少女との再会、忙しい少女の日常
■少女との再会、忙しい少女の日常
そう言えば、木曜日。
あの時の公園に来ていた。
『そう言えば』なんて言ったけど、ここ数日何となく気になっていたんだ。
あの少女「ふわ子」と約束したしね。
ちょっと気になってはいる。
恋愛感情と言うよりは、小学校の帰り道、壁に矢印が書いてあったら、その先に何があるのか確かめたい・・・みたいな。
『好奇心』と言う一言で片づけたら少し寂しい感じの何か。
今日は夜からのバイトだけど、昼間は時間がある。
あの公園にあの時間に来たのだ。
公園はいつも通り。
ふわ子はいない。
少し残念な気持ちもあったけど、何となくそんな気もしていた。
あの時のベンチに座った。
この公園は面白い。
平日の昼間でも人がいる。
近くに何か集客できる様な人気スポットがあるのかもしれない。
何となく公園を一周見渡していると、柱の後ろに人がいる。
ベンチのところの屋根のための柱、あの後ろに人がいるのだ。
隠れているけど、ふわふわが見えている。
「ふわ子だろ!」
柱から、顔だけ見した。
やっぱりふわ子だ。
「何でいつも隠れてるんだよ。」
「いつも追われている。」
「都会のサラリーマンかっ!」
「ふふ・・」
ふわ子もベンチに座った。
「学校に行かないニートだったら暇だろ?」
「そんなことない。毎日忙しい。」
「嘘だろ。」
「嘘じゃない。」
ふわ子は、いつも脱力系だ。
しゃべり方も抑揚がない。
この棒読み的な話し方にも興味津々だ。
表情もほとんどない。
笑う時は口元だけ少し動く。
「ははは」と笑うタイプじゃなくて、「ふ」と口元がわずかに動く笑い方。
今まで俺の周りにいなかったタイプ。
学校の同じクラスだったやつらは、ゲラゲラ笑ったり、ギャーギャー騒いだり、苦手だった。
「朝は6時に起きる。」
「すげえ早起きだな。」
「7時半にお茶が出てくる」
「お茶!?お嬢様かよ!?」
「8時朝食。」
「ちょっと遅い?」
すらすら出てくることから、日々そう決まっているのかもしれない。
「9時に掃除が入る」
「部屋の掃除!?自分でやらないのか!?やっぱりお嬢様なのか!?」
「そこそこお金はかかってる。」
「かかってるって・・・」
「10時半お風呂」
「結構なご身分だな!朝風呂かよ!」
「週3回。」
「毎日入れよ!」
「11時半にお茶」
「また!?お前んちすげえな。」
『ふんす』と少し自慢げだ。
といっても、あんまり表情はないんだけど。
「12時昼食」
「まあ、普通だな。」
「3時おやつ」
「おやつも出てくるのか。」
「おやつがないと栄養が足りない。」
「はいはい。」
「5時半お茶が出てくる。」
「またお茶かよ!」
「6時夕食」
「ちょっと早いな。」
「ご飯を出す人が帰るから。」
「お手伝いさん的な?」
「ん。」
ちょっと違うけど、まあそれでいいやって感じの反応。
まあ、いいか。
「10時消灯。」
「小学生か!」
今時のJKはこんなに早く寝るのか!?
