青天の霹靂
砂浜ガールズフェスは明日のDIFの様に会場内にいくつもステージがあって一日中ライブが行われているというほどの規模ではなくて夕方から開始されるオムニバス形式のライブイベントだ。
会場の収容人数は約七百人と少なめであり地元民のDIFの前夜祭的な立ち位置のイベントなのかもしれない。
俺たち三人はすでに電車でイベント会場まで移動している。
「おおーー!! もう人結構いるね」
「俺たちみたいにDIFとハシゴする奴も結構いると思うからな」
綾乃の言う通り、会場周辺にはイベント開始を待つオタクたちの熱気が漂っている。
オタクというのはやはり異質で、一目見れば彼らがオタクかそうでないかはすぐに判定できる。
アイドルオタクの纏う雰囲気というのは俺が表現するなら、うるさくて、やかましくて、ウザくて、うっとおしい。オタクなんていうのはそういうものだ。
その雰囲気を感じ取られていることこそが彼らをドルオタたらしめているのかもしれない。
俺たちはどうなんだと問われれば俺に関しては一旦置いておくが、綾乃と颯介はそんな雰囲気は一ミクロンも感じさせないのだ。
海の方に視線を移してみればエメラルド色の水面が映る。
もう少し遠くを見ればその海面で活動している人たちがいる。
そう。この三浦海岸は海水浴場としても解放されているのだ。
この海岸にいる人たちの割合で言うと、海水浴目的で来た人たちの方が圧倒的に多い。
「こんな素敵なとこなら、水着持ってこればよかったかも」
「あほか…… おま。そんな恰好でライブ見たらあちこち触られるぞ」
綾乃の一言にツッコむ俺。
「いやいやいや、海で泳ぎたかったなって話。立華君ってそういうこと言うんだ」
悪戯な微笑を浮かべて攻めてくるが、動揺はしない。
俺もこれくらいの冗談は言えるようになったからな。
「え? お前ら持ってきてないの?」
「「え」」
颯介は、さも当たり前かの様な顔で言ってくる。
やっぱりこいつはオタクじゃないんじゃないか?
海水浴場だからもちろん海の家なんていうお店も砂浜に展開されている。
普段ならそんなことは無いのだろうけど、海の家は海水浴に来た人とライブを見に来た人が入り混じっていてそれはもうカオスだった。
まあ、何が言いたいかといえばこの世の中には二種類の人間がいるということだ。
空と海のコントラストが綺麗だなんて表現を聞いたことがあるが、俺が見ている光景の場合、陰と陽のコントラストが綺麗だと表現しておこう。
海の家で飲み物を調達する。
ビキニ姿の女子を見てしまうとさっきのセリフが頭をよぎる。
綾乃の水着か……………………
想像するのはやめておこう。
それはさておき、都会に住んでいると砂浜なんて足を踏み入れる機会はほとんどない。
それに加えて今日は晴天でいかにもお出かけ日和って感じがする。
やっぱり気分は高揚してくる。
イベントは、砂浜の一角に設営されたライブ会場で行われる。
会場は天井はあるが壁は無くて吹き抜けになっていて潮風を感じられる構造になっている。また、床も無くて直に足で海岸の砂を感じることができるというのも特徴的だ。
時間を確認するとすでに十六時を回っているが、ほとんど陽は落ちていない。
「そろそろ会場入るか」
イベント開始は十六時半だからちょうどよい時間。
会場に入ってしばらく経つと会場内のスペースはどんどん無くなっていき、オタクたちで埋め尽くされた。
一組目のグループは今人気急上昇中の「夢見る星屑たち」という五人組のアイドルグループだ。
星や星座をコンセプトにしたグループで、夏曲の多いこのグループはトップバッターとしては最適と言えるだろう。
やはり、アイドルといえば砂浜の上で水着を着たメンバーが踊っている夏曲のイメージを思い浮かべる人が多いのではないのだろうか。
そのイメージにぴったりと一致している楽曲だ。
さすがに水着ではないが、衣装も夏っぽい白を基調とした淡い色のもので、それに施されている星のモチーフなどが彼女たちらしさを強調している。
アップテンポでいい意味でスタンダードな曲調が観客たちのボルテージを高めていく。
俺も代表曲は聞いてきたのでコールはばっちりだ。
目当てのグループではない人たちも、会場一体が彼女たちの歌とダンスを応援している。
一曲目が終わってグループ紹介と自己紹介をする彼女たち。
グループ名だけでも覚えて帰ってくださいと言った文句も誰もが微笑んで受け入れる。
