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勇気の信頼を

「やるじゃん」


 どこか上から目線のしたり顔で颯介がからかってくる。


 こういう顔をするときの颯介はほんとマジ嫌い。うざい。


「うるせぇ」


「どこからあんな大きい声出るのよ」


「タツももう、一人前のアイドルオタクってことよ」


 呆れ気味な綾乃に返答する颯介。俺の肩に手を置くのを辞めろ。


 颯介の手を払いながら一応の弁明をしておく。


「地元ファンは俺たちぐらいしかいねぇんだから仕方ねえだろ」


「俺ら以外にもちょっとくらいはいたけどな、フォーチュンのオタク。ほら」


 颯介の指さす方向にはフォーチュンのグッズを付けたファンが帰り支度をしていた。


「タツ、そういうのなんて言うか知ってるか?」


「え?」


「自意識過剰」


 颯介はにやりと笑いながら呟く。


「お前にだけは言われたくねーよ!」


「それは言えてるかも」


「なっ!! 綾乃まで!」


 どうやら綾乃は颯介の肩を持つようだ。

 綾乃の微苦笑も俺をからかっているらしかった。


 ライブが終わって会場を出る。


 会場を出ると砂浜一帯には夜の帳が落ちていた。


 湿気を伴った生暖かい風が吹いた。


「俺たちも飯食って帰るか」


「そうだね」


 颯介の提案に綾乃が乗るが、俺は今からしなければならないことがある。


「悪い。先行っててくれ」


「え? なんで?」


 颯介が尋ねてくる。


「ちょっとあいつらに話があるんだよ」


「アイドルのストーカーはやめとけよ」


「ちげぇよ!!」


 いちいちツッコむ体力ももう残っていなかったが、颯介なりの気遣いを受け取っておく。


「立華君…… 頑張ってね」


 綾乃は俺の肩をぱちんとはたきながら言った。その一言はさっぱりとしていたが、背中を押してくれるような心強さがあった。


「ああ。ちゃんとやるさ」


 綾乃の表情は辺りが暗くてよく見えなかった。


 だが、綾乃の助力は確かにあったことだけは自覚している。


 そのことは綾乃に知っておいてほしい。


「は? 何の話?」


「そうちゃん、私、焼肉食べたい」


「え? ちょ、そんな金ないんだけど。っていうか奢る前提????」


 綾乃が颯介を連れてその場を後にしたのを見送って心の中で二人に礼を言った。


「また、ちゃんと言わなきゃな」


 海岸に向かって俺は独り言ちた。


 朱との約束の場所に着いたのはそれからすぐだった。


 ライブ会場から少しだけ南に海岸を進んでライブ前に寄った海の家付近。


 車道と海の狭間の砂浜の中心で俺はあいつを待った。


 しかし、その場所に来たのは朱ではなく一紗だった。


 なんで……


 俺は一紗を前にして、声にならない声が出た。


「朱ちゃんから、立華君がここにいるって聞いて」


 なぜ、一紗がここにいる?!


