、外の話はどの動画よりも生々しくて面白い。
あんまり来ないから、あの人のスマホにGPSアプリ入れちゃった。
公園に来たら、私のスマホにアラームが鳴るの。
いつもスマホを近くにおいて、アラームが鳴らないかなって思ってる。
今日はどんなことを聞かせてくれるのかな。
■ふわ子の将来やりたいこと
「『保全』のバイトも面白い。」
「保全?」
いつもの公園で、いつものベンチだ。
「ショッピングモールの夜中の保全・・・機械のチェックだよ。」
「夜中?」
「そう。設備のチェックとかって夜中にやるんだよ。」
「ふーん。」
「その辺りは別に普通なんだけど、社員とバイトの2人でチェックしていくんだ。」
「ん。」
「普通はちゃんとしてるんだけど、人によっては『ローカルルール』の人があるんだよ。」
「ん」
「ここから先は、行ったらいけない場所があるんだけど、その人だけは大丈夫って言い張って入っていっちゃう。」
「ふ」
「開けたらダメな扉もあるんだけど、そこを通ったら近道になるとこがあって、その人担当の時は近道する、みたいな。」
「ふふ。」
「別の人は、バイトだけチェックに回らせて、自分はチェックシートだけチェックする人。」
「ふ。」
「俺が回ってる間、ずっと寝てんだぜ。」
「タケローは一人で回るんだ。」
「そそ。まあ、一人の方が気楽だったりするしな。」
「前向き。」
「ね、タケロー。」
「うん?」
「タケローは将来どんな仕事をするの?」
「さあなあ。俺はずっとこのままかも。バイトでギリギリの生活費を稼いで、何とか生きてる。」
「ふーん。」
「大学行けなかったし、特別な資格も経験もない。」
「でも、いろんなバイトをしてる。」
「まあ、バイトはね。でも、就職となると・・・やりたいことも、できることも思いつかない・・・」
「そんなもん?」
「そんなもん。」
「ふわ子は?」
「ん?」
「将来、どうしたいとかあるの?」
「んーん、ない。」
「即答か!」
「ふ。」
「まあ、誰だってそんなもんだよな。」
「ん。」
人間80年とか100年とか生きるのに、高々20年くらいで今後の方針なんて決まらないよな。
まあ、これでいいのだ。
■ペットボトルコーヒーとお姉さん
公園のベンチでバイトを探したり、電話をしたり、メモを取っていた。
ふわ子はまだ来ない。
めずらしいな。
後ろを向いてもいない。
ただ、目の前をいつかの目つきがヤバいお姉さんが通りかかった。
なに、このお姉さんよく見かけるけど、この公園に住んでるの!?
「こんにちは!」
「え?ああ、こんにちは。」
一瞬、ナンパと思われたっぽい。
美人だし、よく声をかけられるのかな?
「よく会いますね。」
「そうですね。家族が近くの病院に入院していて・・・」
「ああ、なるほど。」
時間つぶしか何かか?
「あ、これ飲みませんか?」
バイト先でもらった新製品のペットボトルのコーヒーがあった。
あ、めちゃめちゃ怪訝な顔してる。
「バイト先でもらったんで。ちなみに、まだ開けてません。」
「あ、ありがとうございます。」
受け取ってくれた。
何で、あげる方が気を使っているのか・・・
世の中は大体理不尽にできてるんだ。
『ギラン』
ああ!すごく睨まれてる!!
美味しくなかった!?
「美味しいわね、これ。」
おいしかったんかーい!
この人、絶対目つきで損してる!
「バイト、何してるんですか?」
「カラオケ屋ですね。」
「へー、カラオケ屋さんってこんなのもらえるんだ。」
「あ、これはたまたまです。飲み物の営業の人が来て。」
「へー」
「社員の人が、『ピーチパイの呪い』を代わってあげたお礼として。」
「ピーチパイ?」
「ああ、お客さんで、朝から晩までずっと、竹内マリアの『不思議なピーチパイ』ばかり歌う人がいて、6時間ずっとピーチパイで、みんなから怖がられているんです。」
「なにそれ(笑)」
「飲み物注文されても持っていくの、みんな怖がって・・・」
「それを持っていく役を買って出たんですね。」
「そうです。」
「なんでしょうね。ピーチパイ。」
「そうなんですよ。練習にしても6時間も!?しかも週1回のペースできますからね。」
「1回だけじゃないんだ!」
「そうなんです。」
「普通、飲み物持って入ると歌を歌うのを止める人が多いんですが、その人ってガン無視です。」
「へー。」
「部屋に入っても、一切乱れず、ひたすらピーチパイ。」
「確かに怖い。」
「面白いエピソード持ってますね。」
「まあ、色々なバイトしていると・・・」
どうでもいいけど、この日はふわ子が来なかった。
■フリスビーと止まらない血
今日は日曜日。
この応援でも、待ち合わせの人もちらほら。
子供が走っている。
久々に日曜日に休みだな。
いつからだろう、日曜日が休みじゃなくなったのは。
フリーターは、曜日に関係なく働いているものさ。
俺の場合は、シフトで入っているレギュラーの仕事と、単発で入るスポットの仕事があるから、いよいよ休みは少ない。
いつもの公園のいつものベンチに座って子供を見たいたら・・・
「いい天気。」
また俺の背後からふわ子が出現した。
なぜいつもオレの死角から現れるのか。
ゆっくり歩いてオレの横に座った。
今日も白い肌、無表情、長くきれいな髪。
あと、ふわふわな服。
「なに?」
「いや、相変わらず、ふわふわな服だな、と。」
「ガーリーで、フェミニン?」
「なんだそりゃ?」
「ふふ。」
腕には、いつものようにシュシュが付けられていた。
ふわ子の唯一の装飾品(?)
