安心するのに遠い声
子供の頃、将来の夢を聞かれたことがある。四歳とか五歳とか小学校に入る前のときだ。
周りの子たちはケーキ屋さんとかお花屋さんとか看護師とかそんなのが多かった気がする。
これは自慢とかではないのだけど、その頃からアタシは妙に達観していて本当の自分を隠して理想的な「かわいい子供」を演じることができた。
将来の夢を聞かれれば、少し言い過ぎなくらいがちょうどいいだろうと判断したアタシは「アイドル」と答えた。
そうすれば大人たちに面倒な子供と思われずに済むことが分かっていたからだ。
大人たちが求める行動が感覚で分かって、その通り動けば万事うまくいった。
小学校に入ってからも優等生を演じ続けた。
演じ続けているうちにそれが普通になって、知らぬ間に周りの子たちより勉強や運動ができるようになっていた。
一紗の様に努力してきたわけでもなく、ただ面倒なことを避けていたらこうなっていたのだ。
しかし、中学に入ってからは「かわいい子供」で優等生というのは大人にはウケがいいけど、周りの子供にはウケが悪かったのだ。
人間というのは自分と違う性質のものを排斥するという特徴があるらしい。
アタシはそのことに気付くことができなかった。
勉強と運動ができても、周りの子供たちと仲良くする術を持っていなかった。
学校という場所においてアタシは浮いていたのだ。
しかし、これまでアタシが従ってきた大人たちはその解消方法を提示してはくれなかった。
孤立して初めて、それをすべて自分の能力のせいにした。
もう、大人の言うことを聞くのはやめようと思った。
そんな時、兄に勝手に出された履歴書がよく分からないアイドルのオーディションに通過してしまった。また、何の努力もせずにだ。
兄は「お前、子供の頃アイドルになりたいって言ってただろ」と、軽いノリで話してきた。
なんとなく空気を読んで自分の立場と照らし合わせた結果答えた「アイドル」という夢。
そんなのもは夢でもなんでなくてその場しのぎの受け身の解答だ。
辞退しようと思った。
しかし、柊一紗という人物に出会った。
彼女はそれまでのアタシの常識が根底から崩れ去るような人間性を持っていた。
何事にも全力で取り組み、アタシと同じで全く違う夢を持っている。
なぜアイドルになったかを聞けば「ずっと夢だった」と。
なぜそんなに熱心に練習するのかと問えば「夢を叶えるため」だと。
すべてが対照的だった。
そして、そんな人物がアタシとほぼ同じくらいの能力しか有していなかったのだ。
不思議だった。
彼女はアタシに言った。
「あなたには才能がある。いっしょにがんばろうね」と。
その一言でアタシはアイドルになることを決意した。
その場所ではアタシを浮いた者扱いする人はいなかった。居心地が良かった。
彼女の隣で踊っている時だけは純粋に楽しいと感じた。
何をするのも単にこなすだけであると考えていたアタシにとって初めての感情だった。
けれど、アタシは一紗のように夢を持つことはできなかった。
何事にも力を籠めると白けてしまって、本気になれなかった。
しかし、そんなアタシの隣で彼女は常に本気だった。
居心地が良くてなぁなぁでやっていたアイドルは長く続くはずがなく、アタシは先日の初めてのグループ人気投票で最下位を取ってしまった。
理解できなかった。
常に何事もトップの成績だったはずのアタシが最下位になったのだ。
また、すべてが崩れ去ってぐちゃぐちゃになった。
そんな状況で一紗は一位を維持していた。
今思えば当たり前の事だと思うのだが、当時のアタシには何が起きてるのかさえ把握するのが難しかった。
これからどうすしたらいいのかさえ。
その現実に向き合うのが怖くて、体が動かなくなった。もう、一紗の隣で踊れないと思うと目の前が真っ暗になって何をする気も起きなかった。
そんな時に、あいつはアタシと勝負しろと言ってきたのだ。
ムカつく奴だと思ったけど口車に乗せられた。単純な挑発に乗せられてほんとバカみたい……
けど……
結局、一紗の隣で踊る喜びを思い出すことができた。
一紗は「一緒に踊りたい」と言ってくれた。
それが本当にうれしくてうれしくて、だからまた一からやってみようって。
一紗を信じて、一紗が言う「自分を信じて」っていう言葉も信じることにして。
これからは何となくじゃなくて、一紗の隣で踊るために、やろうって。
一紗みたいに全国区のアイドルになるみたいなちゃんとしてて大きな夢じゃないけど、それでいいのだと言ってくれた。
夢かどうかは分からないけれど、アタシが初めて本気になれるものに出会えたのだ。
