④あざといだとか限定だとか
【麦子視点】
たっちゃんは怒ったように「ホラ」と言うと、素早く居間へと移動した。戸棚の引き出しから絆創膏と消毒液、それにテーブル下にあったティッシュを用意すると、消毒液とティッシュ数枚を私に寄越す。
『勝手知ったる他人の家』とはこのことか。
過った少女漫画的乙女の妄想……
**************
達成:「麦ちゃん! 見せてみろ!」(駆け寄り手を取る)
麦子:「これくらい……あっ……」(切った指を舐められる)
──ドキーン♡(※効果音)
達成:「あっごめん……」(我に返り手を離そうとする)
麦子:「……離さないで」(離そうとした手を握る)
達成:「麦ちゃん……」
★近付くふたりの距離……!(※アオリ)
次回をお楽しみに!
**************
……は、あえなく霧散した。
「そう上手くはいかないもんだ……」
消毒液を受け取りながら小さくそうごちると、たっちゃんは何を勘違いしたのか「大丈夫、また作ればいい」と慰めてくれた。
「でも今日はもうやめとこう。 食べたいものがあるなら俺が作るから」
優しい。的外れだけど。
少女漫画的妄想は消えたのに、少女漫画的なキュンという擬音が胸から消えない。好き。
優しさに乗じて絆創膏を渡す。
「たっちゃん、貼って」
そう言うとたっちゃんは呆れたのか、眉を寄せつつ口角を微妙に上げた。凄く中途半端な、笑みとも言えないような表情で……無言のまま絆創膏を広げる。
(むむ……腕を引っ張るとか、ハードル高いな)
そもそも絆創膏を貼るだけなので、妄想のように腕を取られることはないのだった。
素直に「好き」と言ってしまえば、多分一番早いのだろう。
たっちゃんは優しい。断るにしても、むしろ昨日までの離れた距離から、昔のような幼馴染に関係を戻してくれるのではないか。
ただ、最も簡単な解決法のそれは、気持ちの上では最も難しいことだ。
なんなら肉食系と思われる方が、遥かにマシ。──そう思った私は勝負に出た。
肉食系的な。
☆☆☆☆☆
【達成視点】
隣の家の小悪魔は、その大きな瞳を潤ませて俺にお強請りした。(若干悪意の込められた表現)
──あざとい。
だが所詮絆創膏を貼るだけだ。ここで狼狽えるワケにはいかないので、貼る。
手入れされているが、麦ちゃんの爪は飾り気がなく短い。普段はお洒落に見える麦ちゃんだが、おそらく家ではいつも俺がみたような油断した恰好なのだろう。──そんなことがなんとなく感じられてホッとする。
少しだけ頭が冷えた。
こんなことは以前にもあって……だから、やっぱり幼馴染の延長なのだろう。
麦ちゃんは変わっていないのだ。
綺麗になった麦ちゃんを、俺が意識しすぎている。そしてその天然さ故の言動に翻弄されている……
と、結論づけようとしたのだが。
「たっちゃん……なんでも作ってくれるの?」
「ん? うん。 なにがいい?」
「…………朝ごはん」
やっぱり小悪魔だった。
☆☆☆☆☆
【タケオ視点/ファミレス→真鍋家】
某ファミレス。
ドリンクバーにも飽き、ネットサーフィンもひとしきり終えた俺は、徐に時計を眺めた。
(あ、もうこんな時間か~)
俺は一旦家に戻ることにした。
ぶっちゃけてしまえば、出歯亀的好奇心からである。
こんな時間とは言ってもまだ夜8時。夜はこれからの時間だ。
姉ちゃんは隠しているつもりなのだろうが、たっちゃんが好きなのはバレバレだ。ふたりがどんな空気になっているか、気になるところ。
俺はどちらかと言うとシスコンの方だという自覚はある。しかし、姉の幸せを望むタイプのシスコンであり、たっちゃんなら全然いい。イイ感じになっていたなら、ふたりには外で飲み直すなりをオススメしたい。たっちゃん家だって空いてるわけだし。
もしももうおっぱじめてたら……う~ん、どうしようかな。
流石に身内の喘ぎ声とかは聞きたくねぇから、一応友達にも連絡しとくことにする。我ながらなんて気の利く弟だ。
しかし、家では想定外の事になっていた。
ふたりは何故か大喧嘩をしていたのである。
☆☆☆☆☆