「私、お礼を言いたくて」


 違う。


 まだなんだよ。


「一紗、俺がここに呼んだのは朱なんだ」


「へ?」


「朱を待ってたら一紗が現れた。朱から何か聞いてるか?」


「立華君から私を待ってるって伝言頼まれたって……」


「くそっ!」


 あいつ、どういうつもりなんだ。


 自分からあんなことしておいて。


 お前はそんな弱い人間じゃないはずだ。


「ちょっと、立華君!!」


 俺は、足元の砂を蹴って走り出していた。


 海岸からコンクリートの道に上がって、走る。


 車の赤いランプが眩しくて前に進むごとにそのランプから尾が引く。


 しばらく走ってから、俺は我に戻っていた。


「あいつの居場所聞くの忘れた……」


 スマホを取り出して朱に電話をかける。


 十数コールまで待ってから諦めた。


「まぁ、出るわけないか」


 切ってから一紗にかけなおす。


「もしもし、立華君?」


「ああ、俺だ。朱が今どこにいるか知ってるか?」


「たぶんもう、ホテルに戻ってると思うけど」


 一紗からホテルの場所を聞いてから電話を切ろうとする。


「あの! ちょっと待って!!」


「な、なんだ?」


 一紗が引き留めてくる。


「立華君はもうどうするか決めたの?」


 つい昨日聞いた、一紗の「立華君の好きなようにすればいいと思う」という言葉が頭をよぎる。


「……ああ。今からそれを実行するつもり」


 今、俺がやりたいことなのだ。世俗的に言えば「やらない後悔よりやる後悔」。


「私、立華君に言いたいことあるの。もう、決まっちゃってたとしても」


 電話口から一紗の吐息が聞こえる。


 未来は分からない。俺の選択が何でもかんでもうまく行くとは思っちゃいない。


 俺は粘り気のある唾を飲み込んでから言った。


「それは、朱と話した後に聞くよ」


 再び走り出す。


 朱たちのホテルは意外に徒歩で行ける距離にあった。


 俺はスマホの地図を見ながら走った。


 汗だくになりながら、ベトベトの肌がひどく気持ち悪い。


 湿った空気を噛み締めながらその場所を目指した。


 ホテルに着いてから、俺は再び我に返った。


「こっからどうすればいいんだよ……」


 部屋番号分からんしな……


 部屋が分かっててもいきなり行くのはなんかヤバい気がする。


 よし。


 地図アプリを閉じて、もう一度電話をかける。


 今回は姫宮先輩に。


「もしもし。今、○○ホテルの前に居るんですけど」


 ブチっ。


 切られた。あれ、おかしいな。


 もう一度かけなおす。


「なんで切るんですか!!」


「ストーカーだと思ったので。Pには報告しました」


「はやっ!! え、俺からの電話って分かってたでしょ?!」


「いや、もうなんか反射的に身の危険を感じてしまったので」


 確かに、名乗らなかったのはまずかったかもしれない。


 自分の電話口の発言を思い出して納得する。


 確かに完全にストーカーの発言だ。


「あの、すいません。誤解です。一紗からホテルの場所は聞いたんです」


「それはそれでヤバい気もしますけど……何の用ですか」


「朱に会いたいんです」


「朱さんなら今隣にいますけど」


「なら、ちょっと代わってくれませんか」


「……その必要はないみたいですね」


 電話口からではなく現実の世界で姫宮先輩の声が聞こえて気づく。


 コンビニ袋を片手に持った姫宮先輩と朱が俺の目の前にいた。


「聞こえてました? 朱さん」


「ええ……」


「なんで、来なかったんだよ」


 朱は俺の言葉には答えない。


「なんで一紗にあんな嘘ついた」


 朱の瞳がきらりと緩む。


「アンタがあんなことするからよ……」


「あんなことってなんだよ」


「一紗の名前を叫んだでしょ」


「っ! それは」


 朱と全然目が合わない。


 いつもの射抜くような鋭い目線が今は失われている。


 俺は額から垂れてくる汗をぬぐってから朱に近づいて、できるだけ優しげな声で語りかけた。


「今日の一紗、あの時のお前みたいな顔してたんだよ」


 それは同じような経験をしたお前なら分かったはずだ。


 初めての土地で、初めて立つステージで一紗はマイクを持って固まっていた。観客の空気に飲み込まれた少女の姿だ。


 一紗にも朱にも、俺は自信があって得意げな顔をしていてほしい。それはステージの上でだけじゃない。


 朱が言うように、俺が今からすることの前にやるような行動ではなかったのだろう。


 それでも、俺ができることはそれくらいしかなかった。


 逆に言えば、それだけが俺の役目のような気がしたのだ。


「アタシ、一紗の隣にいたのに何もできなかった……」


 朱が悔しそうに固く唇をかみしめながら漏らす。それは誰かに競争で負けたとかそういうような悔しさではなく、できたことをやらなかった悔しさなのだと思う。


「一番近くにいたのに…… アタシなんかより全然アンタの方が近いみたいだった」


 朱の声音は締まった喉から無理やりひねり出すようだった。


「それは、正直俺にはまだ分からない」


 心の距離なんて、目に見えるものでもないし測ることのできるものではないから。


 確認する方法も今の俺には判然としない。


 そして、その距離も比較することなどできないのだ。


 だけど、これだけは言えるはずだ。彼女の願いが本物ならば。


「お前と一紗の距離は近いはずだ。以前、ゲームセンターで闘った時にそれは確認したはずだろ?」


 朱ははっとした表情を見せる。


「どっちが近いとか遠いとか関係ねぇよ。一緒に居たいと思うならそうできるように努力すればいい話だ」


 そして俺は続けざまにもう一言を付け足した。


「お前の告白の返事、しにきた」


「……聞きたくない」


