バーレバレ
「かもん!! よこはまっ!!!!」
「元気だな、おい」
綾乃の底抜けに元気なセリフに颯介がツッコむ。
俺たちは今日、神奈川県は三浦海岸で行われる砂浜ガールズフェスティバルに向かうべく横浜駅に降り立っていた。
青空の下の綾乃のホットパンツ姿を見ると若干ではあるが後悔が無いと言えば嘘になるかもしれない。
それは冗談だが、横浜駅に到着して第一声がコレだ。
これからDIF含めたフェス四日間持たないぞ。
「あっちぃ……」
それに対して俺の第一声はこれだった。
「そんなんじゃ四日間持たないよ!!!」
心の中で思っていたことを綾乃に指摘される。
これぞ自動ブーメラン。
と言っても、横浜という街に立っていることを自覚するとなんだか気分が少しずつ上がっていく。
横浜というとなんとなくオシャレというイメージを抱いていたが、実際に着いてみると自分自身もなんとなくオシャレになってきた感じがする。
「それは言えてるな。タツはまだ夏の現場を経験してないからな」
言われて颯介の方を見ると、こいつは場所関係なくいつでもオシャレだったので敗北した気分になる。自惚れでした!
忘れていたが颯介はドルオタの癖にめっちゃオシャレでさわやかイケメンなのだ。
加えて綾乃はいつでも笑顔のリア充美少女。
天は二物を与えず。
そんなことわざはまったくもって嘘である。
俺たち、今からアイドル現場にのオタクしに行くんですよね?
「はぁ…… あんま寝れなかったから」
俺たちは激安夜行バスで大阪から横浜までを約八時間かけて移動してきた。
夜行バスは初めて乗ったのだが感想としては「もう二度と乗りたくない」というのが端的だ。
価格を抑えるため一番下のグレードを選択した結果、四列シートの車内、前後の間隔、同乗者のいびきなど挙げればキリがないがとにかく睡眠に全く適していない環境だった。
何より八時間も同じ体勢で寝られるわけがないじゃないか!!
脚も伸ばせないし、首の位置定まらないし! マジで一睡もできなかったぜ……
「綾乃はぐっすりだったけどな」
「マジで?」
もう金払ってでもいいから帰りは新幹線がいいよ……
「マジマジ」
「すげえな」
いや、すげえよ。綾乃、それ才能だよ。
「うん。どこでも寝られるタイプだとしてもすげえよ」
やっぱそうだよな。あんな環境で寝れる人間なんて存在するのか?
「颯介は寝れたのか?」
「寝れなくても体力を温存、回復できれば問題ない」
「これが遠征オタクの考え方か……」
俺の間隔がずれていなくて少し安心した。
「二人とも早く行くよ!!」
信じられないかもしれないがまだ朝の七時前である。
「いい匂い~!!」
ライブ前まで時間があるのは見ての通りなので、俺たちは横浜中華街で時間をつぶすことにした。
一度銭湯で汗を流しがてら時間を潰してから中華街に向かう。
通りを歩いているだけでお腹が空いてくる。
鼻腔をくすぐる刺激的な香りは朝ご飯を食べていない俺たちにとって食欲を増進させるにはうってつけだった。
加えて睡眠時間を確保できなかったためエネルギーはしっかりとるべきなのである。
すげえ腹減った。
「食べ歩きだな」
「いいね~。食べ歩き」
麻婆豆腐に回鍋肉、青椒肉絲、エビチリといった中華料理独特のメニューはもちろん、餃子やチャーハンなんかのなじみ深いものにも目移りをしてしまう。
「何から食べよっか? 全部食べたいね」
横浜に降り立った時からずっとご機嫌な綾乃はこちらに振り向いて男二人に尋ねる。
「定番は抑えたいな!」
中華料理の匂いや賑わいのある雰囲気、二人の会話を聞いていると俺もだんだんとテンションが上がってくる。
綾乃は俺たち二人に先行して一番初めに入るお店を見定めている。
綾乃らしい元気な様子を見られて俺は少し安心していた。
しかし、それに水を差すように颯介に核心を突かれてしまう。
「お前、綾乃となんかあった?」
「はっ?!」
突然のセリフに虚を突かれた気分だ。
「な、なんでそんなこと聞くんだよ!」
「だってお前と綾乃、なんか話す頻度少なくない?」