確かにこれほどにない熱気が会場を支配しているのだが、どこかやさしく温かいアットホームな観客の空気感があった。
先ほどのオタクに対する表現は訂正しておこう。
数曲を歌い上げると彼女たちはステージを去っていった。
二組目、三組目と一グループにつきMC含め四、五曲ぐらいの時間が設けられている。
暑いので水分補給はしっかりと、気分が悪くなったらすぐにスタッフに声をかけること、といったアナウンスが演者側から定期的に行われ、イベントは順調に進行していく。
ライブというのは演者と観客両方が居て成り立つものである、みなで作り上げるものであるということがしばしば言われることがある。
今日のイベントはいつもよりもそれを強く感じていた。
観客側の一体感だけではなく、演者、スタッフ、すべての人に共通する一体感だ。
演出なんかはライブハウスで経験してきたものとそう変わりはない。
だがライブハウスの様に密閉された空間にはないさわやかさがあるのは、この海岸を吹き抜ける風と足元のやわらかい砂がそう感じさせるのかもしれない。
周囲の明るさと気温は徐々に下がっていく。
そして陽が落ちてきて茜色と藍色が交じり合ったような空が会場の隙間から見えてきたような時間帯にフォーチュンルートの四人はステージに現れた。
聞きなれたさわやかなロック調の楽曲とともに走りこんでくる四人。
俺たち三人は一気にテンションがはじけ飛ぶ。
しかし、他の観客はそれほどの盛り上がりは見せない。
先ほども言ったように会場にはアットホームな温かい空気感があるので排他的になるような人というのは一人もいないが、熱狂するという側面で見ればそれまでのグループには明らかに劣っていた。
客席側にはどことなく休憩タイムというような空気があった。
そんな中で一曲を歌い上げた四人。
歓声と拍手の音もやはり少し小さい気がする。
考えてみれば簡単な理由だった。
フォーチュンルートは大阪を中心に活動しているローカルな地下アイドルである。
最近は少しずつ外部イベントにも顔を出すようになったとは言え、関東で行われる今回のイベントで関東以外を地元にしているグループというのはフォーチュンだけだ。
その上、明日のDIFにも出演していないとなると知名度の点でガクッと落ちてしまうのは仕方のないことだった。
他の出演者の中には、あまり興味のない俺でさえ知っているような大人気グループが控えているし、横浜を地元にしているグループはすでにステージを終えていた。
予想できなかったことではないにしろ、楽しみにしていた反面、実際にそれを見てしまうとやるせない気持ちになった。
MCに入る四人。
いつものように一笑い起きるショートコントのような軽快なトークが展開されない。
普段なら姫宮先輩がボケて充葵がツッコんで一紗の天然が突き刺さる、そして朱が進行させるみたいな流れだけど、今日はあまりうまく行っていない。
四人の本来の力が出せていないのだ。
そして中途半端なまま曲へと移ってしまう。
パフォーマンスに関してはいつも通りだったと思う。
昨日の朝見た一紗のダンスとは遜色がないし、朱の歌声は相変わらず通る。
贔屓目を抜いてもパフォーマンス力は他のグループに負けず劣らないレベルである。
おそらく練習したとおりの歌とダンスと違って、ある程度アドリブの入るMCではアウェイと感じてしまっているのが原因なのかもしれない。
一紗の目が少し曇っているように見えた。
大阪でこれまで見てきたステージでは、彼女は圧倒的に人を引き付けるようなそんな力を持っていた。
彼女が裏でストイックな努力を重ね、地道に一歩ずつ活動を続けてきたことを知っているのはこの会場には少ないのだ。
ただ知名度が少し低いというだけというふうに我々ファンからすれば杞憂と感じるかもしれない。だが、この会場の雰囲気から一紗はグループのリーダーとして、その「知名度が低い」ことを強烈に感じ取ってしまったのだ。
あんなに素晴らしいダンスを踊れて、綺麗な声を出しているのにその表情だけは何かに怯えているようだった。
読んでくださりありがとうございました。
完結までもう少しなので最後はまとめて投稿しますので、よろしくお願いします。
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あと、もうひとつ連載があるのでそちらの方もチェックしていただけると幸いです。