「あの、これ。」
「ん?」
俺はふわ子にちょっときれいに包装された紙袋を渡した。
「なに?」
「プレゼント。」
ちょっと不思議そうにしている。
そりゃあそうだ、別に誕生日でも何でもない。多分。(そもそも誕生日など知らない。)
「開けて良い?」
「ああ、開けて開けて。」
ふわふわなシュシュだ。
この間、構内作業のバイトの時に、その会社が扱っている商品らしかった。
ふわ子に合いそうだったので買ってきた。
元々高くないものだし、社割で買えたのでかなり安かった。
「シュシュ」
少し口元が緩んでいるから、喜んでくれているようだ。
ふわ子は、今付けているシュシュを外さずに、俺のプレゼントのシュシュを付けた。
「ん、かわいい。」
とりあえず喜んでくれたみたいだ。
「ありがと。」
「どういたしまして。」
「でも、なんで?」
「んー、あげたかったから。」
ふわ子が赤くなっていた。
普段あんまり表情がないので、新鮮だ。
いつもみたいに座って話していたら、目の前にフリスビーが飛んできた。
「フリスビー?」
少し離れたところを見ると数人の子供が遊んでいた。
なんだ、流れフリスビーか。
最近の子はボール遊びとかあんまりしないのかな。
拾いに来ているみたいなので、拾って返してやろう。
ほいっと。
『ありがとうございます!』
なんだ、最近の子って礼儀正しいな。
ただ、へたっぴの集まりみたいだな。
何度も流れフリスビーが飛んできた。
しょうがない。
フリスビーの投げ方くらい教えてやるか。
昔ちょっと遊んだから投げること位できる。
俺は子供たちにフリスビーの投げ方を教えつつ、一緒に遊んだ。
なにこれ。
楽しい。
フリスビー楽しい。
「ふわ子!お前も来いよ!」
「いい、見てる。」
相変わらずの非活発系少女。
試しに、ふわ子の近くにフリスビーを投げてみた。
出来るだけゆっくり届くように。
さすがに気づいたのか、ててて・・・とゆっくり降りてくるフリスビーをキャッチしに立ち上がった。
・・・が、コケた。
マンガか!
フリスビーを子供たちに返して、ふわ子の傷を見てやることにした。
「大丈夫か?」
膝を少し擦りむいたみたいだ。
ちょっと血が出てる。
「あっちの水道で洗っとくか。ばい菌が入ったら大変だ。」
ティッシュなどでおさえるけど、血が止まらない。
出血を止めるただ一つの方法は『圧迫』だと水泳の監視のバイトの時に応急処置として習った。
でも、血が止まらないのだ。
ふわ子をベンチに座らせて、足も腰掛部分に上げさせる。
ティッシュで傷の部分を覆ったら、少し圧力をかけておさえる。
数分経ったら止まっているはずなのに・・・また血が出る。
「あれ?止まらない!どうしよう。」
「ん。大丈夫、痛くない。」
「でも、血が止まらないぞ。」
「・・・体質。」
「そんな体質あるのか!?」
普通、膝をケガしてもおさえていたらすぐにかさぶたになるはず。
ところが、ふわ子はツーッと血が垂れる感じで、おさえても止まらない。
「家近いから、ガーゼで止めてくる。」
「送っていくよ。」
「大丈夫。すぐそこだから。」
女の子だしなぁ、家まで着いていくのもなんか変だよなぁ。
ふわ子は、膝をティッシュで押さえながら帰って行った。
本当に大丈夫か?
■いつもと違うところ
「今日はいつもと違うところがある。」
例によって公園だ。
ふわ子が仁王立ちして俺の前に立ちはだからう。
なんだろう。
シュシュは前回俺がプレゼントした物が付けられている。
これか?
髪型は同じ。
肌が白いのも普通。
「あ、わかった!表情が硬い!」
「違う。」
服はいつもの感じ。
ロリータ服っていうのか、ふわふわ、ひらひらした感じ。
そして、靴はなぜかクロックス。
ここも安定だ。
「シュシュが、俺がプレゼントしたやつ?」
「ふ。」
「なに?違った?」
「正解。」
「て、いうか、膝!膝の包帯!」
前回転んで擦りむいた膝の部分に包帯が巻いてある。
思ったよりすごい処置だった。
「これだろ!」
「ん、違う。」
前回、俺がプレゼントしたシュシュは、普段使っているものを外さずに付けたから、ほどほどしか嬉しくなかったのかと思ったけど、今回は俺がプレゼントしたシュシュだけを使っていた。
なんか嬉しいな。
ふわ子は、嬉しい表情と言うよりも、どこかほっとしたような表情をしている?
『正解』と言われたけど、なんとなく俺は当てることができなかったような気がしていた。
膝はすごい包帯が巻いてあるけど、大丈夫かこれ。
この日は結局わからなかった。
ただ、しばらくして正解を知ることになるとは思わなかった。
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