 しかし朱は芯のない、どこか痛い所でも抑えるような声でそれを否定する。


「告白してきたのはお前だ」


 ふと彼女の唇を見て、彼女の告白を思い出す。こいつには「付き合ってくれ」だの「好きです」だの言われたわけじゃないのだ。


「告白するってことはどっちの結果も受け入れるってことだろ」


 でもそういう意味だってあの瞬間分かったのだ。


 キスをされた頬から彼女に向き合わなければならないという義務感が流れ込んできたのを覚えている。


 今もあの潤いのある柔らかな感触は頬に残っている。


「それだけの心構えがあるってことだろ。俺にはそんな自信はなかった。自分から告白するなんて考えたことなかった」


 そう、彼女のキスを受けるまでは。


「お前はナルシストで何でも一位とってきたなんてことは百も承知だ。だけど、分かったはずだ」


 あの人気投票で朱は理解したはずなのだ。


 経験したはずなのだ。


 そして、それを受け入れることができたはずだ。


「アタシは…… でも、もうあんな感覚、味わいたくない」


 分かっている。


 誰だってあんな痛みのある経験ができることじゃない。


 誰だってあんなのはもうごめんだと思うはずだ。


 そして、そこからまた復帰したお前はもう強いはずだ。


 物事に向き合う覚悟に関してはお前が一番持っている。


 最後までうじうじ悩んでた俺とは違うのだ。


 決断力があるのは朱の方だ。


「俺はお前に無慈悲で冷酷で酷い奴だって思われるかもしれない。その感覚をもう一度お前に味合わせようとしてるからな」


 わざわざ、こいつに優しくする必要はないんだ。


「なら!」


「でもな……お前が一紗の隣で踊り続けると決断したように、俺ももう決断したんだよ。全然覚悟が決まらなくて気持ち悪い奴だった俺に『覚悟』を見せてくれたのはお前だ」


 うるんだ瞳から大粒の涙がぽたぽたとコンクリートに落ちる。


 朱の泣き顔を見るのは何度目か。


「朱は、俺の決断を受け入れる強さを持っているはずだ」


「違う!! アタシはそんなに強くない!! まだ弱いままなの!!」


 秘めていた感情が拡散してその波動が俺の心臓を揺らす。


「あの時もう一回やってみようって思ったのは、アンタと一紗がいたからなの!!! だから私だけの強さじゃない!」


 朱が声を大きくする。


「お前は……」


 胸倉をつかまれて、赤く潤んだ目でほんの一瞬だけ見つめられる。


「だから、アンタと一紗両方いなきゃダメなの!!!!!」


 朱はまるで駄々をこねる子供の様に泣き叫ぶ。


 叫んだ朱音の声を俺は静かに受け入れる。それが俺の覚悟でもある。


 震える朱の手はするすると脚の方まで落ちてゆき、その場に座り込んでしまった。


 俺はその朱の視線に合わせるべく、膝をついて彼女に顔を上げさせた。


「違う。あれはお前自身の強さだ。確かに手を差し伸べたのは一紗や俺かもしれない。だけど、立ち上がったのはお前だ。自分で立ち上がろうと思わない限りずっと座ってたままだからな」


 いくら手を引っ張っても立ち上がるつもりのない奴は絶対に立とうとしない。


 お前はそうじゃない。もう一度、彼女は立ち上がれるはずなのだ。


 そして俺は彼女の肩に手を置いた。


「ほら、もう俺は手は貸さないぞ」


 彼女の目を見つめて、笑いかける。


「タイミングが悪いよ……」


 朱はあまのじゃくだ。そして俺も逆張りのオタクなのだ。


 とっくのとおに覚悟ができてた朱とまだ何の覚悟もできていなかった俺。彼女の言うことは何となく分かった。


「そうかもしれないな…… だけどまだ高二の夏だ」


「え?」


「お前のやりたいこと、まだまだできるだろ。アイドルも恋も諦めないんじゃなかったのか」


 俺は彼女の肩に手を置いたまま立ち上がる。


 そういう欲張りなのがお前だろう。


 彼女の視線はそれに合わせて上を向いていく。


「お前はお前のやりたいことをやればいい。終わりじゃない。むしろこれからだ」


 彼女がゆっくりと立ち上がる。


 ほんのゆっくりと。


「お前のやりたいこと、教えてくれ」


「……一紗の隣で踊ることと……アンタと恋人になること」


「なら、頑張れ」


 苦笑して半ばやけになって朱に言い放つ。


「いや、もう一つ」


「おう」


 やりたいことがたくさんあることはいいことだ。


「一紗と、凜と、充希と四人でDIFに出ること」


「それができるかずっと見ててやる」


「ええ。見ててなさい」


 自分の脚で立ち上がった朱の目はいつもの自信に満ち溢れた、ちょっと怖くて、ナルシストな目だった。


 でも、仏頂面ではなく確かに笑顔だった。


 その表情を認めて俺もくすっと笑ってしまう。


「ねえ。一つ聞いてもいい?」


 囁くように彼女は尋ねる。


「なんだ」


「アイドルとして、フォーチュンの推しは誰?」


「一紗だ」


「そっか」


「ああ」


 微笑を浮かべて目頭の涙をぬぐう朱。


 そして、俺に人差し指を向ける朱。


「すぐにアタシ推しにしてあげるから覚悟しておきなさい!!!!」


「朱さん!」


 自信満々じゃねーか。まぁ、お前はそうじゃないないとな。


 俺はそうしてるお前が一番好きなんだよ。


 こういうアイドルって最近いないよな。気が強くてかっこいいタイプのアイドルって。


「望むところだ」


 ほらな。


 立ち上がれるだろ。


読んでくださりありがとうございました。

完結までもう少しなので最後はまとめて投稿しますので、よろしくお願いします。


評価、感想、ブクマなどしてくれるとすごくうれしいです。


あと、もうひとつ連載があるのでそちらの方もチェックしていただけると幸いです。

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