俺なんか今日は10時から仕事だよ。
「だから、お昼ご飯の後からおやつまでの時間か、おやつの後の夕食までの時間しかここにこれない。」
「お茶飲んで、飯食って、寝る・・・すげえ生活だな。」
「でもさぁ、それだと夕食以降も時間があるんじゃないのか?」
「6時以降は外出禁止。」
「門限かよ。全くお嬢様だな。こっそり抜け出したりは?」
「2時間おきに見回りが来る。」
「監獄か!」
どこをどう切っても面白いな、こいつ。
とにかく、お嬢様で、ニートで、脱力系で、無表情で、美少女。
引きこもりなのに脱走するって・・・
盛り込みすぎだろ。
本当にそんな奴がいるのか。
こいつの表情を見ても、あんまり表情が無いので、冗談なのか分からない。
・・・マジなのか。
「『お茶を出す人』が家にいる生活って想像もつかない・・・」
「私も。」
「どんな答えだよ。お茶出してもらってるんだろ?」
「うん。」
「なにそれ、ダージリンみたいな?」
「んーん、多分麦茶。」
「麦茶かよ!」
つくづく分からない。
「お前面白いな。」
「私はつまらない生活をしている、つまらない人間・・・」
「そんなことないだろ。ふわ子は何か将来やりたいことないの?」
「んー・・・」
返事が返ってこなかった。
「どうした?」
「タケロー、親戚のおじさんみたい。」
「うぐっ。16歳からしたら、ハタチはおっさんだよ。」
「タケロー、ハタチ?」
「あれ?言ってなかったっけ?ハタチのフリーターだよ。」
「言ってない。バイト・・・どんなことしてるの?」
「バイト?多いのは掃除屋かな、あとはラーメン屋とか、引越屋、パン屋・・・まあ、いろいろかな。」
「もっと詳しく。」
「そうだなぁ、掃除だったら・・・夜中のビルとか掃除するんだよ。」
「・・・」
「ポリッシャーって知らない?手に持って、でかいブラシがぐるぐる回るやつ。」
「ん、見たことある。」
「あれ持って廊下を掃除したり・・・あれって傾け具合で右行ったり、左行ったりするから、新しいやつが入ってくると、うまくいかないんだよ。」
「ふーん。」
「社員の人がうまく使ってドヤってくるから、バイトは適当に褒めとくんだ。」
「華を持たせる?」
「そそ、社員の人が『あいつ使えねぇ』って会社に報告したら、次からよんでもらえないからな。」
「ふーん。」
「で、俺たちバイトは、トイレの掃除とかすんの。」
「ふーん。」
「あ、廊下を掃除すると自販機があって、その下を探ると10円とか50円とか落ちてんだよ。」
「へー。」
「きっと、落としても恥ずかしいから探さないんだな。」
「どうするの?」
「俺のお小遣いになるの。」
「タケロー、悪い人。」
「まあな。」
仮に届けられたらどうなるだろう?
ビルの人に渡すと、落とした人を探さないといけなくなる。
多分、持ち主は見つからない。
そうなると、守衛が着服するか、警察に届けるか。
守衛は時間外に交番に行って、調書を取るのに付き合わないといけない。
時間にして30分とか。
高々50円とか100円とかなら拾った人が着服するのが世の幸せと言うものだ。
「あ、こんな話つまんなかったな。ごめん。」
「そんなことない。面白かった。また聞きたい。」
「まあ、バイトの話なら無限にある。」
「ふ」
ふわ子は、口元が少しだけ動いて笑った。
「あ、LINE。」
「ん?」
「アカウント教えて。」
「あ、ああ。」
俺のLINEのアカウントは5件しか登録がないから、見られるのが恥ずかしかった。
よく漫画とかで1件も登録がないとかあるけど、現実的じゃない。
1件も登録がないとアプリのダウンロードすらしない。
母親と、keepメモと高校の時のどうでもいいやつと・・・合計で5件。
要らないアカウントもあるけど、消し方も分からない。
そのまま使ってる。
まあ、主に母親から連絡が来るくらいだけど。
「ごめん、俺どうやったらいいか分からない。」
「ん、ここをこう。」
俺のLINEの「友だち」のところに1件名前が増えた。
『ふわ子』
これ名前?
