メシに連れていきたい
■メシに連れていきたい
昼間すぎに公園に来た。
別に約束している訳じゃないので、昼過ぎの時間に来たってふわ子がいるとは限らない。
それでも何となく、あいつはいつも公園にいるような錯覚をし始めている。
あとは、俺が公園に行ったときにちょうど現れることが多い。
たまたま気が合うんだろうな。
ベンチに座って、バイト先でもらったパンを食べていた。
『つぶあんぱん』
写真には『あん』がぎっしり入っている写真が載っている。
いいじゃないか、こんなのでいいんだよ。
孤独に非グルメ。
ガサガサと開けて、パンを2つに割る。
疲れていたのか、『あんこ』にすごくすごく惹かれたのだ。
たくさんのあんこを見たかった。
割ってみると・・・パンの断面の1/4の位置くらいに固まってる。
失敗作かっ!?
『フレンチクルーラー』
これはもう、パンじゃなくて、ドーナツだ。
包装の写真を見ると、表面にチョコレートがかかってるし、中にはクリームが入っている。
こんな難しい加工ができるのだろうか。
ドーナツを取り出し、2つに割った。
大きな空洞があって、クリームは入っていない。
別の位置で空洞が終わっていて、クリームがそこから奥に届かなかったみたいだ・・・
パンはあくまでパンか・・・
スイーツだったら、中にクリームが入っていなかったら詐欺と言われてネットは大炎上だろう。
パンだったらOKなのか!?
蒸しパンも食べて、3つ目を食べ終わったところでお腹いっぱいになった。
それにしても、昼過ぎに公園でパンを食べている俺って・・・ヤバイな。
「昼間から公園でパン・・・ヤバい人。」
「おわっ!びっくりした!!」
俺の真後ろに、ふわ子が立っていた。
「びっくりしたじゃないか。」
「ふ。」
「あー、びっくりした。後ろからはやめろよー。」
「後ろからじゃないと驚かない。」
「脅かす気、満々じゃないか!」
「今、お昼?」
「うん、朝までパンの製造のバイトやってた。」
「夜中に?」
「そう、夜中に。」
「すごい。」
「時給が良いんだよ。」
「へー。」
「バイト先でパンをたくさんもらえた。」
「へー、良かった?」
「まあ、次の日の1食にはなるから、良かったんじゃないかな。バイト中に賄もあるし。」
「まかない!」
興味があるみたいだった。
「パンの製造のバイトの賄って、やっぱりパン?」
「パン食べてパン作るのって・・・今日はとんかつ定食だったよ。」
「!パンじゃない!?」
「何もそこで作ったものを食べるわけじゃないよ。」
「ふーん。パンを作りながら食べるのかと思った。」
「休憩中に食べるから、ちゃんと食堂があるんだよ。」
「ふーん。」
今日は、『おみやげ』を持っている。
「あ、おみやげがあるよ。」
「?」
ふわ子は声を発さず、首を傾げただけだ。
鞄から和菓子を出した。
「どらやき。」
「そう、どらやき。きらい?栗入り饅頭と酒饅頭もある。」
「んー、もらう。」
ふわ子は、どらやきを手に取った。
ちょっとにっこりした?
