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ドルオタってやっぱ最高だな

「どうしたの? こんな時間に」


 イヤホンをケースに戻しながら、一紗は言った。


「なんか目が覚めてしまって」


「そっか」


 二人で並んでベンチに腰掛ける。植物の天井がちょうどいい感じの日陰を作ってくれている。


「まぁ、その。ひさしぶり」


 どういうふうに話を始めたらいいのか分からなくてこんなことを口走ってしまった。


「それさっきも言ったじゃん」


 ふふと口元を押さえる一紗。


「あと、お疲れ様。言うの忘れてたから」


「もうずいぶん前だけどね」


 つい数日前のフェスなのにすごく昔のことのように感じる。一紗が言うようには全然ずいぶん前じゃないけど。


「あのさ、一紗が言ってた俺に言いたいことって今聞いてもいいか?」


 俺の問いに彼女は一息ついてから、話し始めた。


「ありがとうって。それだけ」


「それだけ? いや、感謝されておいてそれだけって聞き返すのもおかしいけど」


 彼女は微笑みながら囁いた。


 ライブに来てくれてありがとうとか。そういうのなら分かるんだけど。


「ほんと色々あるから、全部まとめて」


「色々、か」


 もうその詳細は語るまいと彼女は言外に示していたように思うが、俺は納得しない。そいうのも全部知りたい。確かに色々あった。でも一紗の口から聞きたい。


「その色々ってやつ、一つずつ教えてくれないか?」


「え?」


 それが何も考えなかった自分を考えて意思をもって行動する人間として変化させたものであると確認したいがために。


 一紗とか朱とかフォーチュンを知ったおかげで知り合えた人たちと自分が関わってきた証明を感じたいがために。


「俺がしたことが一紗にどう思ってもらえてるか、知りたいんだ。全部」


 そんな感情、ついこの四月まで無かったのに。人と関わって感じて、考えて、行動して、そういう経験がこの感情を生成させたのだ。


 そして今、それを知りたいと思えてることがなんとなく嬉しいのだ。


 人と関わることがどういうことなのか、ちょっとだけ分かったと言っていい。


 いや、ほんとに触りだけで俺なんかまだ初心者だけど、その感覚は確かに自覚している。


「全部って……」


 一紗は面食らっていてさっきの微笑が無くなっている。


「一番は、私に友達をくれてありがとうって思ってる。アイドルだけだった私が学校を少し楽しいって思えてるから」


「そうか」


 一紗に友達ができたのは俺だけの力ってわけでもないけど、素直に受け止める。


 面と向かって友達になってくださいなんて言われた経験、後にも先にも一度きりだろう。


「それに関しては俺もだ。ありがとう」


 学校が楽しいかどうかはともかく、最近は生きていて楽しいと思える。間違いなく春からの新しい人間関係のおかげだ。


「私、てっきり立華君は友達いる系の人だと思ってたから修学旅行の時、『俺はいてもいなくても関係ない』って聞いたときは私と同じだって思っちゃって」


 一紗は遠い過去のことを思い出すかのように笑う。笑い話にもなるほどの期間が過ぎたとは今でも思わないけど。


 それでも、俺も一紗も確かに、変わった。


「俺も、アイドルやってる人が学校で友達いないなんてことを知ってなんか変に親近感わいちまったんだよな」


 親近感、確かにその言葉としてはあっていると思う。友達がいない者同士の馴れ合いじゃないけど、なんかそういう感覚。


 だけど、心の奥では調子こいたこと言ってんじゃねーよと思っていたのかもしれない。


 アイドルというのをやっている人はもう生まれたときから陽キャで誰とでも仲良くなれると人だと思い込んでいた。それはもう書き替えるのが難しいサインペンみたいに。


 だから関わる人が全く存在せず人間関係の希薄な俺はそれではいけないと直感的に感じていた。


 陰キャとしての自我が一紗のようなアイドルが友達いないという事実を否定したかったのだと思う。


 陽キャは陽キャらしていろと、無意識のうちに自意識が働いていたのだと思う。


 その事実が悔しくてとにかく認められなかったのだと思う。