それは一紗のおかげだけど、きっかけを作ったのはあいつだ。
あいつが居なかったら、またフォーチュンに戻れてたとは思わない。
だから、感謝してる。
本気になれるものをくれて。
そのせいかは分かんないけど、いつの間にかあいつに惹かれてしまって、あいつとも一緒に居たいなって思い始めてしまった。
ムカつく奴だし、オタクだし、しかも一紗推しだし、ぜんぜんカッコ良くはないけれど……
まぁ、そんなカンジ。
今、アタシは三浦海岸で行われる小さなアイドルフェスのステージに立っている。
始まるころはまだ明るい時間帯だったが、アタシたちが登場する頃にはすでに太陽は赤く染まっていた。
意識しなくても、客席の中にあいつの姿を探していた。
さっき連絡をもらった。「ライブの後、会えるか?」って。
ちゃんとはっきりと伝えられなかったけど、告白まがいなことをしたからそれの答えを聞かせてくれるんだと思っている。
歌いながら、踊りながらそんなことばかり考えていた。
だから、アタシは一紗の異変に気付くのが遅れてしまった。
最後の一曲の前に話すMCの内容はグループとしての展望。
まだまだグループとしての知名度は足りないが、活動の場を広げていくこと、今年のDIFに出場はできなかったが来年の出演を目標にすること、このような内容をリーダーである一紗起点でしゃべる予定だったはずだ。
しかし、一紗はマイクを持って固まってしまっていた。
まるであの時のアタシの様に。
「え、えっと。東京圏からから来た人ー??」
凜が間を埋めるように客席に問いかける。
観客の反応を受けて充葵が答える。
「やっぱり、地元民が多いね」
「じゃあ、大阪から来た人ー??」
凜の問いかけに答えたのはあいつらを含むわずか一部のファンだった。
アタシはようやく今の状況を理解したのだ。
一紗がこんな状態になっている時にアタシは……
「かずさぁぁぁあああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
そんな時に観客側から叫び声が聞こえた。
アイドル現場ではよくある光景だろう。
でも、その声の主はアタシの一番大事な人の名前を叫ぶのだ。
彼の声で俯きがちだった一紗の顔が少し正面を向いた。
カーテンの隙間から光の筋がさすように、彼の声は彼女に届いた。
アタシの目からはそんなふうに見えた。
ああ。そういうことか。
「私たちは、大阪を中心に活動しています」
一紗がマイクに向かう。
フォーチュンで過ごすうちに、アタシは傲慢になってしまっていたのかもしれない。
欲しかったものがもらえて、居場所ができて、やりがいが増えていって、友達もできて。
だからもっと欲が出てしまった。
貰ってばかりでアタシがあげたものなんて一つもなかった。
一番そばにいて助けてくれた一紗をアタシは助けることができなかったのだ。
隣にいるアタシより客席にいるあいつの声の方が一紗には届くんだ。
「まだまだ関東圏の人たちには全然知名度がありませんし、明日から開催されるDIFにも出場できません」
傲慢になったが故に、大切なものを見失っていた。
アタシは後悔する。
しかし思いは募るばかりで、一紗が観客に向かって話すたびに胸の中の彼への欲望が破裂しそうになる。
相反する感情を抱いたまま、体を動かさねばならない。
もう、陽が落ちてきてだんだんとステージに蛍光色のライトが映えるようになってきた。
同時にフォーチュンのステージ最後の曲のイントロが流れ出す。
「ですけど、今日、このステージに立てて、関東の人たちに私たちのパフォーマンスを見てもらうことができました」
私たちのデビュー曲。
一番初めに練習した曲。
一紗と踊る喜びを初めて知った曲だ。
「これも私たちにとっては一つ前に進んだのかなって思えます」
やっぱり一紗は強いな……
アタシたちより一歩前に出て話す一紗の背中が遠く感じた。
それまで注意散漫だった観客たちの意識がステージ一点に集中してゆく。
「来年はDIFのステージに立ってられるように、努力するので応援」
「「「よろしくお願いします!!!!!」」」
精一杯の思いが込められた一紗の言葉は観客たちに浸透していった。
読んでくださりありがとうございました。
完結までもう少しなので最後はまとめて投稿しますので、よろしくお願いします。
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あと、もうひとつ連載があるのでそちらの方もチェックしていただけると幸いです。