「ありがと。大事にする。」
「いや、食べろよ!」
「ふ。」
やっぱり面白いなこいつ。
「普段どんなもの食べてるんだよ。」
「んー、最近はあんまり食べてない。」
「なに?ダイエット?ほっそいんだから、いっぱい食べろよ。」
「んー、食欲がない。」
「人間食べないとダメだぞ。」
「ん。」
そう言って、ふわ子はベンチに座って、どらやきの包装を開け始めた。
見ていると、一口食べた。
「一口ちっさ。」
「ふ。」
ふわ子は食べた一口は小指の爪くらいしかない大きさだった。
このどら焼き全部を食べるまでには今世紀が終わるな。
「なあ、今度メシ食べに行かない?」
「メシ?」
「そそ、一緒に。」
「出かける自信ない・・・」
「徹底的な虚弱体質!」
「ん、見えない紐が付いてて、あんまり遠くに行けない・・・。」
「引きこもりか。」
「ん、引きこもり。」
「ニートで、引きこもりってヤバいな。」
「ん、ヤバいな。」
静かになっちゃった・・・。
「今日もバイトの話、聞かせて。」
「ああ、いいよ。俺が『ホンテーシー』って呼ばれる話と流れてこないパンの話がある。」
「面白そう。」
俺は、昨日あった(厳密には今日なのかもしれない)、バイトの面白話を話して聞かせた。
■バカな妹が調子悪い
この日の公園には、ふわ子が居なかった。
いつものベンチには、女の人が座っている。
特等席を取られてしまったら、別の席に座って待とうか・・・と思っていたら、その女の人は、あの『目で殺す』お姉さんじゃないか。
なんか今日も頭を抱えている。
悩みの多い日とみたいだ。
しまった!
目が合ってしまった!
『ギロリ』
ヤバイ!また睨まれた!
俺は、ヘビに睨まれたカエルの様に固まってしまった。
「あ、すいません!睨んでいましたか!」
「い、いや・・・」
「なんか、悩んでいるみたいだったから・・・」
「あ・・・すいません。」
お姉さんは眼鏡を出して、かけた。
眼鏡をかけたら目は細くなって、開けているかどうか分からないくらいだ。
良い人っぽいな。
「あの・・・よかったら、話聞きますよ?」
「あ、すいません。馬鹿な事なんです。」
俺は、お姉さんの横に座った。
「あたし、妹が居るんですけどね、体調が悪くてご飯食べれなくて・・・」
「そりゃあ、心配ですね。」
「そのくせ、お菓子は食べて・・・」
「子供ってそうですよね。俺も小さいとき思い当たるところあります。」
「それで、げーげー履いちゃって・・・。」
「あらら・・・」
俺も子供の時、ご飯を食べずにお菓子ばかり食べていた。
よく母親に怒られたよな・・・
「妹さん良くなるといいですね。」
「ありがとうございます・・・」
この人、良いお姉さんだな~。
俺は、席を立って公園内をウロウロした。
それにしても、ふわ子来ないな。
いつもなら、この時間にいるはずなのに・・・
この日、ふわ子と会うことはなかった。
・・・こんな日もある。
■資格と下克上
この日のバイトは、荷揚げとか構内作業とか言われている作業だ。
倉庫に行って、ドンドン入ってくる荷物をトラックから受け取って、倉庫内に入れていく作業。
量も多ければ、重さも色々。
手で運んでいたら、とても追いつかない。
そこで、フォークリフトと言う専用の運搬車を使う。
テレビなんかで見たことがあるだろう、2本の爪が出ているあれだ。
フォークリフトを使うには免許証が必要なので、主に免許を持っている社員がフォークリフトを運転して、バイトはその補助的な仕事をすることがほとんどだ。
トラックは4tとか2tとかに大量の段ボールを積んでいる。
パレットと呼ばれる台に載っていれば、いきなりフォークリフトで運び出せる。
ところが、色々な理由でトラックの荷台に直接段ボールが置かれていることがある。
バイトは、この段ボールを1箱1箱手で持って、社内のパレットに積んでいくのだ。
段ボールの積み方もあるので、最初のうちは慣れが必要だ。
ただ、慣れてしまえば、ひたすら物を運ぶだけなので簡単と言えば簡単だ。
大体の場合は、社員の人がフォークリフトを使うのだが、すべての社員の人が免許を持っているわけじゃない。
逆に、バイトが免許を持っていることもある。
通常時は、社員が顎でバイトを使う感じ。
普通の人は普通だが、こういう現場には必ず名物になる嫌なヤツがいる。
ここでは、ハラダさん。
そして、そういう人に限って努力しないので、フォークリフトの免許を持ってない。
そこで、俺は、密かにフォークリフトの免許を取った。
自動車の免許があったら、4日間講習を受けるだけだからそれほど難しくはない。
会社員だと4日間も教習所に通うのは難しいのだろう。
あと、5万円ちょっとの費用もハードルと言えばハードルだが・・・
俺は、数日分のバイト代を投入して免許を取ったのだ!
