⑤エクスカリバーとか幼馴染とか
【麦子視点/エピローグ】
「眞鍋、今日飲みだから」
あれから週が明けて、忙しく普通の日々が続いた。ただ今週は締め日も終わったばかりで、重要な取引もなく金曜を迎えている。
営業一課の馴れ馴れしい同僚・飯田は、今日も馴れ馴れしく私を誘ってきた。
「……なんか飲み会なの?」
「まあね~。 お前の後輩チャンから聞けよ」
「……」
飯田は軽い。だがヤツは一般的に見てイケメンであり、仕事も出来、将来有望。人脈も広い。
ちなみにヤツには彼女がいる筈だが、入社時からちょいちょい私を誘ってくる。多分落ちないのが腹立たしいのだろう。クソみたいなプライドではあるが、クソ野郎なので仕方ない。
嫌な予感しかしないが、案の定後輩の中居ちゃんは既に誑し込まれていた。
「眞鍋さん~、一課の渡邉さんも来るんですよ~! 二課からは私達だけだから……今回だけ! ね?」
「しょーがないなぁ……ちょっとしたら帰るからね?」
「わーい!!」
飲み会には8人程いた。まあまあどうでもいい人数である。これならさっさと帰っても問題ない。
一応中居ちゃんにはあまり飲まないように釘を刺しておいたが、そもそも彼女は女子力高めなので大丈夫とみた。実際お目当ての渡邉くんと、早々になんか盛り上がっている。
「ウチの渡邉と後輩ちゃん、イイ感じじゃね?」
「そうね~」
さり気なく自分の手柄だとアピってくる上、内緒話に見せかけて距離を詰めてくるあたりがウザイ。生憎だが、イケメンとの近さはたっちゃんで慣れているので、パーソナルスペースの侵害には不快感しかない。あからさまに距離を取り、スマホを弄る。
──ピロン♪
電子音に頬が緩む。
「それじゃ、お先! 皆楽しんでね~♪」
「えっ、まだ早いだろ?」という飯田に私はニヤニヤを隠せない。
なんだかんだ、この台詞を言いたくてここに参加したようなものなのだから。
「ゴメンね~、婚約者が迎えに来てるの~♡」
「えっ」
「眞鍋さん! いつの間に?!」
「どんなヤツだよ……」と真顔で聞いてきた飯田に、「超~カッコイイ人♡♡」と答えると、外までついてきた。
「たっちゃん♡♡」
「お待たせ、麦ちゃん」
少し離れたところにいるたっちゃんに声を掛けると、居酒屋の入口に隠れるように飯田が私の肩を掴み、小声でこう尋ねる。
「ただのオッサンじゃん、どこが……」
私はその言葉を遮り、汚物を払う感じで飯田の手を払った。
「……飯田ってホント、見た目だけよね。 たっちゃんはアンタの100万倍はカッコイイし」
──と言ってやりたかったが、今後の人間関係もあるので「カッコイイでしょ♡♡」とだけ言って、たっちゃんの方へ走り、腕に飛び付いた。
ゴミ虫に触られた肩が気持ち悪いので、たっちゃんの腕を無理矢理肩に回す。
「ちょっと、麦ちゃん……」
ちょっと迷惑そうな声を出すたっちゃんだが、拒みはしない。
飯田はああ言ったけれど、ヴィジュアルだってたっちゃんは今もカッコイイ。一般的に見て『カッコイイ』ではないにしても、『モテそう』には当て嵌る、みたいな。
スラリ、という形容詞では表せなくなっただけで、いかにも包容力がありそうだし……顔だって整ってるのが崩れたわけではない。
少しタレ目になったのが、温和で甘い感じ。
(絶対こういうのが好きな人は沢山いる……)
「たっちゃんの彼女って示したいの! 牽制!!」
紛れもない本音をぶつけると、「確かに牽制は必要かも」と言いながら肩を寄せてくれた。──「麦ちゃん、可愛いから」って。
……いい歳して、完全にバカップルであることはわかっている。
あの日、あの後暫く……たっちゃんは黙ってしまって、ふたりでただお酒を飲んだ。
飲んでるうちにたっちゃんが「いつから」とか、そんなことを訥々と質問してきた。私もあまり要領を得ない感じで、訥々と答えては、間を埋めるようにお酒を飲み……
最終的に吐いて、家に送られた。
おんぶで。
……情けない限りである。
でも背中越しに「ちゃんと考えるから」というたっちゃんの言葉はしっかり聞いた。
結局のところ、素直になるのが一番の近道だったのだ。
次の朝、たっちゃんは朝食を作りにウチに来た。
正直気まずくて、顔が見れない私の斜め上から、たっちゃんの優しい声。
「──約束だから」
「え」
「朝ごはん」
「あ、うん……」
ありがとう、と言おうと顔を上げると、視線が合う。
今度はたっちゃんが目を逸らす。
恥ずかしそうに。
「麦ちゃんが良ければ、また……」
「え」
「……これから、いつでも」
──あの時のことを思い出すと、ニヤニヤが止まらない。
なににこだわっているのか……たっちゃんは真面目で、両親が帰ってくるとすぐ挨拶をし『お付き合い』をすっ飛ばし、私達は婚約者になった。
……ちなみにまだ何も無い。
厳密に言うと何も、じゃないが、大人としては微妙なレベルの接触しかない。
「麦ちゃん……あのさ」
「はっ、はいっ?!」
滅茶苦茶期待感を醸した感じで返事をしてしまったが、普通に家に送られた。どこまでも真面目で慎重派の、たっちゃんの用件は
「こないだ使った包丁、俺にくれない?」
……だった。
私の使っていた小さいのではなく、こないだたっちゃんが使っていた、普通のサイズの包丁。
お強請りされた五徳包丁の一振を、たっちゃんにあげた。
「ありがと。 良く切れるから楽しくて」
明日はデートに誘ってくれた。どうやらお弁当を作ってくれるらしい。そのためとか、なんて可愛いお強請りだ。女子か。
……他にも私の大事なものをあげるのにぃ。
「ね、たっちゃん。 私にも頂戴」
「なにを?」
「そりゃ……」
たっちゃんの全て。心も、身体も。
──とか言うと「重い!」とか思われそうなんで、とりあえず「おやすみのチュウ♡」とか言ってお茶を濁しとく。だがくれたのはデコピンで「ご近所の目があるから」とちょっと怒られた。
おやすみを言って別れる際に、結局してくれたけど。
幼馴染の遠慮は私にだってある。
だから、これからそれよりも長い月日をかけて。