顔をあげてふわ子の方を見た。
俺の前に立ってどや顔してる。
「いいのかよ、こんな名前にしちゃって。」
「大丈夫。問題ない。私友達いない。」
細くて長い指でVサインを出す。
まあ、俺も友達いないけども・・・
「よろ。」
「ああ、よろしく。」
何となくJKのアカウントをゲットしてしまった。
「ごめん、今日はもう帰らないと。」
「ああ。」
「またバイトの話聞かせて。」
「ああ、いいよ。」
この日はこれで分かれた。
なんか面白いやつ。
アカウントは交換したけども、ふわ子からメッセージが来ることはなかった。
LINEでも淡白だな、あいつ。
■バイトが楽しくなる変化
このところバイトが楽しくなった。
嫌いなバイトとして、『掃除屋』があったけど、何かトラブルがあっても楽しめるようになった。
今までは、他のバイトがドタキャンしたり、嫌なやつだったり、ミスしたりしたら、イライラしてたけど、今では、ふわ子に話すネタになると思い始めたのだ。
芸人の気持ちかも。
大体は忘れちゃうんだけどな。
今日なんか大きなトラブルがなく、すんなり終わってしまったので、ネタが無くて少し寂しいくらいだ。
バイトも珍しいバイトを選ぶことが多くなった。
ネタのためね。
今度初めてやるバイトは、『検品』だ。
海外からのおもちゃの検品らしい。
何か面白そうなことが起きそう。
その時は、覚えておいて、ふわ子に話すことができる。
■スマホはメモを取れる
休みの日、晴れてる。
実に気分が良い日だ。
俺はあの公園に行った。
ふわ子は12時半を過ぎないと出てこないだろうけど、俺は結構早めに公園に着いた。
ローストビーフサンドを持って、公園に来ていた。
早く公園に着きたかったという気持ちもあった。
うん、うまい。
飲み物はコンビニコーヒーだ。
最近はコンビニでも美味しいコーヒーが飲めて困る。
ついついコンビニ率が上がってしまう。
ローストビーフサンドを食べ終わるよりも先に目の前が真っ暗になった。
「だーれだ?」
ふわ子しかありえない。
公園で知り合いと言えば、ふわ子しかいないのだから。
それ以外の誰かだったら怖すぎる。
「ふわ子だろ。」
「ん。正解。」
俺の目隠しを解いたら、ゆっくり横に来て、ベンチに座った。
「今ごはん?」
「うん、もう少ししたら、ふわ子が来るかなって。」
「ん、タケローが見えたから来た。」
「見えた!?どこから!?こわっ!」
周囲はビルに囲まれている。
家から見えるわけがないのだ。
「お昼は?」
「んー、今日は食欲がない。」
「半分食べる?」
俺は食べかけのローストビーフを見せていった。
ちゃんと、『ちぎるよ』ってジェスチャーも付けた。
「ほんとに食べられないの。」
「まじか。」
「女の子は低燃費なの。」
「まじか。」
「そうだ。この間バイトで面白いことがあったんだけど・・・忘れた。メモしておけばよかった。」
「思い出したら教えて。」
「うん、もちろん。メモ帳持って歩かないからなぁ。」
「スマホ持ってたよね?」
「ケータイ?うん。」
俺はケータイを取り出した。
「ここ、メモ帳が付いている。」
「ああ、ケータイのメモ帳機能ね。知ってるけど、俺入力が遅くて・・・」
「この機種なら、しゃべったらメモできる。」
「え?しゃべったら?」
意味が分からない。
ふわ子は、俺のケータイを手に取ると、いくつかタップして、メモ機能を立ち上げた。
マイクのボタンを押して喋り始めた。
「しゃべったら、メモが取れる。」
ケータイの画面を見たら、『しゃべったらメモが取れる。』と書かれている。
「まじか!時代はここまで来たのか!?」
「いや、普通。」
俺もマイクボタンを押して、しゃべってみる。
「テストテストー。」
『テストテスト』
ホントだ!
