いきあたりばったり
「ねぇ」
「なんだ?」
一紗たちが下りて行った後、俺たちの乗っている電車はその駅を出発し徐々にスピードを上げていく。
「立華君って進路どうするか決めた?」
脈絡もなく綾乃は唐突に、その話を始めた。
「俺は……まだ決められてない」
「そっか」
終業式は午前中で終わり、まだ十二時を回ったところである。
向かいの座席には誰も座っていなくて、その車窓からの直射日光が顔に当たっていた。
姫宮先輩に影響されて大学について調べてみたけど、そこから進展は無かった。
そもそも自分が大学に行きたいのかすら微妙なのだ。
「私は進学するつもりだよ」
この前聞いたときは何となくそんな話をしていた。
抜けている綾乃も進路については考えているのだなと感心した記憶がある。
我ながら何様なのだろうか。
「そうか」
明らかに自分が彼女よりも幼いということがより鮮明に浮かび上がった。
「綾乃はさぁ、なんで進学希望なんだ?」
「うーん。そうだねー。キャンパスライフって憧れるじゃん?!」
「不純な動機だな」
「そんなことないよ。大学で過ごすことって楽しそうでしょ?」
「大学って楽しいのか?」
「分かんない。まだ高校生だし」
「分からんのに進学するのか?」
「行ってから確かめてみればいいじゃんって」
そういう思考回路に俺の頭はなっていないのだが、綾乃はなぜか楽しそうな顔をしている。
「ってか、大学行くか行かないかって聞かれたら、そりゃ行きたいでしょ」
「まぁ。確かに…… そうだな」
その言葉にはなぜか説得力があった。
綾乃の表情はそれまでとは性質の違う笑顔をしている気がした。
明確な目的があるわけでもなく、具体的にやりたいことがあるわけではないような綾乃の回答に俺は妙に納得させられたのだ。
確固たる根拠ではなくても、それが何らかの一つの要素であれば、物事を決める決め手になるのだと。
朱とのこともそういう感じでいいのだろうか。
姫宮先輩に言われた期限まではすでに一週間を切っている。
彼女の気持ちに答えなければならない日まで。
未だに俺は答えを出し渋っているのだ。
「綾乃って、大学で何かやりたいことでもあるのか?」
俺は確認のためもう一度、彼女に同じ質問をした。
「学部とかはまだ決めてないからあれだけど。友達作ったり、おしゃれして学校行ったり、サークルとか。そんなことはやりたいことって言わない?」
帰ってきたのはそんな言葉だった。
彼女は学業の方面でやりたいことという意味で察してくれたのだろう。でも学業以外でもやりたいことになる事なんて彼女の言う通りたくさんあった。
「それもやりたいことっちゃやりたいことだな」
「立華君はやりたいことないの?」
その質問は姫宮先輩と話をした時みたいに答えにくいものだった。
綾乃みたいにキャンパスライフそのものに興味があるわけでも、大学の勉強に興味があるわけでもなかったからだ。
それでも、一年半後には選択を求められているのだ。
「今みたいにオタクやりたいかな」
俺は綾乃の方は見ずに呟いた。
そんな回答が許されるのか、今の段階では分からない。
多分もう少し年を取るとそれはダメなんだろうけど。
現時点でということを考えればその答えしか出てこない。
「オタクやるなら就職するより進学したほうが時間取れそう」
「綾乃ってもしかして、頭いいのか?」
「馬鹿にしてる?」
「いや、褒めてる」
「うるさい」
綾乃は苦笑しながら手のひらでで肩を叩いてきた。
しばらくすると俺たち乗った電車は終点に到着し、乗客たちはドアが開き次第次々に降りていく。
俺たちも座席から立ち上がり、そのあとを追うようにして電車を降りた。
「昼飯、どうするか」
「じゃんけんで勝った方が決めよっか」
「え? 別にいいけど」
改札を同じタイミングで通った直後に掛け声を合わせてお互いに手を出した、
「「じゃーんけん」」
「「ぽい!!」」
「なんでこういうときだけ負けるかなー私」
俺が出したのはグーで綾乃が出したのはチョキ。
「ちなみに私が食べたいのはパンケーキ」
「それは無しよりの無しだな」
「なんで~!」
綾乃は今どきの女子高生みたいなことを主張してくるが、そのようなふわふわしたものだけは腹にたまらないから勘弁だ。
食べたいものは特には考えていなかったのだが、そういうの以外だったらよかったので俺は少し迷ってしまった。