 だから、俺は一紗に友達を作ろうとしたのだ。そういった俺の深層心理を満たすためのお為ごかしであったとしても。


「今はそうじゃないって思う」


 一紗が少しだけ視線を上げながら呟く。


「親近感じゃなくて錯覚だったんだって」


「そうだな」


「なんか今思うと馬鹿らしく感じるけどね」


 こちらに首を向けて微笑みかけてくる一紗。


 ああ、全くだ。


 ほんとに馬鹿らしい。


 そんなことでいちいち共感してしまったのが本当に馬鹿らしい。


「でもそれで結局、今ちゃんとできてるから良かったかなって」


「それは俺も同感だよ」


 終わり良ければ総て良しの精神じゃないけど実際そういうことの方が多いように思う。まだ終わったわけではないけれど。


「じゃあ、今は共感していいってこと?」


「それはどうなんだろ」


 一紗の疑問は俺の返答を困らせるものであった。だけど、今すぐ分からなくてもいいのだと思う。俺たちの錯覚がそうであったようにあとから気づければ問題ない。


「またもうちょっと経ったら分かるかもな」


「そうだね」


 俺の方から首を正面に戻し、一紗は小さな声で呟いた。ボリュームとしては小さいがしっかりと理解してるのだと自信のある声音だ。


 一紗にしては珍しい楽観的な表情を見られて肩の力が抜けた。


「ま、友達って片方が思ってても友達とは言えないもんな」


 だからいま二人が本当にそう感謝しているならさっきの疑問の答えはイエスの方向に近づいたと言える。さっきも言ったように急ぐ必要はないが。


「立華君だけじゃないんだよね。メンバーと向き合えたのも立華君のおかげ。学校でお昼一人で食べなくてよくなったのもそうだし」


「え?」


 俺が聞き返すと、静かに優しさをたたえた口調で答えてくれる。


「フォーチュンってさ、アイドルとしてはまだまだなのよ。地下アイドルだし」


 頷きながら続きを待つ。


「朱ちゃんのことでバラバラになりかけたときも、立華君のおかげで逆にみんなが同じ方向を向いたっていうか」


「雨降って地固まるって感じか」


「え? なにそれ?」


 ほんとに知らないような顔をするので俺は教えてあげる。


「ことわざだよ」


「初めて聞いた」


「そういえば一紗はおバカキャラだったな」


 根暗だけど頑張り屋さんのバカリーダー、聞きなれた一紗の自己紹介フレーズ。


 俺が少しからかうように言うと一紗の顔はほんのちょっとだけ赤くなる。


「もう、ほんと恥ずかしいからやめて」


 よくそれでおバカキャラできるな……


 しかしそのフレーズは名ばかりであまりおバカイジリをされているところは見たことが無い。なんとなく俺だけがちゃんとイジれているのが嬉しく感じる。


「おバカでも、根暗では無くなったんじゃないか?」


「……そうかもね」


「あれって自分で決めたのか?」


 ふと気になって聞いてみる。


「あれって?」


「根暗だけど頑張り屋さんのバカリーダー」


「半分はね」


 なるほど。友達がいなかったこととか執念深いところとかそういうのを自虐して決めたのをちょっとだけ修正されたのだと想像する。


「じゃあ今、新たに自己紹介フレーズ決めるならどんなのにする?」


「ええ? いきなり言われても…… 困るよ……」


 それもそうか。


 まあでも、最後のはともかく最初の言葉は入れないだろう。


 一紗がうーんと唸っているのは少しい新鮮だ。こういう新しい顔が見れるのがこの上なくうれしい。


「次のライブを楽しみにしておくよ」


「ええ! ちょっと!」


 まだまだ知りたいことはたくさんある。それで答えるのが難しい質問とかで困らせたい。逆に、俺自身も一紗に困らせてほしい。アイドルなのに恥ずかしがってるのも見たい。


「一紗」


 俺は少し声を整えて真剣な表情を作る。


 一紗は「ん?」と言ってこちらを向く。


「好きだ」


 短くだけど重みのある言葉を腹から出した。俺が一紗に伝えたいこと。


 一紗ははっとしてから目をこちらに合わせてくれた。


「一紗が、若干おバカなのも、実は不器用なのも、全国レベルのアイドルを目指してるのも、俺が知ってるところだけじゃなくて、新しく見せてくれる表情が好きだ。だからこれからも俺の知らない表情を見せてくれ」


