プロローグ 始まりの手紙
黒雲に覆われた城下町を魔王城の最上階、玉座の間から見下ろす。
人間の文化技術を都合よく取り入れ、発展したレンガ造りの街並みはこの二百年崩れることなく、美しい姿を保っていた。
「平和だ。本当に……」
二百年前、人間と魔族は盛大な大戦争を繰り広げていた。だが、長い戦争で傷ついた街と民に気づいた人の王と私は武器を捨て、互いに手を取り合い和平条約を結んだ。
和平条約は締結できたものの、魔力を体内に宿し、姿形も千差万別の魔族と魔力は自然界のものを借り受け、微弱な力しか持たない人間とは共存できないと判断した人の王と私は互いに不干渉条約を締結。
魔界と人間界は互いに干渉することなく、二百年の時が過ぎた。
そのおかげで、二百年の平和な時が保たれたのだ。
いいことだ。本当に良きことだ……しかしながら、
「いささか、退屈ではあるな……」
窓に背を向け、マントがたなびく。
玉座の間には魔王の玉座以外に四つの椅子が置かれている。
魔王軍幹部、四天王の椅子だ。
そこは空席で、座るべき過去に共に戦った彼らは、現在はそれぞれの得意分野を生かし、魔界中を奔走し魔界を正常に統治してくれている。
「本当に、優秀な部下に恵まれた……故の退屈、か。贅沢な悩みであるよ」
自嘲気味に笑う。
四天王―――彼らが優秀であるゆえに魔王である自分が出る幕がない。
人間との戦争が終わって直ぐは治安が悪化した街へ直接出向いたり、魔族の民に不満が出ないように新しい制度を作ったり、粉骨砕身で魔界に身をささげていたが、いつの間にか私が出る幕はなくなったようで、すっかり呼ばれなくなってしまった。
玉座に腰を下ろす。
今日もまた、退屈な時間を眠って過ごそうと、眼を閉じかけた。
その時だった。
「魔王様~~! 魔王様~~、魔王クロス様~~~~!」
大声をあげて騒ぎながら、ヤギの角を生やした老魔族が駆け込んできた。
「じいや。どうした。そんなに慌てて」
じいや―――宰相ヴァサゴはくしゃくしゃの紙切れを掲げて私の前に膝まづいた。
「これを見て下され。今朝。わたくしめの家庭菜園に矢文が刺さっていたのでありまする!」
「家庭菜園なんてしておったのか……」
「は。退屈を紛らわせる唯一の趣味でございました。新種の魔草かと思い引き抜いたところが一本の矢。その先端にこちらの文が括りつけられておったのです」
じいやの言う通り、その手紙はところどころ土がついていて汚かった。
そのような汚らしい手紙をそのまま魔王たる私に献上するなど、じいやにしては珍しいミスだ。よほど慌てているのだろう。
特に何も言わず、手紙を受け取り、広げた。
そして、驚愕した。
その手紙に書いてあった字は、子供の字だった。
字を覚えたてのよれよれの字。まだ幼い子供が必死で書いたのだと感じた。
こう書いてある。
『まおうさま。わたしのおとうさんとおかあさんをかえしてください。
キティ』
じいやは眉をハの字に曲げて、
「い、一体どういうことなのでしょう? その子の親を攫ったのですか……?」
「慌てすぎだ、じいや。お前と私はずっとこの城に百年以上引きこもっていたのだ。何かあったときに備えて、共にな。そんなことを私がしていないのはお前が一番よく知っているだろう」
「は! そう言われてみれば、そうでした。ではこれは……」
「いたずらだろうな……」
手紙を見つめる。
いたずらと断じたものの、どこかその字には必死さが込められているような気がした。
本当に、これはいたずらなのだろうか……。
「よし、じいや。私は決めた」
「は?」
立ち上がり、こんなこともあろうかと懐に忍ばせていたあるものを取り出す。
「それは?」
「『ザ・チェンジ眼鏡』だ。変装用の魔法の眼鏡で体から放出する魔力を抑え、あまり目立たないように顔立ちも正しく認識することができない認識阻害魔法もかかっている」
とっておきのマジックアイテムを顔にかける。
「認識阻害……そちらの眼鏡は似合っておいでですが、魔王様ですよね?」
「阻害する程度で元々私を深く知っている人間にはさすがに効かない。ただ、ほとんどの民たちに魔王と気づかなければそれでよい」
「はあ、そんなものを身に着け、どうするので……? もしや……」
「その通りだ。この手紙の件、私が直々にジャッジする」
じいやは青ざめているが、私は少しテンションが上がっていた。
「私は下界に降りる。抜き打ちチェックだ!」
玉座の間から去る私の顔には不敵な笑みが浮かんでいただろう。恐らく。
ネット小説は慣れていないので、いろいろお見苦しい点あると思いますがご容赦ください。
とりあえず、三日に一回更新目安でやる予定です。
カクヨムでもやってます。