そして、ある時、その瞬間はきた!!
この日はいつもフォークリフト担当の社員さんが休み。
もう一人免許を持っている人はいるが、俺が操作したいと申し出た!
社員の人からしたら、自分がやらなくていいから喜んで譲ってくれた。
社内でどこかに行って、どうでもいい仕事をして、サボる算段だろう。
一方、ハラダさんは、社員の中では下っ端なので、サボれない。
フォークリフトは免許を持っていないので、運転できない。
そうなのだ。
俺は楽なフォークリフトで、社員のハラダさんが他のバイトと同じく走り回って段ボールを積む係。
いつもは手を動かさず、口だけ出す嫌なスタイルだけど、こうなるとサボることもできない。
バイトだけでは手が足りないからだ。
これでハラダさんにドヤれる。
レバーとアクセルしか操作せず、重たい思いをしなくていい俺と、走り回って段ボールを積む社員のハラダさん。
少しかわいそうだが、日ごろの恨みを考えると数少ない下克上の瞬間だ。
ハラダさんは新しいバイトは仕事に慣れていないのをいいことに、バカにしたり、いじめたりしている。
普通に考えて、そんなことしていたら次からバイトが来なくなるだろうに・・・
そんなことは全く考えない人なのだ。
そんな新人バイトは俺がフォローしてきたし、守ってきたりもした。
だからこそ、下克上であり、ドヤってやるチャンスなのだ。
これで、日ごろバイトは大変な思いをしていると理解してくれたらいいのだけど・・・
フォークリフトの仕事で面白いこと?
そりゃあ、運転できることだよ!
日頃運転できないし、自動車と違う動きをするのが面白い。
カウンターとリーチでハンドルを切る方向が逆なので、何度も間違うのも面白い。
でもなぁ、これって体験しないと面白さは伝わらないだろうからなぁ。
ふわ子に伝えて喜びそうなことはあんまないな。
■プレゼントしたい
バイト代が入った。
分かってはいるけど、バイト代が入ると財布のひもが緩む。
ただ、俺ってあんまり物欲がないので、給料日ごとに何かを買ったりしているわけじゃない。
そこで考えたのが、ふわ子とどこかに行ったり、何かプレゼントをしようと思ったのだ。
「なあ、ふわ子。」
「ん?」
既にいつもの公園でふわ子に会っている。
「今度美味しい物でも食べに行かない?」
「んー、最近食欲無い。」
「たはー、フラれた。」
「ふ。」
「じゃあさ、欲しい物ってない?」
「・・・ない。」
「今のあるよね!」
「ふふ。」
「バイト代が入って、割と懐があったかいんだよ。そんなに高くないものだったらプレゼントするよ。」
「んー、欲しい物は売ってない。」
なるほど、お嬢様と言うと欲しい物は高額過ぎて手に入らないとか、レアすぎて手に入らないということか。
「じゃあ、服とかは?」
「んー、着れる服が少ない。」
服もこだわりがあるのか。
そういえば、いつもふわふわした服を着ている。
結局、「ふわ子の欲しいもの」は教えてもらえなかった。
女の子は難しいぜ。
でも、顔が笑っている自分に気づいたのは内緒だ。
■教える対象は子供でも相手をするのは親
「『水泳のインストラクター』の話が聞きたい。」
「お、ふわ子は泳げるの?」
「泳げない。」
「なんで!?学校で授業あったろう?」
「なんとか逃げ切った。」
「逃げ切ったって・・・」
「まあ、いいや。水泳のインストラクターはね・・・」
ふわ子は、水泳のインストラクターに興味があるみたいだったので、俺の経験したことを話すようにした。
まあ、週2回とか3回しか行ってないんだけどね。
「俺が担当しているのは、「小学生」と「マスターズ」なんだ。」
「マスターズ?ホットドックにつける。」
「それはマスタードな。」
「マスターズは、高校生以上のスイマーの事だよ。」