 準備してなかったセリフを言い切って、心臓がバクバク鳴っている。


 一紗の見せる表情がかわいくて愛おしくて、感情が高ぶって突発的にそんなセリフが出てしまった。自分でも驚いている。ちゃんと告白できたんだろうか。


 一紗は完全に俯いてしまって、どっちなのか分からない。


「ご、ごめん。いきなり!」


「う、うん……」


 それでも、精一杯俺自身がやりたいことを好きなようにする。一紗の言ったことを実行するのだ。


「もちろんアイドルの恋愛に関しても分かってるつもりだ。一紗の願いが俺のせいで妨げられるのなら断ってほしい。そういう一紗も好きだから」


 それを聞いて俯く一紗。


「そ、そっか……」


 男に二言はない。素直に諦めようと思ったその時だった。


 ふいに唇を奪われたかと思えば……


 至近距離にある一紗の顔が次第に離れていった。


 唇にほんの一瞬だけ感触が合って気づけば目の前に一紗の顔があった。


 見た目に反してそれは思っていたよりも大きく感じて、ぷるっと柔らかかった。


「私も…… す、き、だよ」


 頬を真っ赤に染めて伏し目がちに彼女は呟いた。


「最初は立華君が関わってくれたおかげでうまくいったことに感謝してて…… だけど朱ちゃんから立華君の事が好きって聞いたら、なんか変な感じになっちゃって」


 もじもじと、再び俯いて彼女は続けた。


「こんなの初めてで、よく分かんないけど……」


 恥ずかしそうにする一紗は俺の視界を刺激する。これでもかというほどの女の子らしさを感じて胸がいっぱいになる。


「だから…… 私の名前を叫んでくれてありがとう」


 俯いていた顔を上げて熱っぽい視線を俺の目に向ける一紗。そんなに直視されると、どうにかなってしまいそうだ。


「私、立華君がどんな選択をしても受け入れるつもりだったの」


「え?」


 聞き返すと一紗は少しだけ居ずまいを正してから話し始めた。


「あの時、朱ちゃんとの話が終わってから聞くって言われて、朱ちゃんを選んだのかなって思っちゃって……」


 フェスの後に朱の居場所を聞くためにした電話。何の気なしに言った言葉だ。


 自分の中で朱の気持ちに答えを示さないまま一紗に告白するのは朱に失礼だと感じたからだ。そんなことは当たり前だから気にしていなかったけれど。


「私の前から朱ちゃんのところへ行ってしまう立華君を見てると涙が出ちゃって」


「それは…… すまない。だけど、ちゃんと朱にも伝えなきゃいけないことがあったから」


 朱の純粋な気持ちがあったからこそ俺は前に一歩踏み出せたのだ。それをないがしろにして先に一紗に告白するというのは俺がやりたかったことではない。


 朱が見せてくれた覚悟を受け止めて、アイドルをやっている彼女と付き合うことがどういうことか考えさせられてそれで俺はちゃんと朱と一紗に向き合えたのだと思う。


「それなのに、私は朱ちゃんみたいにどっちもなんて自信を持って言えなくて…… 子供の頃からの夢だったはずなのに苦しかった」


 そういう迷いと夢と現実の差を目の当たりにしてしまったことが重なって一紗はステージの上でああなってしまったのかもしれない。


「そんな思いをさせてしまったのは…… 申し訳ない」


 朱の様に相反する物事にどちらも全力でぶつかるなんてことができる人はごくまれだろう。だからこそ子供の頃からアイドルのみを軸に生きてきた一紗はどちらか一方を選ぶなどすることができなかった。