「でも・・・メモ帳を開く自信が・・・ない。」
「・・・しょうがない。ホーム画面にアイコンを準備しとく。」
ケータイのトップ画面に今までなかったアイコンが出現している。
これを押せば、メモ帳が開くらしい。
すげえな、ふわ子。
「んー、ちょっと待って。もう一回。」
ふわ子は、俺のケータイを持って、何かいろいろしている。
「ん、これでおけ。」
「何が変わったの?」
「ん、秘密。」
また口元だけ笑う笑い方で笑った。
笑顔なのか?
これがふわ子の笑顔なのか?
3■目つきの悪い女との出会い
あの公園に行った。
今日も夜勤だから昼間に時間があったから。
休みの日にはこの公園に来るのが習慣になってる。
ふわ子はいない。
そして、いつものベンチには先客がいた。
スーツ姿のお姉さんが、頭をもたげている。
どうした悩み事か。
あ、お姉さんが持っていた紙が風で飛ばされた。
俺は何となく追いかけて、紙をつかまえた。
ベンチまで戻ってきて、お姉さんに渡そうとしたが・・・
紙のことなど気にもしていない様子で頭を抱えている。
「あの・・・」
俺は声をかけた。
お姉さんはこっちを向いた。
『ギラン』と音がするくらい睨まれた。
こわっ!
「あの・・・これ。」
拾った紙を渡す。
「あ、ありがとうございます。」
お姉さんは紙を受け取った。
「あ、ごめんなさい。目つきが悪くて・・・目が悪くて・・・」
お姉さんは懐から眼鏡を出して、眼鏡をかけた。
眼鏡をかけたら、目が開いているのか分からないくらい細い目だった。
あ、こうしてみると美人。
美人だな。
「あの・・・もしよかったら話を聞きますよ?」
確かに美人だけど、下心があったわけじゃない。
なんか本当に落ち込んでいるみたいだったので、何かできないかと思ったのだ。
「ありがとうございます。検査結果が適合しなくて・・・あ、いえ、良いんです。大丈夫です。」
お姉さんは、ふらふらしながら行ってしまった。
何だったんだ。
大丈夫か?お姉さん。
まあ、あれだけ美人だったら、頼まなくても周囲の誰かが手を貸すだろうから、何か悩みがあっても何とかなるだろうな。
平日の昼間の公園にいるくらいだ。
就活がうまくいかないとかだろうか。
■バイトの話を聞きたい
「ねね、これまでどんなバイトしたの?」
「お前今どこから現れた!」
目つきがヤバイ美人のお姉さんが帰った後、どこからかふわ子が現れた。
「後ろからこっそり見てた。」
「こわっ!」
「ね、バイト。」
「あー、バイトね。引越屋、掃除屋、パン屋、水泳のインストラクター、米洗い、輸入商品の検品とかー。」
「一番最近は?」
「検品かな。」
「何の検品?」
「俺が行った日は、『輸入物の香水』だった。」
「香水の検品?」
「そう。全部箱に入ってる。箱と言っても、店頭に並ぶ時の『インナー箱』と、まとめるための『中箱』、運送用の『アウター箱』の3種類あるんだよ。
「へー、そう言われれば確かに。」
「それで、瓶が割れていたり、ふたが開いていたら売り物にならないだろう?」
「ん。」
「だから、全部検査するんだよ。」
「どうやる?」
「まず、アウター箱の段ボールを開けて、匂うんだよ。」
ふわ子は興味を持っているようだ。
「中身は香水だから、元々香水の匂いが少しはするんだ。」
「ん」
「怪しいやつは、中箱を取り出して、単体で匂う。」
「ん」
「そこでも匂うやつはインナー箱を開けて、開いている物を確認する。」
「ん」
「簡単そうだろ?」
「ん、でも、開いてない瓶も香水のにおいがする。」
「そうなんだよ!」
「お手本と比べる?」
「お手本は作ると1個無駄になるし、段々匂わなくなるからダメらしい。」
「どうするの?」
「今回検品する品物同士で比較するんだよ。」
「なるほど。」
「それだけなら「ふーん」だけだろ?ところが、香水の輸入元が中国なんだ。」
