距離感
修正済みです。
月が替わって五月に突入した。
「ええええええええええええええええ」
「声がでけえ、馬鹿!」
俺が一紗の連絡先を知っていることに颯介は驚愕したのだった。
「で、この間の話なんだけど」
「いやいやいや、ちょっとまて、どうやって手に入れたんだよ! 一紗ちゃんのライン」
「それはいいだろ、おいおい話す」
「納得いかねえええ」
スマホでFortune Routeのスケジュールを確認しながら、考えていた計画の準備として颯介に確認する。
「お前、この前一組に知り合いいるって言ってたよな」
「ん? 綾乃のこと?」
「その人にゴールデンウィークの定期公演に一緒に来てほしいんだよ」
「なんで?」
当然の質問が帰ってくる。
しかしそんな理由考えていない。たっぷり数十秒考えて絞り出した。
「……一紗の友達作り?」
颯介からすれば意味不明だろうが嘘は言っていない。
「はぁ?」
詳しい事情を話すのは面倒だし、一紗の個人情報を誰彼構わず言いふらすわけにもいかない。颯介の頭の上のはてなは増えるばかりだ。
「……昼飯一週間おごるからさ」
「いーや。一紗ちゃん紹介しろ」
「……」
正直なところ、一紗の相談相手みたいなポジションの唯一性を失うのは非常に惜しいところなのだ。英断だがやむを得ない。一紗のためだ。
相談相手だと思ってるの俺だけなんですけどね。
「分かったよ」
投げやりに吐き捨てる。
スマホに注目しFortune Routeのスケジュールを改めて確認する。ゴールデンウィークの翌週の予定の欄で気づいた点があった。
「颯介、これ」
スマホの画面を颯介に見せる。
「五月十五日『幕張新都心イオンモールでイベント』」
颯介は素晴らしい棒読みを披露してくれた。
「この日って修学旅行初日だよな」
この学校の修学旅行は五月だ。ラノベだとヒロインと仲を深めてから挑むイベントだといわんばかりに秋に予定されがちだが、現実世界の修学旅行は五月にやってくるのだ。
行先も東京である。大阪人が定番とされる京都に行っても仕方ないのだ。それは修学旅行ではなく遠足だ。
「え、なになに。まるかぶりってこと?」
「そうだよ! 落ち着きすぎだろ!」
興味なさげな颯介とは対照的に、俺はめちゃくちゃ動揺していた。Fortune Routeのライブに参加できないのは勘弁してほしい。
「一紗ちゃん抜きでやるのかなー?」
一紗と朱抜きだと二人しかいないぞ。そんなんでステージ成立すんのか?
「いや、だとしたら二人だけってことか?」
「なんで二人?」
「ちが、何でもない」
いかんいかん朱もこの学校の生徒なの言っちゃダメなんだっけ。いやあいつはアイドル隠してないんだっけか。
「でも行先、東京だろ?」
一紗たちのイベント会場である幕張新都心は首都圏であるから電車で行けばそんなに距離は遠くない。一日遅れで参加するとかか?
「あー、確かに」
何が確かになのかは分からないが颯介は相槌を打ってくれる。
「一紗に聞いてみる」
「かぁ~、彼氏気取りかよ」
「うっせえ!」
スマホを出して一紗にメッセージを送ろうとしたが、昨日の握手会での一紗の様子を思い出してしまい文面が思いつかない。
あと俺から先にメッセージを送る度胸が無い。
颯介のしょーもない突っ込みにはうまく返せなかった。
放課後、流れで颯介と二人で寄り道することになった。
靴を履き替えて昇降口を出たタイミングで、颯介が忘れ物に気づいたようだ。
「ちょ、ごめん。待ってて」
「ったく、早く取ってこい」
しばらく待っていると、昇降口から俺の最推しのアイドルが出てくる。
彼女は相変わらず顔の造形は美しく整っているのにそれ以外のところはとことん質素に仕上げていた。
「こんにちは」
目が合ってしまったので、俺のことを無視するわけにもいかなかったようだ。
「昨日ぶり」
「そうだね」
一紗の顔を見て昼間の颯介との会話を思い出す。修学旅行中のイベントについて聞くことにした。
「修学旅行、イベントかぶってるよね?」
「ああ、そのこと」
得心した様子だ。
「ライブの時間だけ抜けるの。そのタイミングでちょうど自由時間らしいから。学校にも伝えてある」
修学旅行における自由時間では、集合場所のホテルの最寄り駅に時間通り帰ってこられるのであればどこに行ってもいいらしい。
例のイベントはいわゆるオムニバス形式でいろいろなアイドルが数曲ずつ歌ってステージを構成するライブだ。歌う曲数は三、四曲だから出番が終わっても夜遅い時間になることはないのかも。
「そういうことか、なるほどな」
「そこまでして来なくていいからね」
「なんでだよ」
俺は一紗のライブならどこへっだって行く覚悟はできている。
「立華君は修学旅行を楽しんでほしいの」
校庭に視線を移した一紗の目は、またあのときみたいな諦観した目をしている。
「一紗も修学旅行楽しまないと」
修学旅行は生徒全員が楽しむ権利を持っているはずだ。
「私は……無理だよ」
「ま、ライブは行くから」
率直に俺の意思を示すように言いたかったのだが励ますような言い方になってしまった。
「私、この後レッスンだから」
そのまま一紗は逃げるように歩き出してしまった。握手会の時のように俺と目は合わせずに。
その背中は俺に来るなと言わんばかりの勢いだった。
そのあとすぐに颯介が戻ってきて二人で駅前のゲームセンターに向かった。
「お前ゲーセンなんか興味ないと思ってた」
「俺も男の子なんでね」
颯介はそう答えると入り口に入るや否や、贔屓のレースゲームの筐体に向かっていった。
最近新しく入った音ゲーでも見てみようかとゲーセン内部を観察する。
その新筐体で金髪少女がプレイしている。目立つなぁ、金髪。
曲が終わったタイミングを見計らって声をかける。
「音ゲーなんかするんだな」
「……?」
金髪少女は振り返る。朱だ。
「なんだ、アンタか」
こういう上からの態度にはそろそろ慣れてきた。
「今日レッスンって聞いたけど」
「何で知ってんのよ」
「一紗から聞いた」
朱がプレイした後のリザルト画面を見ると、最高難易度の曲をオールパーフェクトで終えている。
「ふーん」
朱は俺から目をそらした。
「サボり?」
「アタシ、毎回レッスン出なくても踊れるから」
いつもの高圧的朱さんより少しだけ言葉に力がない。
「ずいぶん自信があるんだな」
「文句ある?」
目をそらしたかと思ったら圧倒的眼力で見つめられる。石になってしまいそうだ。
ないです。ないです。ごめんなさい。
「ちょっと、付き合いなさい」
ヤンキー女に言われて断れる肝は据わっていない。
学校とアルバイトをやりながら書くのはなかなか時間的にもかつかつなのですが頑張ってみます。
次の話は朱とのデート(デートではない)回です。