「ううん。それは仕方のないことだったと思う。誰のせいでもない」


 続けて一紗は言った。


「でも立華君が踏み込んでくれて、名前を呼んでくれて、嬉しかった」


 そう呟いて微笑した。


「それに、ちゃんと言ってくれて」


 一紗とは目が合わない。まるで握手会の時と立場が逆だ。


 紅潮した頬は普段は見せない珍しい表情だ。一紗がする表情はいつ見ても新鮮に感じる。


 その表情がたまらなく愛おしくて、いま世界でそれを俺だけのものにできているというのが幸せだと確かに思う。


「ああ。俺もちゃんと言えてよかった。昔のままじゃ、ビビッて何もできなかったと思う」


 一番初めにライブに行った時のことがふと頭に思い浮かぶ。


 新学期早々、連れていかれたライブ会場で俺は柊一紗という女の子に出会ったのだ。


 その時の俺は自分の意思などなかったと思う。ただ断る理由が無くて颯介に半ば無理やり連れてこられて……


 そういう意味では颯介にも感謝をしなければならないな。


「一番初めに握手したの、覚えてるか?」


 思えば、その時の握手会で見た一紗の笑顔に俺はすでに恋に落ちていたのかもしれない。


「うん。覚えてるよ。翌日に学校で見かけたときはびっくりした」


「それで俺は柊一紗っていうアイドルを好きになったんだよ」


 どちらかと言えば、女の子に優しくされて好きになっちゃうモテない男とか、ステージで踊るアイドルと自分だけ目が合ったと思ってその気になっちゃうオタクとか、たぶん、そっちの方が正解だけど。


 でもオタクとステージ上のアイドルとしてではなく人と人として関わったことで、今はちゃんと柊一紗という女の子が好きだと。


「今はアイドルじゃなくて、一紗が好きって言える。アイドルをしている一紗も一紗だから、どっちも好きなんだけど……」


 うまく言えない。ちゃんと伝わるか必死に言葉を紡いで考えながら口に出す。


「分かったから! そんなに好きって言われると、どうにかなっちゃう……」


 再び顔を伏せてしまった一紗。それを見て自分がすごく恥ずかしいことを言っていたことを自覚する。


 それでも、こんなボキャブラリーじゃ仕方ない。自分の勉強不足だ。その羞恥心など甘んじて受け入れよう。


「だから俺もオタクじゃなくて、ちゃんと人として!!」


 妖怪人間ではないけれど、俺は春からのこの期間で人になれたのだ。


「立華君はちゃんと男の子だよ」


 そう言ってTシャツの裾を掴んでくる。


 顔はまだ見せてくれないけど、伝わったのだと思う。俺のつたない言葉が。


「俺も、感謝してる」


 俺を人間にしてくれて。


「うん」


「そうだ! なんか、欲しいものないか? フェス出演の記念にさ」


「え?」


 突然話が変わったものだから一紗は虚を突かれたような顔をしてこちらを向いた。


 予想通りこちらを向いてくれたので、念押ししておく。


「一紗。愛してる」


 見る見るうちに顔は真っ赤に染まったかと思えば、一紗が頭突きをしてくる。


「プレゼントボックスに入れておくぞ」


「もう十分もらったよ」


 アイドルなのに顔は見せずに彼女は呟く。


 その頭突きがちゃんと体に響いて実感する。柊一紗が偶像ではなく実体として存在していることに。


「それに、プレゼントなら個人的に渡してよ……」


「じゃあ、一紗のパフォーマンスと交換だ」


「なら、またライブ、来てね」


 一紗の声があの時の色鮮やかな記憶を呼び覚ます。


 そんなの当たり前だろって……


 まだまだ、オタクはやめられそうにない。


今日も読んでくださりありがとうございました。

私の初めて書くつたない小説にお付き合いいただき本当にありがとうございます。

最初の方なんて見るに堪えませんが完結できてよかったと思います。


今作は終わりますが連載中の作品が他にありますので、気が向いたらちょっとだけ覗いていただけると幸いです。今作よりましな文章を書いていると思います。

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