「?」
「そもそも香水自体が入っていない場合もあるし、瓶すら入っていない場合もあるらしい。」
「ふ」
実際にこのバイトをやってみるまで、その発想はなかった。
やってみないと分からない事象だった・・・。
「『米洗い』も気になる。」
「米洗いか、危険なバイトだった。」
「定食屋さんで炊くご飯用の米なんだけど、異物が入ってるんだよ。」
「異物?」
「そう、透明のガラス。」
「!」
「オーナーが重さでいくら、と言う買い方で中国から輸入した米だったらしい。」
「ん」
「そしてら、透明のガラスの粒が入っていて、嵩増しした米が来るようになったらしい。」
「!」
「だから、米とガラスを仕分けするバイトが必要になった、と。」
「ふーん。どうやるの?」
「仕分け?水に入れたら全部沈むしね。これじゃダメだった。」
「ん。」
「最初は、広げて目で見て1個1個ピンセットで拾ってたけど、量が半端じゃないんで挫折した。」
「ん。」
「だから、出来るだけ広げて、新品の掃除機で吸っていった。」
「おお!」
「米と掃除機の距離をうまく調節すると、米だけ吸うんだ。1回じゃ不安だから、3回繰り返すと、ガラスが無くなった。」
「でも怖い。」
「そうだよね。オーナーが余計にお金を払ったら、ガラスが1欠片も入っていないちゃんとした米が送ってくるようになったらしい。だから、俺はクビになった。」
「ふ、面白い。」
「地道な作業で好きだったんだけどな・・・」
「ご飯は炊かなかった?」
「うん、もっぱら米の選別要因としてのバイトだった。」
「ふ。」
「そんなに興味があったら、バイトしてみたらいいのに。」
「私はバイトできない・・・と思う。」
「なんで?」
「体力が・・・持たない。」
この子、面白い!
あと、家でお茶が出てきたり、引きこもっていても食事を運んでくれる人がいたり、部屋の掃除をしてくれる人がいるような家だ。
俺からは想像もできないお嬢様に違いない。
お嬢様ニート・・・
色々面白い。
今日もふわふわした服を着ている。
きっとこういうのが好きなんだな。
靴もいつも通りのクロックス。
服とミスマッチなのが面白い。
この組み合わせの人は他にいないだろう。
あのビニールのブレスレットは、今日は違うみたいで、シュシュに変わっていた。
相変わらず細いし、労働とかには一生縁がないんだろうなぁ。
俺とは住む世界が違う。
ここでの時間は、俺にとって特別な時間になっていた。
■1時間座っているだけのお仕事
今日のバイトは、いよいよよく分からない・・・
引越のバイトは、バイトにその日の行先や仕事内容が告げられることはない。
トラックに乗せられて、連れていかれて、そこで始めて何をするのか察することができる。
今日はやけに人が多い・・・
嫌な予感しかしない。
これは、ふわ子に教えるネタが豊富そうだな。
俺たちはトラックに乗せられた。
結構移動時間長いな。
この時間も労働時間に入っているから、俺的には大歓迎だ。
今日の運転手はサイトウさんだった。
あの人何を考えているかちょっと分からないところあるから少し怖いよな。
助手席のサトウさんはダッシュボードに足上げるから「いかにも」って感じで苦手だな。
今日は2tトラック。
バイトが8人。
コンテナに積まれているんだが、これって違法では・・・
ご丁寧にボックスだから、暑いし。
2tトラックと言っても荷台がオープンになったものと、ボックスになったものの2種類があって、オープンになっている方は絶対に人を乗せられない。
周囲から見えるし。
今日はどこの引越なのか・・・
2tだからそんなに大きな引越じゃないはずなのに、8人・・・
普通マンションの引越とかだったら、3人とか4人くらい。
8人って結構多いんだけど・・・
1時間ほど経過したところでトラックが止まった。
ん?