【麦子視点】
「だからっ……気を付けた方がいいよ、って言ってる! そういうの!!」
私の考え抜いたあざと台詞はお気に召さないどころか、温和なたっちゃんをキレさせてしまった。
だが私もここまで頑張った挙句、恥をかかされた訳であり……羞恥とともにその怒りをたっちゃんにぶつける。
「流せばいいじゃん! 得意でしょそういうの!!」
「どんなイメージだよ?! 得意じゃないわ! 真面目なオッサンをからかうのはやめろ! 大体のっけからあんな恰好で出てきて……!」
いい加減な服装を指摘された。なんだかショックだった。
きっとあの時点で既に、女として除外の烙印を押されていたのだ。
★★
【達成視点】※上記直後
「自分こそ最初からそう思ってたくせに、あんな態度!」
「最初からっ、そんな……だから注意したじゃないか!」
確かに裸エプロンに見えていたが、別にそういう期待をしていたわけじゃない。だからこそなるべくそういう目で見ないようにしていた筈だ。
だが麦ちゃんは尚俺を追い込んでいく。
「注意されて直したところで、たっちゃんの私への見方は変わってなかったんじゃない! だから私だって……」
「それはっ……いや、そんなことはないよ! 俺はそんな」
俺のやましい期待を麦ちゃんは感じ取っていたようだ。
あの天然小悪魔ぶりは、俺の圧への『期待に添えなければいけないのかも』、という行動だと言うのか……?!
☆☆☆☆☆
【麦子視点/真鍋家→居酒屋】
「それだって麦ちゃんがそんな風に……」
「だってそれはたっちゃんがあんなだから私だって」
「────ねぇ」
「「!!」」
暫く似たような問答を続けていた私達の前に、突如現れたタケオ。タケオはこう尋ねる。
「コレ、なんのケンカなの? さっきからちょっと聞いてたんだけど、全然意味がわかんなかった」
「「……」」
私とたっちゃんは顔を見合わせ、互いに逸らした。
そういえば、たっちゃんの言っていることでよくわからない部分もあったような気がしないでもない。
気持ちの上であまり口に出すには適切でない単語や説明は、双方全て『アレ』とか『それ』とかの指示語に変換していたからだ。
「……実は俺も途中、噛み合ってないような気が、ちょっと」
たっちゃんがバツが悪そうに言い、続けて小さく「実は私も」と呟いた。
「じゃあハイ! もう一度話し合ってみようじゃない?!」
「……いい? 麦ちゃん」
「うん……だけど」
──タケオが邪魔な件。いや、タケオのお陰ではあるが。
ワクワクした顔で待っているタケオを置いて、ふたりで外で飲み直すことにした。
タケオは軽く文句を言ったが、何故か上機嫌で「行ってらっしゃい」と送り出される。
飲んでゆっくり話し合った結果…………
まあ、なんていうか……色々な誤解があったと知る。
外だから、というのもあって、素直になれた気がする。あの頃は当然居酒屋なんてふたりで行けなかったし。
外に出てみればなんてことは無い、私達はいい歳のただの男女だった。
「……カッコつけてたかったからね。 幼馴染のお兄さんとしては」
「それは、私だって。 子供扱いされてると思ったから……」
「してたかったけどね……」
苦笑しながらも、そこはハッキリと言ってくれない。
言ってほしいけど、意識してるからこそ言わないのなら……まあ、いい。
「たっちゃんはカッコイイよ? 本心」
「はは……ありがとう」
「お腹が出ても、髪が薄くなってもカッコイイよ。 きっとハゲ散らかってもセクシーだよ」
「……やめてよ」
「褒めるの? それとも、ハゲ散らかっ……」
「 両 方 」
たっちゃんはビールを飲み干すとお代わりを頼む。
もう飲まないって言ってたくせに。
「……麦ちゃんは綺麗になった」
「うん」
「褒めた返しに褒めたって思ってる?」
「うん」
「まあ、それでもいいけど」
「いいんだ!」
「自覚は、した方がいい」
「じゃあ、もっと褒めて」
「そういうとこ……」
「たっちゃん
私、誰にでも褒められたいわけじゃないよ」
★終わらなかったー!!(アオリ風に)
次回もお楽しみに!