「スイマー?魚の集まり?目は黒い魚。」
「それは、スイミーね。」
本気なのか、ボケなのか。
誰か教えてくれ。
ふわ子は本当に面白い。
「小学生コースは、いくつかのコースになっていて、それぞれ習得する内容があるんだ。」
「ふーん。」
「平泳ぎのキックを教えるコースを担当していて、生徒は2人だった。」
「少ない?」
「んー、頑張って教えたら試験に合格しちゃって、上のコースに行っちゃった。」
「タケロー優秀?」
「いや、そうでもないけど、教え方のコツをつかんで、こういう練習をしたら出来る、ってのが分かってきた。」
「ふーん。」
「だから、小学校1年生の2人も平泳ぎのキックができるようになって、月末のテストを受けることになった。」
「ん。」
「合格基準は、平泳ぎのキックで25m泳げることだったんだけど、本当にギリギリだったんだ。」
「できた。」
「そうなんだよ。ただ、本当にギリギリで。だから、できたけど、あと1か月練習してスタミナを付けよう、って言ったんだよ。
その方が、上のコースに行っても練習についていけるから。」
「ふーん。」
「本人たちも納得した。」
「ん。」
「だけど、テストの後、その子たちの親が来ていて、『なんで不合格なんですか!?』ってすごい剣幕で・・・説明するのに30分くらいかかった・・・。」
「ふ。」
「多分、子供たちは練習が急に大変になるから、今のコースでもう少し力をつけてあがりたいと思ったはず。
泳ぐためのテクニックはマスターしたけど、スタミナはそんな簡単には身につかないからね。」
「ん。」
「親は、子供がすいすい成長した方が嬉しいんだろうな。」
「ん。」
「その他、マスターズってのがあって、それは高校生以上のスイマー。」
「目が黒い魚。」
「それ『スイミー』ね。」
「ふ。」
「高校生が1人いるんだけど、速いんだよ、泳ぐのが。」
「ふーん。」
「遅い人は、60歳代のおじいさん。」
「ん。」
「全部で10人くらいで、一緒に泳ぐんだけど、それだけの差がある人に共通のカリキュラムを考えるのが難しい。」
「ふーん。」
「泳ぐ内容も、クロール、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライしかなから、60分の内容を考えるのが難しい。」
「なるほど。」
「4種類泳いだら、15分で終わってしまってそれ以上がない。」
「ん。」
「だから、手だけで泳いだり、キックだけで泳いだり、基礎練習もいれるんだ。」
「ん。」
「だけど、なんでも一緒だけど、『基礎』ってつまんないんだよ。」
「ん。」
「マスターズは、楽しんで泳ぐために来ているから、詰まらない、辛い練習ばかりのコーチは好かれない。」
「ん。」
「自分も一緒に泳ぐから、自分も基礎練習ばかりは嫌だ。」
「ふ」
「最初の時は、4種類と基礎練習を含めて30分でやりつくしたので、あと30分何しようかテンパったことがあった。」
「!・・・その時どうしたの?」
「距離を変えて、ロング(長距離)を泳ぐことにした。」
「ふ」
「実際、今でもマスターズの練習内容を考えるのは大変。練習前に色々考えてから始めてる。」
「ふーん。」
「バックヤードが何もないと、受ける方もお金出しているんだし、勝手にスポーツ哲学とかスポーツ科学を勉強して練習に取り入れた。」
「タケロー良い先生。」
「そうかな。お金もらってるしね。」
「でも、バイト。」
「バイトでも何でもお金をもらってるしね。一応プロだろ。」
「ふーん。」
何か水泳のインストラクターは面白い話と言うより、苦労する話ばっかりだったけど、ふわ子は興味を持ってくれた。
まあ、いいか。
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