何屋?
コンビニみたいな建物の駐車場に止まったみたいだった。
『Billiards』
びるあーどず・・・ビリアードか。
ビリアード場!?
この日の仕事はビリアード場らしい。
何を持って行くのか・・・
嫌な予感で背中に冷たい汗が・・・
想像通りビリヤード場のビリヤード台を移設するらしい。
ビリヤード台なんてどうやって持って行くんだ!?
いや、分解すると、あの緑マット下に石の板が入っていると思わないじゃん!
その板が、1枚100kgもすると思わないじゃん!
この100kgの石板を2人で持つとして…1人50kg!
重たいよ!
ビリヤード台は10卓。
1卓から石板が3枚。
これ30枚も運ぶの!?
とんでもない作業だ。
業者に頼めよ!業者に!
あ、今日の俺は業者か・・・
8人で30枚を運ぶとして、30÷8で3.75・・・
一人3枚か4枚運べば終わる・・・学校で習った算数ならばそうなる。
ところが、8人もいると1人か2人さぼるやつが出てくるんだ。
ビリヤード台でも、石板以外にフレームとか、脚の部品とか、重たくない部品がたくさんある。
それを中心に運ぶやつがいる!
あと、どうでもいい仕事を自分で作りだして、それを一生懸命やるやつ!
今回で言うと、緑のシートに付いてるホチキスのハリを取る仕事やってるやつ!!
アリだか、蜂だかは、全体の8割しか働いていなくて、2割はさぼるらしい。
その2割を外すと、別の2割がさぼりだすのだとか・・・
どうやったら俺はその『さぼる2割』に入れるんだ!?
既に、俺は8枚運ぶ作業に関わってる・・・
想定の2倍だよ!
誰だ算数考えたやつ!
お前は世の中を知らなすぎる!
などと、心の中で見知らぬ『教科書を作った人』への怒りをどこにぶつければいいのか悩んでいた・・・
はー、でも、このいつもよりハードな仕事は午前中で終わりそうだから、午後は楽な仕事になるはず・・・
2t車で8人だから、荷物詰めないし、トラックは一旦営業所に帰るだろうし、また1時間座っているだけ・・・
・・・と思ったら、別のトラックが着て、別の引越現場に連れていかれるのだった・・・
『1時間座っているだけの仕事』がぁ!!
俺は次の現場にドナドナされていくのだった・・・
■ベルトコンベアとホンテーシー
この日は夜中のパン工場でバイトだ。
パン工場のバイトは食事が付くから嬉しい。
1食浮く。
深夜にとんかつ定食が食べられたりするので、嬉しいような、辛いような・・・
まあ、タダだからOK。
あと、事務所に置いてあるパンが食べ放題。
持って帰れないのが残念。
仕事は夜の10時から始まるが、1時間前の9時には着かないといけない。
これって労働基準法的にOKなのか・・・
でも、食事タダだし。
手は1分以上洗わされる。
わざわざタイマーが置いてあるし。
でも、このタイマーのボタンを押すのは手を洗う前だと誰か気づけ!