そんな時に視界に入ってきたのはラーメン屋の看板だった。
「ラーメン食うか」
「えっ! 女の子連れてラーメン屋行く?! 普通」
「じゃんけん買ったやつが決めるんじゃなかったのか?」
「分かったよぉ!!」
不機嫌だかご機嫌だかよく分からないような顔をして綾乃はそれに答えた。
そのまま俺たちは駅前のラーメン屋に入った。
幸いちょうどカウンターに二人分の空きがあり、俺たちは待たずに店に入ることができた。
綾乃がメニューを取って二人の間に置いた。
「どれにする?」
綾乃に言われてふと思い出す。
自分が選択を迫られているということに。
普段の生活にも小さな選択は無数にあるということにも。
さっきの昼ごはんを決める時だってそうだし、今もそうだ。
だが、そんな気付きとともにラーメン屋でどのラーメンを選ぶかで迷っている自分が何だか馬鹿らしくなった。
だから勢いと直感で俺はしょう油とんこつのチャーシュー麺を選んだ。
カスタマイズはいつも麺固め、背油普通に決めていたので迷わずに済んだ。
綾乃は背油無しにしていた。
背油がおいしいのに。
ガラスのコップを二つ取って、ピッチャーから冷水を注いだ。
「ありがと」
「おう」
しばらく待つとすぐに二人分のラーメンが出来上がった。
「「いただきます」」
夏にアツアツのラーメンってのも悪くないな。
そんな感想を二人で言い合ってラーメン屋を出た。
お昼を食べ終わって、これからの予定を何も決めていなかったのは綾乃も同じようだった。
「これからどうしよっか」
「そうだな……」
まだ二時前だ。高校生が遊ぶにはまだたっぷりと時間があった。
「私、わがまま言っていい?」
「なんだ、わがままって」
綾乃はいたずら好きの子供の様な表情で呟いた。
「立華君とデートしたいな」
「デートか……」
綾乃は俺と二人で出かけるときいつもそんなことを言ってくる。からかっているのだろうけど、綾乃は容姿で言うと上位数パーセントには入るくらいのレベルであるためどぎまぎしてしまう。
「どこか行きたいところでもあるのか?」
俺が問いかけると少し迷うそぶりを見せたが、すぐに答えた。
「水族館とか」
「定番だな」
「定番がいいんだよ」
綾乃は小さく笑って俺の返答を待っている。
今頷くのは俺自身の選択になるのだろうか、それとも綾乃に乗っかっただけになるのだろうか。またそんな小さな葛藤が生まれる。
「時間あるし、行くか」
「え! 割と適当に言ったのに!」
綾乃は驚いたような顔をしている。
「なんだよそれ。ほら、行くぞ」
結局どっちなのか分からない。
「立華君ってホントずるいよね」
「ん? 何か言ったか?」
「ひとりごと」
ここから一番近い水族館までは中央線で約ニ十分程度。
関西で水族館といえばここ水遊館か須磨水族園だ。
俺たちは再び電車に乗ってその場所へと向かった。
二人でチケットを購入して館内へと入る。
平日昼間ということもあり空いているという印象だ。
水遊館なんて来たのはいつぶりだろうか。近くにあるのに行く機会というのはほとんどなかった。
八階建ての建造物は俺の記憶には無くて、こんなにでかくて広かったっけという感想を抱いた。
入ってすぐにアクアゲートと呼ばれるアーチ状の水槽が俺たちを迎え、そこではカラフルな小魚たちが自由気ままに泳いでいた。
道なりに進んでクラゲのエリアを通り抜けて一つ上の階へと上がる。
館内は外とは対照的に冷たい空気が充満していて非常に涼しい。
遅いテンポのBGMと丁度良い薄暗さが徐々に体全体をリラックスさせてくる。
綾乃は俺の隣にくっついているけれど、いつもみたいに話すことはしない。
静かな世界は魚たちが泳ぐスピードを支配していて、館内ではゆっくりと時間が進んでいく。
水遊園では太平洋を中心にグレートバリアリーフ、日本海溝、北極圏などの世界各地のポイントごとにコーナーが設置されている。
「あ、ペンギンだ!」
それまで静かにしていた綾乃が突然子供の様にはしゃぎだした。
そのエリアはフォークランド諸島というところをテーマにしていて、頭部の黄色の飾り羽が特徴であるイワトビペンギンが十数匹てくてくと歩いていた。
そしてそのタイミングで「イワトビペンギンの餌やり体験、開催中です」というアナウンスが流れた。
その声に俺と綾乃は目を合わせた。
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