俺が綾乃を振った直後だから、なんとなく気まずくなっているのは肌で感じていた。
「っ! 別にそんなことねえよ」
それは悪い意味ではなくて、少しくらいそういう雰囲気になるのは仕方がないことだと思う。
だけど俺も綾乃も今の友達としての関係を辞める意思は無くて、現に今日みたいに一緒にいることを選択した。
だから、少し時間が経てばそういう感じは収まるだろ。
けど、今聞かれてしまってはぐうの音も出ない。
「いやいやいや、絶対なんかあるっしょ」
引き下がらない颯介。こういうところが一番めんどくせえんだよこいつ……
俺は綾乃に聞こえないように声のボリュームを下げて颯介に伝える。
「綾乃に告白された」
「えぇえっっ!!!」
俺の声とは対照的に驚愕する颯介。
「っ! バカッ!! 声がでけぇ!」
「で、どうしたの?」
すぐに体勢を立て直して再び聞いてくる。
まあ、こいつに教えない意味もないし、もう隠しても仕方ないしな。あといずれバレることだし。
そう思って、俺は飾らずにありのままの言葉で言った。
「振った」
「えぇえっっ!!!」
「声がでけぇんだよ! 同じこと言わせるな!!」
「どうかしたの?」
綾乃が振り返って尋ねてくるけど、颯介の口を押さえて自然を装う。
ちょっと静かにしろな?
「いや? 何でもないよ?」
「そう?」
綾乃は一言告げると再び中華料理のサーチに戻っていった。
綾乃が前を向いて歩き出すのを確認してから颯介を解放してやる。
「いやぁ。綾乃がお前に気があるのはなんとなく気づいてはいたんだけど、もうそんな段階まで行ってたとは……」
「気づいてたのかよ」
ツッコむが小声で発声するのは忘れない。
「綾乃ほどの女を振るとはなかなかやりおるな、お主」
「お前が良く言えるな」
颯介は茶化してくるけど、俺は少し冷静になってしまった。
もともと綾乃はこいつに恋してたんだもんな。
「タツのことだから、ちゃんと考えたんだろ?」
そして、颯介はそんなことを聞いてきた。
この男はずっと俺がぶち当たっていた壁を「お前は超えられたんだろう?」と聞いてくるのだ。
謙遜しているわけでもないしその選択に自信があるわけでもなかったが、俺はこう答えた。
「綾乃は納得してくれた」
そして颯介は俺から綾乃へと視線を移してから一言。
「そうか」
普段よりもさわやかさが一段階上昇したような横顔のまま続けて颯介がもう一言呟いた。
「ここで、重大発表があります」
「は? 突然何だよ」
俺は嫌々耳を傾ける。
「ミオに振られた」
「えぇえっっ!!!」
衝撃の告白に俺はまるで先ほどの颯介の様に顎を落とした。
ミオというのは波多野美桜、修学旅行の時に告白されて付き合い始めた颯介の初彼女だ。
ドルオタをしながら彼女ができたとかで初めの方は惚気話を聞かされていたのだが、最近は鳴りを潜めていたのだ。
「え、なんで?」
俺は素に戻って、その理由を尋ねた。
「オタクはやっぱ無理だって」
「そりゃ、世知辛い」
「俺が週末ライブばっか行くもんだから、全然かまってやれなかったらしい」
颯介は胸を張って自信ありげに言う。
「めちゃくちゃ原因分析できてんじゃねーか!」
「いやいや、アイドルオタクはやめられないでしょ……」
なんというか馬鹿というか、宝の持ち腐れというか、豚に真珠というか、こいつは馬鹿だ。
でも、一つの物事に対して筋を貫いているってのには美しさは感じる。
まあそれはアイドルの追っかけなんだけどね。
「二人とも、何こそこそ話してるの?」
「ごめんごめん」
「入る店決まったか?」
言いながら颯介は俺から離れて綾乃の隣へと歩いて行った。
それを眺めてから俺はスマホを取り出して朱にメッセージを送る。
「ライブの後、会えるか?」
読んでくださりありがとうございました。
完結までもう少しなので最後はまとめて投稿しますので、よろしくお願いします。
評価、感想、ブクマなどしてくれるとすごくうれしいです。
あと、もうひとつ連載があるのでそちらの方もチェックしていただけると幸いです。