『ストップ』ボタンは『スタート』ボタンと共通だ。
菌的なものがあるとしたら、このボタンを使って手洗い前後でまた指に移していそうだけど・・・
あと、クリーン服への着替えが時間がかかる。
食品工場なので、普通の服じゃ作業できない。
真っ白なツナギみたいな服を借りて着る、これがクリーン服と言うらしい。
その他、ネットをかぶって、帽子もかぶる。
新人バイトは、前髪をかっこよくネットから出そうとするが、社員に注意される。
どうせ、バイト中ほとんど誰にも会わないのだから、前髪とかどうでもいいことに気づくのに数回かかる。
工場内に入る前に小部屋に入れられて、全身風を当てられる。
宇宙船の中に入るみたいでちょっとかっこいい。
エアーシャワーとか言うらしい。
ここでは、『上半身をひねって、より髪の毛を飛ばした方が正しい派』と『各風のノズルは適正位置に設定しているのだから上半身は捻らないのが正しい派』がいる。
でも、どちらが正しいか、誰も教えてくれない・・・
やっとベルトコンベアの前にたどり着く。
ここに着くまで15分。
すげえ時間がかかる。
最初と最後は良いけど、トイレに行くときは大変だ。
俺の仕事は、ベルトコンベアの上を流れてくるパンを『番重』と呼ばれる底の浅い箱に25個づつ入れて、積み重ねていくことだ。
単純作業なのだけど、機械化できそうだけど、以下のことを同時にしないといけない。
・パンの包装がおかしくないか(検品)
・パンの袋を右手に2個、左手に2個つぶさないように持つ(ピックアップ)
・番重に並べる(パレタイズ)
・番重が無くなったら、少し遠くからパン中の束を持ってくる(セッティング)
・番重が20段になったら横に1段目から詰む。
こう見たら簡単そうだけど、パンは常に同じ速さで流れてきている。
そして、ベルトコンベアは止まらない。
俺は、目の前のパン、番重の残り、持ってくるべき番重の位置と数、を常にチェックしている訳だ。
パンを持って番重へ、パンを持って番重へ、パンを持って番重へ・・・
これを4時間連続・・・
俺はマシーンか!!
歌っても、叫んでも人はいないので、誰にも届かない。
隣のレーンの人は見えるが、ベルトコンベアの音でかき消される。
チャップリンの映画で、歯車に巻き込まれながら仕事をしているのがあったな・・・
あれを思い出す。
俺はマシーン、俺はマシーン・・・
・・・眠くなってくるが・・・
慣れてくると、寝ているようで、番重にしっかり25個づつパンを詰めて、積むことができるようになる。
人間ってすげえなぁ。
4時間したら、1時間の休憩があるけど、この時話し相手がいない!
バイトの同僚的なやつはいるんだけど、みんな海外の人だ。
それぞれの国ごとに集まっていて、日本人がオレ1人しかない。
ここ日本?
頑張って中国人に話しかけたこともあったけど、俺のことは中国人たちが『ホンテーシー』って呼んでた。
後で家に帰って、google先生(翻訳)で調べてみたら・・・
『バーサーカー』
ベルトコンベアの前で歌ったり、叫んだりしてるからかな(汗)
休憩が終わったら大変だった。
コンベアに流れてくるパンがいちいち不良品だ。
包装が中途半端だ。
口が閉じられていなかったり、口を閉じる位置が違っていたり・・・
これは・・・商品としてダメだろう・・・
上流では社員の人が包装の機械を調整している。
ベルトコンベアは動いたり、止まったり・・・
不良品はそのまま下流に流すので、良品が流れてこないうちは仕事がない。
番重もたくさん準備済み。
仕事がないならこれがまた困る。
「おらー!バイト―!パンが流れたらNG品も集めとかんかぁ!」
「さーせん!」
いや、前回、NG品は手を付けなくていいって言ったよね?
でも、バイトは社員に逆らわない。
なまじ日本語が通じるのでしんどいが、外国人なら言う方も『言っても無駄』と思って何も言わないだろう。
日本人の方が大変じゃないのか!?
帰りがけに、別の社員の人が声をかけてくれた。
「大変だったね。あの人『ソフトケーキのキムラ』って言って、パワハラっぽいことを言うやつなんだよ。気にしないでまた来てね。」
「あ、はい。」
「あ、これ持って行って!」
本当は持ち帰りNGのパンをたくさんもらった。
ラッキー♪
ソフトケーキのキムラ・・・二つ名みたいで、なんかかっこいいな。
今日も深夜のパン工場のバイトを勤め上げた。
とりあえず、帰って寝るか。
そして、昼にはあの公園に行ってみよう。
毎週月曜日更新 全6回の予定




